96、変調
「だから勝手に敷地に入ってこようとしないでよ!」
「窃盗事件の容疑者がここに入って行くのを見たという者がいたのだ。協力願いたい」
「私はあんたらが嫌いなんだよ!冤罪で投獄されたことは一生忘れないからね!」
喧嘩腰のアメリアが対峙しているのは三人の騎士団員だった。
騎士団員は冷静に協力を願っているが、アメリアは聞く耳を持たない。相当騎士団を嫌っているのが窺える。冤罪で投獄された経験があるのなら致し方ないかもしれない。
「魔術師と盾の二人組が来ているだろう」
「来ているけどおばあちゃんのお客様よ。盗みをするような人たちには見えないわ!」
話を聞いていたイーリスが憮然とした表情になる。
「もしかして、窃盗の容疑者って私たちのことですか。身に覚えなんてないんですが」
「全くだ」
ソルはため息をついた。これは呑気に医者の診察を受けに行ける雰囲気ではない。
容疑がかかってしまった以上身の潔白を証明しなければならない。何とも面倒なことだ。
ソルは扉を開けると騎士団員を一瞥した。
「容疑者とは俺たちのことか?全く身に覚えがないんだがな」
振り返ったアメリアがそうだよね、と頷いている。
騎士団員はソルとイーリスを注視すると腰の剣に手をかけた。
「身に覚えがなくともこちらには届けが出ているのだ。身の潔白を証明したくばこちらへ来い。話は詰所で聞く」
淡々とした事務的な言葉にイーリスは憮然とした表情を崩さない。
「人違いだったら、迷惑料とか出るか?」
「そのような制度はない」
ソルの軽口を団員は切って捨てた。
再度ため息をついたソルは口をひん曲げたイーリスの手を引っ張って門扉の方へ向かった。
「あなたさっき起きたばかりなのに。こんな奴らのせいで無理させられて」
憤慨したアメリアは腕を組んで団員を睨んでいる。
ソルは薄く笑う。
「もうだいぶ回復した。世話になったな」
「気をつけてね。ちょっと、この人は病人なんだから丁重に扱ってよ!」
アメリアの言葉の大半は騎士団員に向けられていた。彼女は騎士団に対しては終始喧嘩腰である。
イーリスはアメリアに会釈した。表情を崩したアメリアが手を振る。
門扉を抜けると三人の騎士団員に囲まれた。
「武器は全てこちらに渡してもらおう」
「俺たちは抵抗するつもりはないぞ」
「人の内面を推し量る術がない我らにその言葉は無意味だ。大人しく従ってもらうしかない」
これはごねてどうにかなる相手ではない。騎士団が側に居れば裏社会の者も手は出しづらいだろう。
ソルは渋々双剣を外すと正面の団員に渡した。
「腰の短剣もだ」
右側の団員が指示する。これは鞘から抜けない骨董品だ。それを一々説明するもの手間だ。ソルは短剣も団員に渡す。
「娘、杖も渡しなさい」
「これが無いと困ります」
イーリスは杖を抱いて渡さない。ソルが補足する。
「彼女は目が見えないんだ。杖が目の代わりになっている。見逃してくれないか」
「駄目だ。魔術は特に脅威になりうる。お前が娘の目の代わりになればいい」
団員の答えは素っ気ない。当然と言えば当然か。今度はイーリスの説得にかかる。
「イーリス、少しの間我慢してくれないか。どうせ潔白は直ぐに証明される、だろ?」
杖を抱くイーリスは険しい顔をしていたが、やがて諦めたように杖をソルに渡した。
「終わったらアレクシスさんに抗議の文でも送りましょう」
イーリスはソルだけに聞こえるように呟いた。ソルは笑って同意する。
団員に杖も渡すと最寄りの詰所まで向かう事となった。
一人の団員が先導し、残る二人がソルとイーリスの後方を歩いている。縄をかけられていないだけマシであるが、連行されるというのはいい気分はしない。
ソルは腕を絡ませているイーリスの仏頂面と、前方を歩く団員の背を交互に眺めながら、窃盗の容疑者になってしまった経緯を疑問に思っていた。不審な行動はしていないはずだが。
ソルは前を歩く団員に声をかける。
「窃盗事件の詳細を説明してもらいたい」
「…詰所で話す」
団員の短い返答にソルの腕を握るイーリスの手に力が入る。彼女の不機嫌度が増している。
一行は大きな通りを横切り路地へと入って行く。すれ違う人々はソルたちを訝しげな目で見ている。完全に騎士団に捕まった犯罪者だと思われている。
完全なる冤罪なので堂々としていればいいのだが、フードで顔を隠したソルはどんなに堂々としていても犯罪者の風体にしか見えなかった。
その犯罪者にくっついているイーリスは更に奇異の目で見られている。
ソルは不愉快さを隠し、気怠い足を動かす。イーリスの腕から伝わる体温が熱い。
路地を真っ直ぐ進んで行くと徐々に人通りが少なくなる。
周囲の家も空き家が目立ってきている。更に進むと完全に人の気配がなくなった。静かな路地に一行の足音だけが規則的な音色を響かせていた。
ソルはふと前を歩く団員の甲冑に目を留めた。鈍色に陽光を反射する金属の表面は傷が多く、凹んでいる部分もあった。
死戦を潜り抜けてきた歴戦の猛者なのかと思ったが、よく見ると甲冑自体の作りが悪い。
ソルは伸びをするふりをして、後方を歩く団員を盗み見た。こちらも同じような作りをしている。甲冑の左胸の騎士団の紋章もどこか歪だ。
アレクシスやヒースが装備していた甲冑と比べるとお粗末である。間近で彼らの装備を見てきたから分かる。
それを理解した瞬間、ソルの頭に警戒信号が閃く。背筋が騒めいて本能的な危険を告げた。
(また騙されたか)
フードの下で苦い顔となる。
そう、この騎士団員たちは偽物なのだ。これまでの状況からして裏社会の者だろう。
まんまと騙されてしまった。王都の騎士団はアレクシスの管轄の為、警戒対象としていなかったのが仇となった。
騎士団を装ってまで接触してくるとは予想していない。
ソルはイーリスに危険を伝えるべく視線を落とした。すると、彼女の顔はどこかぼうっとしていた。白い頬が紅潮してる。腕に伝わる彼女の胸郭の動きが浅く早い。
明らかな異常にソルは足を止めた。
「イーリス、大丈夫か。熱があるんじゃないのか」
「おい、止まるな」
後方の団員が歩みを再開するよう手を振る。
「ソル、さん。頭が、ふわふわします」
イーリスはソルに寄りかかった。こんなに弱々しい彼女の声を聞いたのは初めてだ。ソルは熱い体を抱えると路地にしゃがみ込んだ。
彼女の目はどこか虚なものになっていた。ソルの脳裏にキルジュの言葉が蘇る。
「病気が再発したのか…?」
ソルは焦りを隠しきれない。
団員だちがイーリスを抱えるソルを囲む。
「何だ。娘も病気なのか」
先頭を歩いていた団員が二人を見下ろす。その声には安堵が含まれていた。
「詰所で休ませれば」
「退け」
ソルは団員の言葉を遮った。その声は静かな怒気を孕んでいる。
「お前たちの茶番に付き合っている暇はない」
ソルの様子の変化に、団員たちが慌てて抜刀しようとするが遅かった。
しゃがんだ状態から水平に放ったソルの蹴りが一番近くに居た先頭の団員の足を刈り取った。足を払われた団員は勢いよく転倒する。
ソルはイーリスをなるべく揺らさないように跳躍し、転倒した団員を飛び越えた。
遅れてソルがいた場所に剣の軌跡が通り過ぎる。
「直ぐ研究所に連れて行くからな」
ソルはイーリスの耳元で囁くと、路地の端に彼女を横たえた。背嚢を下ろし枕代わりにする。
転倒した団員を越えて二人の団員が襲いかかって来る。
イーリスの側で戦う訳にはいかない。ソルは剣を振りかざす団員に向かって地を蹴る。
一瞬で間合いの内側に入られた団員は狼狽える。眼前のソルに向かって剣を袈裟に振り下ろす。
だが、乱雑となった剣の軌道を読んだソルは上体を傾けただけで難なく避ける。流れるように団員の顎に掌底が打ち込まれた。
衝撃で仰け反った団員はそのまま後方へ倒れて意識を失った。
もう一人の団員の剣がソルの胴目掛け横薙ぎの一撃を放つ。それをソルは後方へ大きく跳び回避した。
回避後の着地点は路地を挟んでいる家屋の壁。
ソルは壁を強く蹴ると、射出された矢の如き速さで団員の顔面に膝を叩き込んだ。
団員は鼻血を撒き散らしながら吹き飛び地面に転がった。
あと一人。ソルはさっき転倒させた団員の方に顔を向けた。
団員は青い顔で剣を構えている。その切先は震えていた。
仲間が素手の病人にものの数秒で制圧されたのを目の当たりにし、萎縮してしまっている。
ソルが威嚇すれば悲鳴をあげて逃げ出しそうであった。
問題無く制圧完了すると思われたが、再びソルの手先が細かく震え始めた。同時に動悸と抹消から血の気が引いていく感覚がする。
まだ回復しきっていないところで急激に動いた為、体の症状が一時的に悪化していた。
踏み出そうとしていたソルの動きが止まる。深呼吸をしようとしても胸郭が思い通りに動かず、ただの荒い呼吸となる。
足に力が入らない。体がふらつきそうになるのを必死に制御する。
団員はいつまでも攻撃して来ないソルを警戒していたが、遅れて異変に気づいた。
病気が悪化したのか、相手は今変調に苦しんでしる。思わぬ好機に団員の焦りと緊張が軽減された。震えていた切先が空に静止する。
団員はゆっくりとソルとの間合いを詰めて行く。
ソルは荒い呼吸を繰り返す。とうとう立っていられなくなり片膝を付く。汗が額から溢れ落ち地面に小さな斑模様を作った。
このまま捕まってしまえばイーリスの治療が遅れてしまう。もし重篤な症状が出てしまえば命の危険もありうる。彼女の病気を治療出来るのは研究所の職員しかいない。何としてでも彼女を研究所まで連れて行かなければならないのだ。
頑丈な体だけが取り柄の癖に肝心な時に役に立たない。ソルの心の中に己の不甲斐なさに対する怒りが嵐となって吹き荒れた。




