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それのどこが悪い!?  作者: 山田りく


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8/15

未完のまま、歩き出す

 放課後、ファミレスでくだらない会話を交わし、冷たいパフェを食べる。


 そんな、以前なら「無意味」だと切り捨てていたはずの日々が、静かに続いていた。


 友人が語るテストの愚痴や、好きな音楽、くだらない街の噂話。揺花里は相変わらず大した言葉は返せなかったが、その「何の意味もない時間」が、解体された自我を繋ぎ止める薄い膜のように機能していた。


 ◇


 そして、佐伯との心理面接の日。

 静かな相談室で、揺花里は小さなローテーブルの上のハーブティーを見つめながら、ぽつりと口を開いた。


「……あの部屋で過ごした時間が何だったのか、慧太郎が私をどう思っていたのか……やっぱり、何も分からないんです」


 佐伯は急かすことも否定することもなく、ただ静かにその言葉を受け止めていた。


「答えを出そうとすると、頭が割れそうになります。自分の言葉なのか、彼の言葉なのか、親や先生が期待する答えなのか……どれを選んでも、何かが違う気がして。……何か一つに決めなきゃいけないのに」


「何か一つに、決めなきゃいけない、と思っているのですね」


 佐伯は揺花里の言葉をそのまま静かに繰り返した。助言も、導きも口にしない。ただ彼女の問いをそのまま空間に置く。


「……だって、決めないと前に進めないじゃないですか。被害者だったのか、あれが私の真実だったのか。どっちかに決めないと……」


 揺花里の言葉が途切れ、室内に静かな沈黙が訪れた。

 佐伯は急かすことなく、その沈黙を共有していた。揺花里は自分の膝の上で重なる手を見つめ、何分もかけて、ゆっくりと息を吐き出した。


「……でも」


 かすかな声が漏れる。


「……決めようとするから、苦しいのかもしれない」


 佐伯は何も言わず、ただ静かに眼差しを向け続けている。


「……分からないままじゃ、ダメなのかな。あの日々のことも、彼のことも……どっちか一つに決められないまま、迷ってちゃ、ダメなのかな」


「……」


「……分からないままでも、パフェは冷たかったし。友達のテストの話は、くだらなかったから」


 揺花里の口から出たのは、大人たちが求める明確な「解決」でも「反省」でもなかった。


 ただ、答えが出ないという事実そのものを、抱えて生きていくという小さな呟きだった。


 佐伯はゆっくりと頷いた。


「……そう感じているのですね」


 評価も、判定も、正解の授与もしない。ただ、揺花里自身が見つけたその思いを、そのまま安全にそこに留める。


「……私、まだ慧太郎のことも、自分のことも、許せたり納得できたりしたわけじゃありません。……でも、分からないまま、また来週もパフェを食べに行くと思います」


「ええ。また次回、話したいことがあれば聞かせてくださいね」


 揺花里は小さく頭を下げると、静かに相談室のドアを閉めた。


 ◇


 カチャリ、と軽い金属音が響き、室内に再び静寂が訪れる。


 佐伯は誰もいなくなった椅子をしばらく見つめた後、手元の心理面接記録用のバインダーを開いた。


 少女が残していった混迷の言葉。それは立ち直りの兆候かもしれないし、単なる一時的な回避や防衛機制の延長なのかもしれない。まだ何も決まってはいないし、一つの結論に収束したわけでもない。


 佐伯は静かにペンを走らせた。


 ――『自己の混迷に対する一時的な留保傾向あり。明確な言語化を避け、日常的な感覚(友人関係)への退避を試みている。これが回復への足がかりとなるか、あるいは新たな抑圧となるかは不明。引き続き非指示的な傾聴と、慎重な経過観察を要する』


 書き終えると、佐伯は淡々とバインダーを閉じた。


 窓の外では、夕暮れの淡い光が静かに落ちていた。少女の物語の方向性を決めつけることなく、佐伯はただ、次の面接の時間を待つように静かに眼鏡の位置を直した。

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