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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第六章 王都シュトリア
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85、夜の襲撃

 日が暮れた寂しい街道を西へと進む一軍があった。それは松明や魔道具の灯りを反射して銀色に光る甲冑を纏った集団だった。甲冑の胸元には騎士団を示す紋様が刻まれている。

 先頭を行くのは黒馬に騎乗した美丈夫。美しい容貌であるが、刃のような鋭い眼光が近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

 第一区騎士団長のアレクシスであった。彼の後方には十名の部下と一台の護送車が一糸乱れず追従していた。

 一団はベルダンを発ち王都へ向けて帰る最中であった。護送車には捕縛したグラドールとオットーが厳重に繋がれている。鉄格子のついた覗き窓から内部を定期的に団員が確認していた。


 粛々と進む一行は周囲を木々に囲まれた見通しの悪い街道へと入った。道の両側から迫り出すように生えた薮や木が圧迫感を与える。

 ここは狼や野盗が出現する要注意地点だ。警戒度を上げて進む必要がある。

 団員たちは皆周囲に目を配っている。野盗や闇に怯える者はいない。この場にいる団員たちはそれなりに経験を積んだ者ばかりだ。

 最後尾を歩く団員が、遥か後方から近づいて来る蹄の音に気づいた。離れていても分かる程の激しい蹄の音。


「後方より早馬接近しています!」


 団員の報告にアレクシスが後ろを振り返る。闇に塗りつぶされた街道を目で追うと、遠くに魔術による無機質な光が視認できた。


「総員停止。後方四名は戦闘体制を取れ。残りは護送車を護り前方、側面の警戒をせよ」


 アレクシスの怜悧な声が森の静寂(しじま)を裂く。団員は即座に指示に従う。

 美しい装飾の剣に手をかけたアレクシスは黒馬を操り最後尾へと移動した。

 後方からの蹄の音が近くなり、光の大きさも増す。アレクシスは団員から照明を受け取り前方に掲げた。街道を走る騎影はこちらに近づくに連れ速度を落としている。

 闇の中から現れたのは、凛とした姿勢で馬に乗る女だった。青白磁の髪を結い上げ、高価な背広に身を包んでいる。片手に持つ天秤の装飾の杖には光が灯されていた。

 女はアレクシスの眼前で馬を止めた。


「これはオリーヴィア殿。いかがなされた」


 アレクシスは掲げた照明を下げる。同時に団員へ戦闘体制を解くよう合図した。


「お前に話したい事があってな」


 無表情のオリーヴィアからは感情が読めない。急いで追ってくる程の話とは何であろうか。

 アレクシスとオリーヴィアは馬を並べて一団の先頭へと進んだ。厳しい表情のアレクシスと冷たい美貌のオリーヴィアが並ぶと威圧感が増す。

 一軍は元の隊列に戻ると前進を再開した。

 アレクシスは隊を率いながら隣を行くオリーヴィアに問う。


「それで、話とは」

「まずは罪人の情報提供に感謝する」

「影の魔術師の事だな。奴は我らの手に余る。オリーヴィア殿に対処してもらうのが最善と判断したまで」


 人の生命や魔力を奪う禁忌の魔術を行使するドーリウはアレクシスであっても手を焼く存在だ。一般の騎士団員なら一方的に命を刈り取られるだけになってしまう。

 対魔術師戦に長けている審問官のオリーヴィアに任せる方が被害が少なく済む。特に、ドーリウと師弟関係にあった彼女は、彼の戦闘での手札を知り尽くしている。オリーヴィアが一番の適任なのだ。


「まぁ、結果としては今回も逃げられてしまったがな」

「相変わらず姑息で厄介な男だ」

「北の山脈付近まで追い詰めたが、召喚用の空間転移に自ら飛び込んで消えた」

「それなら半分の確率で死んでいるだろうな」


 取り逃した事を話すオリーヴィアの表情に変化はない。ただ淡々と語っている。


「奴は悪運が強い。生きて転移先に出ているだろう」

「恐らく転移先はハルバハールの洞穴の一つだ。奴と闘った者の証言に召喚元の話もあった」

「シミョール洞穴だな。地獄の浅層のようなところだ。今頃奴は泣いているかもな」


 彼女の銀朱の瞳に、一瞬だけ悪戯を楽しむ子供にも似た色が浮かんだ。

 ほんの僅かな変化だが、アレクシスはそれを感じ取っていた。

 オリーヴィアは普段から無表情だが、感情がないわけではない。感情を表面化させるのが絶望的に下手なのだ。そのおかげで彼女の人間関係は絶望的だ。

 付き合いの長いアレクシスですら彼女の人となりを掴みきれていない。


「奴と闘って退けさせた魔術師は誰なんだ。私の知っている者か」

「いや、協会にすら登録していない辺境出の魔術師だ。まだ年若い娘だが、恐ろしい程の潜在魔力量を有している。あれは宮廷に並ぶ魔術師になるであろう」


 前方を見据えていたオリーヴィアがアレクシスの方へ顔を向けた。


「もしかして変わった瞳の娘か?異国の剣士を盾としているという」

「そうだ。知っていたか」

「メルンで依頼にあたっていた弟子の報告書にあった。サルアの種を一人で完全開花させたらしい。花は私も見た。見事な大輪の花であった」


 これにはアレクシスも驚愕の表情となる。


「とでもない事してるわね、あの子」


 思わず本音が漏れていた。


「騎士殿、心の声が出ているぞ」


 オリーヴィアの指摘にアレクシスは口元を引き締めた。後方の団員たちには聞こえていない。


「将来有望な魔術師がいる事は喜ばしい。だが、余りに魔力が強大過ぎる。身を滅ぼさねばよいが」

「貴女が他人を心配とは珍しい」

「はて、珍しいとは心外である」


 そう言うオリーヴィアの顔に不愉快さは微塵もない。


「で、そろそろ本題に入ったらどうだ。ただ雑談に来たのではあるまい」

「そうだな。面白い話を持ってきた」


 彼女が楽しい小話を持って来る筈がない。アレクシスは彼女の言葉の先を薄々予想できた。


「この一団は王都に着くまでに必ず襲撃される」

「…その根拠は?」

「罪人その一とその二に喋られたら困る輩がわんさかいるからな。お前も想定済みだろ」


 アレクシスは厳しい目をオリーヴィアへ向けた。


「その想定済みの話を何故態々持ってきたんだ」

「そんなもの、決まっているだろう」


 オリーヴィアは横目でアレクシスの目を見る。蒼穹と銀朱の瞳が交差する。

 そこで、何かの気配を察知したアレクシスが片手を上げて馬を停止させた。合図を見た一団も歩みを止める。


「ふむ、左右それぞれ十数名と言ったところか。中々人数を揃えてきたな」


 オリーヴィアの声は変わらず淡々としていたが、アレクシスだけは声の抑揚が上がった事に気づいた。そして、彼女がここへ来た本当の理由を理解した。

 だが、それを指摘する前にやるべき事がある。


「総員、左右に展開し迎撃体制を取れ!敵の数は審問官殿の言った通りだ。護送車を護れ!」


 緊張した面持ちの団員たちが其々左右に展開する。

 木々の奥から幾人もの気配と殺気が漂ってくる。

 途端に梢の隙間を縫って左右から矢が降り注いだ。逃げ場のない挟撃に団員の目に恐怖が掠める。

 だが、矢が一団に届く事はなかった。半円の結界が一団を囲み全ての矢を無効化していた。

 オリーヴィアの結界が皆を護ったのだ。団員に安堵の表情が浮かぶ。

 しかし、次なる攻撃の気配を感じたアレクシスは天を仰いだ。


「本命が来るぞ」


 審問官の冷たい声が放たれた直後に天を裂いて巨大な火球が飛来した。

 火球は轟音と共に爆発し上部の結界を破壊する。


「右、魔術師がいるな。では左はお前に任せる」


 動揺する団員を他所にオリーヴィアは涼しい顔で杖を振った。すると道と森の境目に巨大な氷の壁が出現した。刺客の放った二陣目の矢は壁によって阻まれる。

 今度は杖先を右上に向ける。人一人程の大きさの氷柱が複数出現し、放物線を描いて木々を越えて行った。

 大きな破砕音と悲鳴がこだまする。


「多少時間稼ぎになるだろう」


 オリーヴィアは馬から降りるとアレクシスを振り返った。

 厳しい顔を更に険しくしたアレクシスも馬を降りる。右へ向かうオリーヴィアと左へ向かうアレクシス。

 すれ違いざまにアレクシスがオリーヴィアにだけ聞こえる声量で呟く。


「あんた、奴を捕まえられなかった鬱憤を晴らしにきたんでしょ」

「さてな。ただ体を動かしたい気分なだけだ。誰にだってそういう時はあるだろう」


 彼女は相変わらずの無表情だが、僅かに目が細められていた。


「こちらとしては八つ当たりに感謝する」


 アレクシスの言葉に怜悧な審問官は肩をすくめた。


「戯言はいい。さて、始めよう」


 オリーヴィアは敵に囲まれているとは思えない悠然とした歩みで進む。


「少しは楽しめるだろう」


 彼女が杖を横に振ると左右の氷の壁が輪郭を失い溶解した。壁は液体となり、近くの木々と刺客たちを飲み込んだ。液体の波濤は瞬時に冷気を帯びて再氷化する。辺り一帯の温度が下がった。

 刺客たちは氷漬けになり動きを封じられていた。


 波濤の範囲外に逃れた刺客たちが樹上からオリーヴィアへ殺到する。刺客の手には毒が滴る刃が握られていた。

 彼女は既に中段の構えで敵の到来を待っていた。その手に握られているのは杖。頂点の魔石の先には冷気を放つ半透明の刃。

 杖を長刀としたオリーヴィアが高所から迫る刺客へ一閃する。刺客は刃で防御するが、空中ではオリーヴィアの刃の威力を殺しきれず横へ吹き飛ばされた。

 氷の波濤を蹴って左右から襲撃する刺客は、刃を水平に旋回させた一太刀で同時に斬り捨てられる。

 無駄のない鮮やかな動きは熟練の剣士そのものだった。

 オリーヴィアは魔術師でありながら剣士としても完成されていた。故に彼女は盾を必要としない。

 孤高の審問官は次々と迫る刺客たちを斬り伏せる。


 彼女の後方では団員たちが氷原を抜けてきた刺客と攻防を繰り広げていた。

 その後ろでは怒号と剣戟音を背負ったアレクシスが優美な剣を振るっていた。その剣は柄から刀身を支える鍔までを女神を模した精緻な装飾で覆われていた。

 納刀時には慈悲の笑みを湛えた女神の顔が剣を構えると反転。悲哀に暮れる女の顔となる。

 女神は見る角度によってその表情を変える。


 アレクシスは飛来する矢を剣で払い、四方から襲撃する刺客の攻撃を剣と籠手で捌く。マントが戦旗のよに翻る。刺客の攻撃後の隙を狙い一人目を肩口から断ち、二人目の腹部を薙ぎ払い、三人目の腕を切断する。

 四人目は剣の間合いから即座に離脱。しかし、アレクシスの剣が空を斬ると、背後を見せた刺客の背に深い裂傷が走る。背骨まで断たれた刺客はその場に倒れ伏した。

 一連の剣技は澱みなく洗練されていた。まさに騎士を率いる団長の名に相応しい実力であった。


 頭上に光。再び火球が降ってくる。今度は明確にアレクシスを狙っていた。彼が回避するよりも先に氷柱が火球に衝突し空中で爆散させた。

 強い光が周囲を照らす。その時、アレクシスの目は遥か後方の樹上に身を潜める魔術師の姿を捉えていた。

 彼は地を蹴り、部下と切り結んでいる刺客の背を踏み台にして護送車の上に飛び乗った。

 そして魔術師が潜む方角に向かって刺突を放った。不可視の刃は魔術師の胸に到達し、円錐状の小さな穴を穿つ。魔術師は何をされたのか理解できぬまま絶命した。


「魔術師は私の管轄だぞ」


 オリーヴィアが刺客の首を刎ねながら抗議の声を上げる。だが、声に怒りの成分は含まれていない。


「この場では早い者勝ちだ」


 抗議の声を両断したアレクシスは護送車から飛び降り、部下を狙っていた刺客を斬り捨てた。

 

 団長と審問官の刃は止まらない。信念と裁きの道を阻む者を全て排除するまで。

 例えそれが気の遠くなるような長い年月が必要だとしても。


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