歪む視線と、誤解される静寂
精神科の定期診察の前後、佐伯は担当の精神科医と短時間の情報共有を行った。
「揺花里さんの心理面接の共有です」
佐伯は感情を挟まない平熱のトーンで、面接での観察事実だけを淡々と伝えた。
「こちらの投げかけた問いに対し、彼女の中で強い葛藤と混迷が生じています。これまで見られた『自分は支配されていない』という強固な自己防衛の言葉は影を潜めましたが、同時に自己のアイデンティティそのものが揺らぎ、著しい混乱状態にあります」
佐伯は揺花里を陥れようとも、かばおうともしていない。ただクライエントの心理状態を正確にアセスメントし、専門職として事実を述べているだけだった。
しかし、精神科医はその報告を、自身の「医学的アプローチ」の文脈へとあっさりと引き寄せて解釈した。
「なるほど。過剰な防衛機制と固執が崩れ始めたわけですね。服薬への抵抗感も薄れるでしょう。非常にいい傾向です」
「……先生、彼女は回復に向かっているのではなく、拠り所を失って自我の根幹が解体されかけている状態です。慎重に観察を続ける必要があります」
佐伯が淡々と事実を補足しても、医師はパソコンの画面から目を離さず、淡々とカルテにキー入力を続けた。
「ええ、構造の再編には一時的なカオスが伴うものです。引き続き心理面接で経過を見ていきましょう」
佐伯はそれ以上何も言わなかった。佐伯は医師の味方でもなければ、揺花里の味方でもない。ただ病院というシステムの中で、それぞれの専門性の果たす役割と解釈が、静かにズレたまま平行線をたどっていた。
◇
一方、内面で激しい混乱と足場の崩壊を起こし始めた揺花里の変容は、学校や家庭といった周囲の大人たちとの関係性に、皮肉な「変化」をもたらしていた。
これまでの揺花里は、大人たちの同情や決めつけに対して鋭い言葉を返し、「自分の意志だった」と必死に主張していた。その頑なな姿勢こそが、大人たちに「まだ事件の影響から抜け出せていない」「不適応を起こしている」という危機感を抱かせていたのだった。
だが、佐伯との面接を経て「自分の言葉すら信じられない」混乱の底に落ちた今の揺花里は、もはや大人たちに反論する気力すら失っていた。
「揺花里さん、無理しなくていいからね。ゆっくり休みましょう」
保健室の先生がかける声に、揺花里はただ静かに、力なく視線を落とすだけだった。
「……はい」
反論も主張もしなくなった少女。伏せられた目と、問いかけに対して素直に従う態度。
大人たちにとって、その姿は「ようやく落ち着いてきた」「事件のショックから立ち直り、素直になった」と映った。
帰宅しても、身内からの「もう大丈夫だからね」という言葉に、揺花里は否定を重ねるのをやめた。自分が何者で、あの日々が何だったのかすら分からない混乱の中で、ただ言われるがままに静かに頷くだけになったのだ。
「ああ、よかった……あの子、やっと少しずつ現実を受け入れ始めてくれたのね」
身内は安体した表情を浮かべ、学校の教師たちも「扱いやすくなった」ことに安堵した。
誰も気づいていなかった。
大人たちが「治り始めた」「素直になった」と喜んでいるその態度は、少女が周囲との対話を完全に諦め、自分という存在の核を失って、ただの空虚な器へと変わり果てつつある姿なのだということに。
世界から言葉を奪われ、ついに自分の足場すら失った少女の瞳から、静かに光が消えていっていた。




