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それのどこが悪い!?  作者: 山田りく


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3/15

境界の曖昧化と、奪われた言葉

 秋が深まり、閉め切った窓の向こうで冷たい風が吹き抜ける頃、部屋の中だけはどこか熱を帯びた、密やかな空気に満ちていた。


「ねえ、慧太郎。世間がなんと言おうと、私たちが互いを選び取ってここにいるなら、これを『恋人』って呼んでもいいんじゃない?」


 揺花里(ゆらり)は、いつになく真剣な顔で慧太郎を見つめた。


 慧太郎はすぐには答えなかった。


 柱時計が、カチ、と鳴る。


 これまで何度も二人の間に置かれてきたローテーブル。その向こう側にいる少女が、今度は「恋人」という言葉を選ぼうとしている。


「……僕たちが社会の言う安易な『恋人』と同義でないと理解しているなら、君がそう呼びたいなら、拒みはしない」


「本当……?」


 揺花里(ゆらり)の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、今日から恋人ね」


 その言葉だけで、二人の関係には新しい名前がついた。


 ローテーブル越しに視線が重なる。


 それ以上の言葉は、しばらく必要なかった。


 このささやかな約束が、社会のルールから大きく外れた薄氷の上にあるものだと知りながらも、慧太郎はその静寂を拒むことができなかった。


 ◇


 その数日後、学校の休み時間のことだった。


「私ね、すごく頭が良くて、私の話を何でも対等に聞いてくれる『彼氏』ができたの」


 揺花里(ゆらり)は胸を躍らせ、親しい友達に自慢げに打ち明けた。彼女にとってそれは、自分だけの特別な絆を誇る純粋な言葉だった。放課後になるとその人の部屋へ通っていること、二人だけの時間を過ごしていることを、なんの疑いもなく話してしまったのだ。


 だが、話を聞いた友達の表情は引きつっていた。その日の夜、友達から話を聞いた保護者は顔色を変え、即座に警察へ通報した。


 ◇


 密室の静寂が破られたのは、その翌日の夕暮れだった。


「恋人」という言葉の余韻がまだ部屋の空気に残る中、ドアが激しく叩かれ、無骨な足音が静かな書斎を足蹴にした。


「警察だ! 君、何をしている!」


 男たちは慧太郎を押さえつけ、冷たい金属の手錠をかける。慧太郎は抗弁しなかった。柱時計の針が止まったかのように、二人の世界が一瞬で凍りついていく。


「慧太郎に触らないで!」


 少女が叫び、男たちの前に立ちはだかった。


「私たちが付き合うのは、私の意志なの! 洗脳なんてされていない! 私たちはただ、お互いを選び取っただけ!」


 二人で確かめ合ったばかりの「恋人」という言葉を掲げて必死に叫ぶ少女。しかし、彼女が振りかざす純粋なロジックは、現実社会の大人たちには一切届かなかった。大人たちの目に宿っていたのは、激怒ではなく、哀れみと庇護の色だった。


「大丈夫だよ。怖かったね。もう安全だからね」


「洗脳されているんだ。可哀想に……まだ子供だから分からないんだよ」


 社会は、少女の純粋な意思を「未熟ゆえの錯覚」として優しく処理した。二人があの密室で確かめ合った言葉も「愛」も、現実の法律の前には「害を受けた哀れな被害者のたわ言」として塗り潰されていく。


「私の言葉を聞いてよ! 私は被害者なんかじゃない!」


 夕闇の中、護送車の濁った窓越しに、大人たちに押し込められていく少女の姿が見えた。彼女の紡いだ言葉は、秋風の中に虚しく消え去っていった。

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