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契約結婚の初夜、旦那様は花束ではなく帳簿を持ってきました 〜愛のない政略夫婦、傾いた灯り工房を二人で立て直します〜  作者: 雪乃フィオナ


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第41話:二つの通貨で笑う

 処分の報せは、十日後に届いた。


 その間、私たちは倉庫に通いながら次の便の支度を進めていた。曇りを拭き、注文の帳面を整え、窯の順番を組み直す。──裁きを待つ側はたいてい何もできない。できることを探して埋めるしかなかった。


 バルタザール・クレーヴ、関税監督官の職を解く。理由は私的な手数料の徴収と、不当な滞留。商館の書状には、それだけしか書いていなかった。


 倉庫に着くと、荷はもう検めの列から外されていた。三十基の木箱が、朝の光の下に並んでいる。


「……終わりましたのね」


「終わりました」


 レナール様は、荷の留め金を確かめながら言った。


「クレーヴ殿には、会いませんでした」


「はい。ヴァレ様の話では、荷物をまとめて、もう発たれたそうですわ」


「そうですか」


 彼の声に、勝った喜びは、あまり乗っていなかった。


 三十基はその日のうちに市の卸商へ運ばれた。曇りは布で拭き取れる範囲で、残ったぶんは値を落とさずそのまま出した。──「曇るくらい国境で待たされた灯りです」と正直に言ったところ、卸商はかえって面白がって買い上げてくれたという。


 結果として、三十基は三日で売り切れた。二度目の便は、市場の噂を聞いて、注文がすでに五十基まで膨らんでいた。


 夜、工房の帳場に二冊の帳簿が並んだ。一冊は王国の金貨で。もう一冊はオルレア銀貨と、白砂の目方で。


「読み上げます」


 レナール様が、いつもより少し楽しそうな声で言った。


「王国側。王宮への納品、順調。輸出の原価、回収済み。オルレア側。三十基の売上、銀貨にて。うち四分は白砂で受領、目方にして──」


「レナール様」


「はい」


「二つの帳簿を、一つに直せますの」


「直せます。ただ、直すと、面白い数字が消えます」


「面白い数字」


「銀貨だけで見れば、目減りのぶん、儲けはさほどでもありません。──ですが、頂いた白砂で満月灯を余分に焼けるぶんまで足すと」


 彼は羽ペンの先で、卓を軽く叩いた。


「初回の輸出だけで、王宮の納品の半月ぶんに匹敵する黒字が出ます」


 私は、しばらく二冊の帳簿を見比べていた。


 金貨の数字と、銀貨の数字。単位が違うから並べても足し算はできない。けれど眺めているだけで、なぜだか可笑しくなってくる。


「レナール様」


「はい」


「これ、笑ってしまいますわね」


「……なぜです」


「だって、二つとも、増えているんですもの」


 私が笑うと、彼も、つられたように口の端を上げた。


 利害が一致したときの、いつもの同時の笑いだった。金貨と銀貨。二つの単位の上で、私たちはまた同じ顔をしていた。


「本日の決算を」


 私が言うと、彼は帳面を閉じて答えた。


「本日の決算。金貨で黒字、銀貨でも黒字。監督官が一人、職を去り。──荷が、初めて、期日どおりに市場へ並びました」


「それだけですの」


「それだけです」


 彼は、少し声を落とした。


「あの方を、罰したくてしたことではありません。それだけは、忘れずにおきたいと思っています」


「はい」


 私も、そう思う。


 処分は正しかったのかもしれない。けれど、正しさの上澄みだけを掬って喜ぶ気には、どうしてもなれなかった。ミレットが、帳場に温かい飲み物を運んできた。


「代表夫人、旦那様。祝勝会、しないんですか」


「祝勝会」


「三十基、売れたんですよね。あたし、もう職人たちに触れ回っちゃいました」


「……触れ回ってしまいましたの」


「はい! 窯を五基いっぺんに焚くって、親方が」


 工房の外から、既に威勢のいい声が上がっている。祝いの支度が始まっているらしい。止める理由も、実は特にない。


「行きましょうか」


 私が立ち上がると、レナール様も帳面を閉じた。


「本日は、飲みます」


「あら、珍しい」


「珍しくはありません。決算が黒字の夜は、いつも少し」


「いつも少し、なんですの」


「……早く帰りたくなります」


 その返事の意味を聞き返す前に、彼は先に立って歩き出してしまった。工房を出て、王都の大通りを歩く。


 夕刻の空気は冷たく、灯具屋の店先にはもう明かりが点りはじめていた。うちの品はこの通りの三軒に卸している。三軒とも月光灯を目立つ場所に飾ってくれていた。


 三軒目の店主が、私たちを見つけて手招きした。


「デュラン様。ちょうどいい。オルレアから戻った知り合いが、面白い話を持ってきましてね」


「面白い話、と申しますと」


「あちらの市場に、うちの月光灯にそっくりな灯りが、山のように並んでいるそうです。──ただし、あちらでは、それは罪にならないんだとか」


 私と彼は、顔を見合わせた。


「アシャール、という商会をご存じで」


 店主が続けた。


「オルレア市場の七割を握る大店だそうで。……輸出の話が広まってから、うちの品を目当てにその店を覗く客が、王都でも増えているらしいですよ」


 レナール様の指が、帳面の縁で止まった。


「──アシャール」


 ヴァレ様が名を挙げた商会だった。オルレアでいちばん、灯りに詳しいのだと言っていた。


「見に行かねばなりませんね」


 彼は静かに言った。


「向こうが、うちを見に来ているのなら。こちらも、向こうを見に行くべきです」

第42話「合法の偽物」。アシャール商会の店先を、この目で確かめてまいります。あちらでは、これは罪にすらならないのだそうです。

二つの通貨で黒字が出ました。☆評価が、三便目の追い風になります。

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