静止した5年の歳月
法廷の窓から差し込む光は、どこまでも冷ややかだった。
検察は「成人の男が、社会を知らない未成年者の熟慮断行の浅さに付け込み、精神的に支配・誘導した」と主張した。裁判官の言葉も、社会の正義を代弁していた。
「被告人は成人でありながら、未成熟な被害者の好奇心を利用し、適切な距離を保つべき責任を放棄した」
揺花里が「自らの意思であった」と主張した証言すら、「男による精神的支配の深さを示す証拠」として扱われた。世間を知らない少女の真っ直ぐな言葉が、皮肉にも男の罪を重くしたのだった。
判決は、実刑。
慧太郎は抗弁せず、静かに判決を受け入れた。刑務所の冷たいコンクリートの壁の中で、時の流れは途方もなく遅かった。
(あの密室で、彼女の世間知らずな理論に付き合っていたのは、僕の自我の保身だったのではないか? 『恋人』という言葉を拒まなかったのも、僕が彼女の純粋さに甘えていたからではないか?)
朝の点呼、昼の作業、夜の消灯。機械的に繰り返される日常の中で、慧太郎は自責と思考の泥沼に沈んでいった。
◇
一方、外の世界に取り残された揺花里は、大人たちの社会の分厚い壁にぶつかっていた。
学校では教室の視線に耐えかね、保健室のベッドで過ごす日が増えた。保健室の先生は決して揺花里を責めず、驚くほど丁寧に、傷つけないよう言葉を選びながら温かいお茶を淹れてくれた。
「揺花里さん、ここは静かだから、気が済むまでいていいからね」
声は穏やかで、眼差しには深い同情が滲んでいた。しかし、揺花里が「私は自分の意思であの部屋にいたんです」と口を開きかけると、先生はか細く微笑んだままそっと視線を逸らした。
「うん、そうだね。……でもね、今はあまり深く考えすぎないで、ゆっくり体を休めましょう?」
波風を立てず、刺激せず、静かにやり過ごそうとする態度。そこに深い理解はなく、あったのは「トラブルを起こされたくない大人の、腫れ物に触るような優しさ」だった。
帰宅すれば、身内が涙を浮かべて「辛かったね、もう大丈夫だからね」と抱きしめてきた。彼らの「辛かった」という決めつけも、保健室の先生の「腫れ物扱い」も、根底にあるのは同じだった。誰一人として、揺花里の言葉そのものを聞こうとはしていないのだ。
定期的に通わされた精神科の診察室は、無機質な消毒液の匂いが漂っていた。
白い白衣を着た医師は、揺花里の顔をほとんど見ようとせず、カチカチと無機質な音を立ててキーボードを叩いていた。
「どうですか、最近は。夜は眠れていますか。急に不安になったり、動悸がしたりは?」
「……ありません。私は至って普通です」
「そう。でもね、大きなストレスを経験した直後は、自分では平気だと思っていても脳が不調をきたしていることが多いんです。お薬、少し気持ちを落ち着かせるものを出しておきますね」
「私、病気じゃありません。処方箋はいりません。……先生は、私が彼と何を話していたか、一言でも聞いてくれましたか?」
揺花里の問いかけに、医師はキーボードを叩く手を止め、眼鏡の奥から機械的な視線を向けた。
「揺花里さん。私たちはあなたの身体と心を安定させるためにここにいるんです。過去の出来事に固執して自分を正当化しようとするのは、一種の防衛反応ですよ。まずはしっかり休んで、現実の生活に目を向けましょう」
医師はそれ以上何も言わず、再び視線を画面に戻すと、淡々とキーボードを叩き始めた。
(薬物療法だけでこの頑なな執着を解くのは難しいか。医学的なアプローチと同時に、心理カウンセラーによる傾聴と対話を並行して行う方が効果的かもしれないな……)
医師はカルテから目を離さずに、機械的なトーンのまま言葉を付け足した。
「定期的な診察と並行して、専門のカウンセラーによる心理支援も受けてみませんか。言葉を通して心を整理していく時間も、今のあなたには同時に必要かと思います。紹介状を用意しますね」
説得すらされない。対話の土台にすら乗せてもらえない。
身内からは哀れまれ、学校からは腫れ物として扱われ、病院では機械的に処理されながら、ただ次の「ケア」のシステムへと組み込まれていく。彼女が必死に紡いだ言葉は、大人の社会の表面を滑り落ちていくだけだった。
自分の言葉は、誰にも届かない。
自分が積み上げてきた思考も、あの日々に感じた熱も、すべて「病んだ子供の錯覚」として綺麗に消去されていく。
揺花里は静かに目を閉じ、深く、深い絶望の暗闇へと沈んでいった。




