放課後の体感
人影のまばらな帰り道、後ろから遠慮がちな足音が追いかけてきた。
「……揺花里」
呼び止められて足を止めると、同じクラスの友人が息を切らせて立っていた。あの事件の渦中、異変に気づいた親に話し、結果として警察への通報のきっかけを作った親を持つ少女だった。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。友人はカバンのストラップを固く握りしめ、視線を泳がせながら、ぽつりと口を開いた。
「……ごめん。うちの親が余計なこと言わなきゃ、こんなことにならなかったのかなって、ずっと考えてた。でも、言わなきゃ言わないで、私、揺花里がいなくなっちゃう気がして怖かったんだよ」
きれいごとの同情も、大人たちのような配慮もない。そこにあったのは、申し訳なさと怖さが混ざり合った、生々しい同世代の本音だった。
「……ううん。別に、怒ってないよ」
揺花里がかすれた声で返すと、友人はホッとしたように肩の力を抜いた。けれど、そこから何を話せばいいのか分からないように、また互いに視線を彷徨わせる。たどたどしい沈黙を破ったのは、友人の方だった。
「あのさ……ちょっとだけ寄っていかない? 駅前のカフェ。限定のパフェが出てるんだって」
「パフェ……?」
「うん。ほら、いちごのやつ。私、一人で行くのなんか気まずくてさ」
言い訳めいた誘いに、揺花里は断る理由と思い返す気力もなく、ただ静かに頷いた。
◇
ファミレスのボックス席。グラスの氷がカランと音を立てる。
向かいに座った友人は、メニュー表を指でつつきながら、探るように言葉を繋いだ。
「揺花里、甘いもの……最近食べてた?」
「……ううん。あんまり」
「そっか。じゃあ、一口あげる。これ、結構大きいし」
運ばれてきたパフェを前に、友人は自分のスプーンで上の生クリームをすくいながら、思い出したように言った。
「あ、そうだ。数学の小テスト、帰ってきたでしょ。私、また赤点スレスレでさ。先生の教え方、絶対おかしいと思わない?」
「……私、受けてないから、分かんない」
「あ……そっか。ごめん。でも本当ひどいのよ、公式の説明飛ばすし。あ、あとさ、美術室の裏にいたノラネコ、いなくなったの知ってる?」
「……ネコ?」
「うん。茶トラのやつ。用務員さんがどこかに連れてったのかなって噂になってて。でも昨日、裏の空き地で普通に日向ぼっこしてるの見ちゃってさ。ただのサボりじゃん、みたいな」
「……ふふ」
揺花里の唇から、小さな呼気が漏れた。笑いとも言えないような、かすかな音。友人はパッと表情を明るくして、嬉しそうに身を乗り出した。
「でしょ? 絶対あいつ、学校のこと暇つぶしだと思ってるよ。……揺花里は、最近なんか面白いことあった?」
不意に振られた問い。
佐伯との面接では自身の認知を問われ、医師からは症状を聞かれ、家族からは体調を心配されてきた。けれど、友人が聞いてきたのは「最近何か面白いことはあったか」という、あまりにも等身大で、くだらない問いだった。
「……ううん。何も、ないよ」
「そっか。まあ、何もないのが一番だよ。あ, パフェ溶けるよ。早く食べなよ」
友人に促され、揺花里はスプーンを取り、冷たいクリームと苺を口に運んだ。
「……ねえ、また来週も付き合ってよ。今度はドリンクバーだけで粘ろうよ」
「……うん。気が向いたらね」
小さく返した自分の声が、思っていたよりもちゃんと自分の耳に届いた。
揺花里は、もう一度パフェを口に運んだ。
甘くて、冷たい。
それだけだった。
けれど、その「それだけ」が、今は不思議なくらい確かなものに思えた。




