83、情報屋
聳え立つ城壁にぽっかり空いた城門には多くの人が行き交っていた。商隊が隊列を組んで馬車を進めている。魔術師と護衛の盾や学者、農夫、傭兵と思しき武装した集団など様々な人が城門を出入りしていた。
その様子を警備の騎士団員が鋭い目で見渡している。明らかに今まで見てきたやる気のない騎士団とは違う。職務を忠実に遂行していた。
王都の騎士団はアレクシスが統括している。これならば、ベルダンの時のように犯罪を見て見ぬふりされる事はないだろう。
裏社会に目をつけられたと言う不安要素は消えないが、いざと言う時に騎士団がしっかりと味方になるのであれば心強い。
ソルとイーリスは大荷物を抱えた商人の一団の後ろついてトンネルのような分厚い城壁を潜って行く。
途中でイーリスがソルの腕に手を絡ませてきた。人が多く、探知をすると疲れるのだろう。ソルはそう思い、イーリスが掴み易いように腕を動かした。
日を遮る城門を通り抜けると、光と共に王都シュトリアの街並みがソルの目に入った。
ベルダンの中央通りに似ているが、その規模が違った。通りの幅は広く、多くの人と馬車が往来している。建物は軒並み四階建て以上で通りの両端に並んでいた。窓辺には季節の花々が植えられ美しい彩りを添えている。
城壁の側では吟遊詩人が朗々たる声で物語を紡いていた。海竜を討伐した英雄とも言える魔術師の話らしい。
通りの遥か奥には幾つもの尖塔を戴く王宮の一部が見えた。
城壁の大きさで覚悟はしていたが、ここはかなり広い。この広さの都市で人一人を見つけるのは容易ではない。
「イーリス、わかるか。王都はとんでもなく広いぞ」
「そのようですね。ソルさん、情報屋の場所はわかりそうですか?」
「あぁ、大体な」
ソルはルアンが書いた地図を見ながら進路を南へと変更した。表通りから脇道に入って行く。
脇道にも様々な商店が並び賑わっていた。服飾や装飾品、杖や魔道具の看板が並んでいる。道ゆく人々は硝子窓越しに服を見たり、表に積んである反物の値段交渉をしていた。
すれ違う人の中にはエルネスティーネと同じ制服の者もいた。学生たちは杖を片手に雑談しながら魔道具の店に入った。
ソルはイーリスを魔道具の店から遠ざけるように道の端を歩いた。探知範囲を絞っているはずのなので彼女は気づかないだろうが、念のためだ。
魔道具の店と分かってしまったら寄り道しかねない。今は高い魔道具を買う金も時間もない。
地図に視線を落としたソルは更に横道へ入る。家と家の隙間の細い路地を進んで行く。
流石に人通りは減った。住人しか通らないような道であるが寂れた感じはしない。清掃された道は綺麗で、清潔感がある。頭上の窓辺では老婦人が花に囲まれて本を読んでおり、反対の開け放たれた窓からは子供が遊ぶ楽しそうな声が降ってくる。
治安の良さを感じるが、ソルは周囲への警戒を怠らない。
それからも脇道の脇道の脇道を通り、たまに道を間違えながらも地図の目的地に到着した。この辺りは表と違って小さい家屋が並んでいた。
ソルの目の前には周囲の家屋と同じ一般的な建物があった。
「ここですか」
「そのはずだ」
家屋には何の表示もない。唯の民家に見える。だが、地図ではここで合っている。
ソルは扉を叩いた。しかし、しばらくしても反応はなかった。もう一度扉を叩こうとした時、重い音と共に扉が開いた。
そこには一人の男が立っていた。黒髪を頭の高い位置で結い上げた男は、同色の切れ長の目で来訪者を観察している。執事のような黒背広をきっちり着込んでおり、その背筋の通った立ち姿は一振りの刃のようだった。男の手には鞘に納められた剣が握られている。
「ここが何処か分かって来ているのか」
男の低い声がソルとイーリスに向けられる。
ソルは男の視線を感じながら口を開く。
「情報屋の根城なんだろ?」
「誰に聞いた」
「旅商人のルアンって奴だ」
男は僅かに片眉を上げると、無言でソルとイーリスを室内に招き入れた。扉を閉めると、男は二人の間をすり抜けて奥の部屋へ行った。
ソルとイーリスも彼の後ろに続く。
男の立ち振る舞いは武人のものだ。ソルは情報屋について肯定も否定もしない男の背から目を離さない。
何もない殺風景な部屋の床にはぽっかりと空いた穴があった。穴の中には地下へ続く階段が見える。
黒背広の男は闇に沈むように階段を下って行く。
二人も後を追う。
下った先は広い空間になっていた。地下を削り出したままの剥き出しの土壁に囲まれた洞穴のような部屋。
そこは無機質な魔術の灯りがぽつぽつとあるだけで薄暗い。
ソルが部屋に足を踏み入れると、何か体中に纏わりつく気配がした。しかし、その気配は一瞬で消えてなくなった。
それはイーリスも同じ様で、不思議そうにしている。
前を行く男は振り返りもせず奥へ進んで行く。
奥にはテーブルや本棚などの家具がぽつりと置いてあった。
男について行くソルの目に、仰向けに寝ている小さな人物が映った。近づくとそれは十歳程の子供に見える。
子供は部屋の最奥の台座に遺体のように横たわっていた。長い白髪が冷たい石の台座に広がり、瞼は閉じられていた。両手は黒いドレスを纏った胸の上で組まれている。
青白い光が病的なまでに白い肌を照らしている。血の気が感じられない肌は本当に遺体のように見える。
男は台座の側に立つと子供の肩を揺すった。
「アルマ、客だ。戻って来い」
アルマと呼ばれた子供の瞼が震え、ゆっくりと開かれる。そこには血のような紅玉の瞳があった。
「あ、れ…クロウ…?」
黒背広の男、クロウはアルマの背に手を差し込むと優しく上体を起こした。
「あの旅商人からの紹介の客が来ている」
まだまどろみの中にある紅い瞳が正面のソルとイーリスを眺める。
クロウの言葉からすると、この子供が情報屋ということになる。ソルは自然と訝しげな表情になっていた。
(子供が情報屋だと?何かの間違いでは…)
だが、その考えは簡単に覆される。
「なーにー?あんたたち、王都に来たばっかよね。何探しに来たの」
アルマの発言にソルは耳を疑った。彼女は既にソルとイーリスが王都に入った時期を把握している。
余りに早すぎる情報収集能力にソルは絶句していた。
イーリスも僅かに驚いた表情であったが、瞬き一回でいつもの顔に戻った。
「ある人を探しに来ました。その人の情報が欲しいのです」
イーリスが一歩前に出た。
アルマはイーリスを頭からつま先までじっくり観察すると眠そうに目を擦った。
「いいよ。代金は一つの事柄に対して金貨一枚ね。あと、わたしは聞かれたことにしか答えないから」
頷いたイーリスは、おばあちゃんを探している事と、王都に来たであろう事を話した。
アルマは目を閉じて静かに話を聞いている。
「おばあちゃんは王都へ来ているはずです。行方を教えてください」
「あなたのおばあちゃんは魔術師で緑のローブ、紫の魔石の杖を持っている。名をアデリナ。ふーん。もっと身体的特徴はないの」
「えっと、白髪で緑の目をしています。でも顔は隠してるかも。身長は私より高いくらいです」
「ふんふん。ちょっと待ってね」
聞き終えたアルマは座った姿勢のまま首を反らせ顔を天に向けた。微動だにせず十秒程経過する。
イーリスはアルマの返事を今か今かと待っている。
ソルはアルマがどうやって情報収集しているのか気になっていた。これも何かの魔術の一種なのであろうか。
更に十秒程経過しアルマの顔が正面に戻ってきた。紅玉の瞳がイーリスを見据える。
「あなたの言う人物は王都に出入りしていない」
イーリスは小さく息を飲んだ。
「ここ一ヶ月どころかもっと前まで遡ってみたけどいないわ」
「そんな…」
何らかの情報が掴めると思っていたイーリスはアルマの言葉に落胆と焦燥を隠せなかった。
見かねたソルが口を挟む。
「その情報は確かなんだよな」
「誰にもの言ってんの小僧」
情報の信憑性を疑われたアルマは途端に剣呑な雰囲気となった。童女にあるまじき凄味を発している。
あまりの変貌にソルはたじろいだ。
「ここでわたしの情報を疑うとはいい度胸してるね」
「いや、疑うわけではないんだが…」
「わたしはわたしの情報を疑われるのが大嫌いなの。二度と言わないでね」
後半は殺気にも近いものを向けられ、ソルは頷くしかなかった。
そこへクロウが手を差し出した。白い手袋が薄暗い闇の中で目立つ。
「話は終わったな。金貨一枚だ」
ソルは何の進展もない上に金貨一枚という大金を支払う事に躊躇った。
「もっと他に何か情報はないのか」
「期待していた答えと違うからって食い下がらないでくれる?」
「ここに来たはずなんだ」
「来ていない」
「じゃあ、どこにいるんだ」
「王都以外のことはわたしの範疇外。自分でどうにかしなさい」
アルマはソルの言葉をことごとく切り捨てていく。諦めきれないソルは尚も食い下がろうとするが、イーリスが彼の袖を引いた。
「もういいです。行きましょう。情報ありがとうございました」
イーリスはアルマに頭を下げた。アルマはじっとイーリスを見つめている。
ソルは背嚢の皮袋から金貨を出すと渋々クロウの手にのせた。
クロウは金貨を握った手を腰の後ろに回すと優雅に一礼した。




