門前の境界線
刑務所の重い鉄扉が、ズシリと重厚な音を立てて開いた。
天黄道 慧太郎は、五年ぶりに頭上に広がる遮るもののない空を見上げた。秋の冷たい風が、薄くなった着古しのスーツを吹き抜けていく。服役していた一千八百二十五日という歳月は、その男の身体を削り、陽の当たらない生活で肌を白く病ませていた。
前だけを見て歩き出そうとした慧太郎の足が、門を出た道端でぴたりと止まった。
アスファルトの上に、一人の女性が立っていた。
黒いシンプルなコートを羽織り、背筋をピンと伸ばしてこちらを見つめている。かつての幼さは影を潜めていたが、その瞳の深奥にある静かで頑なな光だけは、記憶の中の少女そのものだった。
一六立 揺花里だった。
「……迎えに来たの。刑務所の面会受付で出所日を聞き出すの、結構大変だったんだから」
揺花里はコートのポケットに両手を突っ込んだまま、淡々と言った。
慧太郎は固まったまま、目の前の女性を凝視していた。五年という歳月の断絶が、激しいめまいとなって脳裏を揺さぶる。胸の奥から言葉を探し、やがて掠れた声で漏れたのは、見当違いな一言だった。
「……大きくなったね」
あまりにも的外れで、どこか無防備な第一声。
揺花里の眉が、ピクリと動いた。
「なにそれ。……他に言うこと、なかったの?」
「……」
「『大きくなったね』って……大人ぶって、親戚のおじさんみたいな顔しないでよ。私はこの五年間、ただ背が伸びただけじゃない」
「……そうだな。……すまない」
慧太郎は視線を落とし、深く息を吐き出した。自分が今、どれほど滑稽で、惨めな逃げ腰になっているかを自覚したように。
「……でも、君はもう大人だ。こんなところで前科者の僕と関わるべきじゃない。僕たちの関係は、五年前のあの日に終わっているんだ」
「終わったかどうかも、関わるべきかどうかも、今の私が決めることだけど」
「君が決めることじゃない!」
慧太郎の胸の奥から、五年分溜め込んできた焦燥と拒絶が噴き出した。
「社会から見れば、僕は君の過去に傷をつけた男だ。君が自分の足で立ち始めた大切な時期に、僕が隣にいていいわけがない。大人として、君をこれ以上巻き込むわけにはいかないんだ」
「その『大人として』『君のため』っていう言葉」
揺花里は一歩踏み込み、慧太郎の目を正面から見つめた。そこには悲鳴も、涙も、かつてのような甘えもなかった。ただ、静かな、けれど逃げを許さない圧があった。
「相変わらず、一番ズルくてムカつく」
「揺花里――」
二人が互いに一歩も引かず、火花を散らすような沈黙が流れた、その時だった。
「はいはいそこまでー。お兄さん出所早々元気なのは良いけど、門の前で大声で揉めないでねー」
詰所からひょっこり顔を出した警備員が、呆れ顔で声をかけてきた。手でシッシッと追いやるジェスチャーをする。
「ここ、そうやってドラマみたいに語り合う場所じゃないからさ。ほら、近所の目もあるし、話ならどっかよそでやって」
あまりにも拍子抜けする世間の平熱な言葉に、二人の間に漂っていた張りつめた気が、一瞬で削ぎ落とされた。慧太郎は深々と溜め息をつき、頭を抱えた。五年ぶりのシャバの空気は、酷く現実的で、冷たかった。
「……場所、変えようか」
「うん」
揺花里は平然と頷き、歩き出した。
「駅から少し離れたところに、喫茶店がある。そこで、あなたのその『綺麗に整理された反省』を、徹底的に聞かせてもらうから」
「断る権利はないのか」
「あるわけないでしょ。5年間待たせたんだから」
二人は微妙な距離を保ったまま、歩き出した。
ここから、逃げ場のない二人の本当の対話が始まる。




