第34話:割れない積み方
試しの荷は、十基だった。
河を下って国境まで六日。荷馬車に積み替えて、往って還って十二日。戻ってきた木箱を土間に下ろしたとき、音で分かってしまった。
からから、と乾いた音がする。
箱の中で、砂の混じった音がするのは、良くない知らせだ。
「二基」
テオが藁の中から破片を拾い上げて、短く言った。
「二割か」
親方が唸った。
「二割ですと、三十基のうち六基。次の四百基でしたら」
「八十基だ」レナール様が即答した。「割れたぶんは、こちら持ちです。関所より手前の破損は工房の負担、と契約に書いてあります」
「……八十基ぶんの原価を、河に捨てて回ることになりますわね」
「そのうえ、着いた灯りの評判まで下がります。届いた箱から硝子屑が出てくる工房、という評判が」
最初の一便で、それをやるわけにはいかない。
職人たちが順番に案を出した。硝子を厚くする。──重くなって運賃が倍。木枠でひとつずつ包む。──材と手間で値が上がりすぎる。荷馬車の速度を落とす。──日数が増えて冬の市に間に合わない。
どれもまっとうで、どれも駄目だった。まっとうな案が全部駄目なとき、答えはたいてい、まっとうでないところにある。
「値に乗せる、という手はございませんの」
私が言うと、レナール様は首を横に振った。
「割れる前提で二割高く売る、ですか。できます。ただし、それをやると」
「アシャール商会の値と、離れますわね」
「離れます。向こうはうちの六割です。そこへ二割を乗せたら、灯り一つで倍ほどの開きになる。……初めて店先に並ぶ品が、いちばん高くて、しかも中身が割れているかもしれない品では、二便目がありません」
「割れるぶんを値に乗せるのは、割れることを認めることですものね」
「ええ。私は、認めない側で計算したいです」
この人が「したい」と言うのは、珍しい。
たいてい「そのほうが得です」と言う男である。得の話をしないときのレナール様は、たぶん、意地になっている。
「そもそも、どこで割れているのですの」
私は破片を並べてみた。
二基とも、割れているのは笠の下の同じ場所だった。上からの重みで潰れたのではない。横から押されて、根元で折れている。
「揺れではなく、傾きですわね」
「荷馬車が坂を登るときだ」親方が顎をしゃくった。「藁は最初はふかふかしてるがな、半日も揺すられりゃ下に沈む。沈んだら、あとは箱の底で硝子が転がってるのと変わらねえ」
藁は、最初だけ優しい。
なんだか身につまされる話だと思っていたら、土間の隅から声がした。
「あの、あたし、いいですか」
ミレットだった。箒を持っていない。両手で、麻袋を抱えている。
「どうしましたの」
「たぶん、これ、使えます」
袋の口を開けて、土間にざらりと空けた。小さな硝子の粒が、山になった。
どれも、玉として使えなかったものだ。磨きすぎて薄くなったもの、気泡の入ったもの、形の歪んだもの。工房で日々出る、失敗の残りかす。
「……お前、これ、捨ててなかったのか」
「捨ててません」
ミレットは、少しだけ胸を張った。
「あたし、割ったやつ、全部取ってあるんです。……いつか上手くなったときに、下手だったころの玉を並べて見たいので」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。この子は、自分の失敗を数えて袋に詰めていたのである。
「で、これがどう使えるんだ」
「はい。あの、この粒、角がないんです」
ミレットは山から一掴みすくって、掌の上で転がしてみせた。
「磨いてるうちに丸くなっちゃったやつなので。籾殻と混ぜると、たぶん沈みません。籾殻は軽くて上に浮くけど、この粒は重いから下に落ちる。……上と下から、押さえます」
親方が、ゆっくり掌を出した。粒を受け取って、指の腹で転がす。
「──硝子で、硝子を守るのか」
「だめですか」
「馬鹿を言うな」
親方の声が、ひと段低くなった。褒めるとき、この人の声はこうなる。
「同じ硬さのもんに囲まれてる硝子は、割れねえんだ。柔らかいもんばっかりで包むから、中で泳いで、角で自分を突くんだよ。……お前、それを磨きながら手で覚えたのか」
「布が引っかかるので」ミレットは真顔だった。「引っかかるところが、いちばん先に割れます」
試しは、土間でやった。
箱に籾殻を敷き、粒を撒き、灯りを据える。テオが縄で箱を吊るして、坂の傾きを真似て何度も揺すった。二刻ほど揺すってから開けると、中の灯りは最初に置いた向きのまま、びくとも動いていなかった。
「泳いでねえな」
「泳いでません」
「笠の根元は、まだ怖え。ここだけ藁を巻け」
「巻きます」
テオがぼそりと付け足した。
「……粒、足りなくなる。四百基だと」
「あっ」
ミレットの顔が青くなった。自分の失敗の在庫には、限りがあるのである。
「屑硝子でしたら、蔵にいくらでもございますわ」
私は笑って言った。
「角を丸めるだけでしたら、窯の余熱で足ります。──ねえ親方。原価は」
「屑硝子だ。ほぼただだよ」
工房中が笑った。この工房でいちばん景気のいい言葉である。
三日後、私たちは同じ道をもう一度、十基送った。
籾殻を敷き、丸い粒を撒き、笠の根元だけ藁で巻く。積み方の順まで図に描いて、荷馬車の御者に渡した。
戻ってきた木箱を、ミレットが自分で開けた。
音は、しなかった。
十基とも、点いた。
「割れてません! 一つも!」
歓声を上げたのは職人たちで、当のミレットは箱の前にしゃがみこんだまま、しばらく動かなかった。それから、袋の中の粒を一掴み、そっと戻した。
「……役に立ちましたよ、あんたたち」
レナール様が、帳面に何かを書き足していた。覗き込むと、「梱包法・ミレット考案」と読めた。
「名前を、お書きになりますの」
「考えた者の名を書かない帳簿は、あとで嘘をつきますので」
その夜、商館から第一便の契約条件が届いた。
数量三十基。納期は冬の市の十日前。破損の負担は従来どおり。──そして、支払いの条項。
『代金は、オルレア銀貨にてお支払いいたします』
レナール様の指が、その行で止まった。
「……銀貨」
「なにか、まずいことでも」
「いえ」
彼は少し考えて、言い直した。
「まずいかどうかを、まだ決められません。それがいちばん、まずいところです」
第35話「初めての国境」。三十基を送り出します。契約書に署名する段になって、少しばかり揉めました。
梱包の工夫は実在の知恵を下敷きにしています。ブックマークで続きをお待ちください。




