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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第五章 後始末
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80、手配書と報酬

 ソルとイーリスは街に着いた当初より圧倒的に綺麗になった裏路地を歩いていた。すれ違う人々は盗人でも薬物中毒者でもなくただの一般人である。

 ソルは街の変わりように驚いていた。アレクシスの手腕を素直に賞賛する。

 この状態を維持できれば街の治安は劇的に良くなるに違いない。ほとぼりが冷めてから戻ってくる犯罪者も多かろうが、それはジークハルトの働きに期待したい。


 見覚えのある路地を進むとカルラの家に着いた。路地に面した分厚い金属製の扉が開いている。

 家の中を覗き込むと箒を持った女が一心不乱に掃除をしていた。

 ソルが開け放たれた扉をノックすると、女は胡桃色のまとめ髪を揺らして振り返った。


「誰だい?って昨日のばあちゃん探しの子か」


 カルラはイーリスの隣に立つソルに気づくと怪訝な顔をした。目には警戒の色。


「で、あんたは誰?」

「俺は彼女の盾だ」

「なんだ、チンピラっぽいから金貸しの一味かと思ったよ」

「チンピラ…」


 カルラは表情を和らげた。

 チンピラと言われたソルは納得いかなかったが追求はしなかった。

 イーリスは無造作に積まれた工具を避けて室内に入る。


「手配書はありましたか?」

「あったよ。ほらそこにあるよ」


 カルラは箒の柄で扉近くの木箱の上を指した。そこには折り畳まれた紙が置かれている。

 ソルが紙を手に取り広げると、最重要指名手配犯の顔が描かれていた。若い女で左の目元に小さなほくろが二つあり、穏やかで理知的な目をしていた。

 そして、その似顔絵には大きくばつ印が書き込まれていた。

 この手配犯の名はアテナ・エーベルス。魔術師であった。捕まえた場合の報奨金は金貨五百枚と書いてある。かなり高額な報奨金であった。かなりの悪党なのだろう。

 ソルは手配書に書かれている情報をイーリスに伝えた。彼女は黙って耳を傾けている。


「この手配犯に覚えはあるか?」

「いえ、聞いた事のない名前です」


 イーリスは顎に手を当て考え込んでいる。すると、掃除をしていたカルラが手を止めた。


「あたしその手配犯の起こした事件なら知っているよ」

「どんな事件ですか?」

「十年くらい前だったかな、そいつは王都で魔術を研究していた施設を攻撃してそこの職員を焼き尽くしたのさ。大きな事件だったからこの街にも話が広がってね」

「そんな事件が…」


 イーリスは手配犯も事件に関しても全く心当たりがなかった。おばあちゃんは何を思ってこの手配書を持っていたのかどう考えても答えは出て来なかった。カルラの言っていたように特に意図はないのだろうか。


「まぁ、早くばあちゃん見つけて連れてきてよ。早く残りの代金払ってもらわないと」


 カルラは窓を開け窓辺に積もった埃を掃き出した。

 そこへ一匹の黒猫が路地から軽やかに跳んで入って来た。


「メル、久しぶりのご帰宅じゃん」


 メルと呼ばれた黒猫は床に降り立ちカルラの足に擦り寄った。尻尾を立てて甘えた声で鳴く。

 ソルはその黒猫に見覚えがあった。


「あ、あの時の」

「なんだい、メルの事知ってんの」

「あぁ、二日前にちょっとな。こいつは貴金属を好むんだろう?」

「貴金属?…あ、メルあんたまたやったね!」


 女性の装飾品を奪い逃走していた猫だ。その後の追跡劇では助けてもらっている。

 メルはするりとカルラから離れるとソルの足に擦り寄った。叱る主人から逃げている。


「はぁ〜。手癖の悪い猫でね。度々どっかから装飾品を盗ってくるんだよ。光るものが好きなのかね」


 ソルはメルの真意を探ろうと艶やかな毛並みに手を伸ばしたが、黒猫は優雅に手を避け外へ逃げて行った。


「全く、何を考えているのやら」


 呟いたカルラは掃除を再開した。箒は徐々にソルとイーリスの方へ向かって来る。


「ほら、用事が終わったらさっさと行きな。折角掃除する気になったんだ。たまにしかない機会だから邪魔しないで」


 手配書を探して片付けをしていたら、ついでに掃除をする気になったカルラ。彼女の手は気が済むまで止まらない。

 埃と共に掃き出される形で室内から追われたソルとイーリスは路地に佇んだ。

 イーリスはまだ何か考えていたが、唐突にカルラのいる部屋に戻った。

 カルラが面倒臭そうに目を向ける。


「まだ何か用あんの?」

「あの、おばあちゃんの杖の魔石は本当に紫だったんですか?」

「あ?そうだよ。昨日言った通りさ。まぁ妙な色合いの魔石だとは思ったけど」


 イーリスは神妙な面持ちでカルラに頭を下げると部屋を出た。ソルの隣に立つと街の中心部に向かって歩き始める。ソルもそれに並ぶ。


「杖の魔石がどうかしたのか」

「いえ、メルンの杖屋のおばあさんから聞いた話と違うなと思いまして」

「そうなのか?」


 ソルは老婆の言った杖の事など忘れていた。


「おばあさんは紅涙石(ローズティアー)の杖と言っていました。でもカルラさんは紫の魔石と言っています。紅涙石はその名の通り赤っぽい色をしているはずなので杖の証言が合いません」

「なるほど。何かの事情で杖を変えたのかもしれないな」

「そうですね…」


 思案しながら歩くイーリスは義務的に足を動かしている。次の明確な目的地は決まっていない。

 背嚢に手配書を仕舞ったソルはある提案をした。


「手がかり探しもいいが、一旦魔術師協会へ行ってみないか。報奨金の事忘れてたろ?」


 虚ろだったイーリスの目が軽く見開かれた。何回か目を瞬かせている。


「完全に忘れていました」

「いろいろあったからな。路銀は大事だ。報酬を受け取りに行こう」


 ソルとイーリスは魔術師協会へと目的地を定めた。

 道行く人に協会の場所を尋ね、中央通りへと進んで行った。


 魔術師協会の支部は中央道りからやや南に入ったところにあった。三階建ての立派な建物であるが、人の出入りはほとんどない。

 観音開きの扉を抜けると広いエントランスの奥にカウンターがあった。受付らしき中年男が学生服を着た珊瑚色の髪の少女と話している。少女の隣には大柄な甲冑男が立っていた。

 それはエルネスティーネとカイであった。

 ソルとイーリスもカウンターの方へ向かう。


「あれ、ソルさんとイーリスさん。昨夜はどうも」


 気づいたカイがソルたちの方へ振り返る。


「お二人もここに用事が?」

「はい。協会の依頼を手伝ったので報酬をいただきに来ました」


 話していたエルネスティーネも受付の男から視線をイーリスへ移した。


「あら意外。あんたも協会に加入していたのね」

「いえ、私は加入はしていないんです。加入している方の依頼を手伝っただけです」

「そうなの。じゃあこっちに来なさいよ。手続き手伝ってあげる」


 イーリスはエルネスティーネに招かれカウンターに立った。手続きに必要な書類の記入の仕方をエルネスティーネに教わりながら手を動かしている。

 エルネスティーネの隣にいたカイはそっと後退し、ソルの隣に並んだ。


「こうしていると二人は仲良しに見えますよね」

「そうだな。セレスタでの一件が嘘のようだ」


 カイは嬉しそうに二人を眺めている。年頃も同じ少女二人が話していると仲の良い友達に見える。

 以前カイはエルネスティーネには友達がいないと言っていた。それはイーリスも同じなのではなかろうか、と言う思いがソルの頭に生まれていた。

 幼い頃から森暮らしならば同年代の娘と会う事もなかっただろう。人の世から隔絶されたあの場所では人の往来などあるはずもない。

 そこから連鎖的に疑問が湧いた。そもそも、彼女らはあの危険な森に住んでいたのか。ソルはその事を聞いた事がなかった。


「何か、きっかけがあるはず…」

「きっかけがどうかしましたか?」


ソルの考えが呟きとして漏れていた。カイはキョトンとしている。


「いや、何でもない。それよりもアレクシスから外套男の話は聞いたか?」

「聞きましたよ。まさか捕まえた男が運び屋だったなんて」

「それもだが、お前たちが誘拐されたのも俺のせいだったな。すまない」


 ソルはカイに頭を下げた。彼はアレクシスから事件の詳細を聞いてから再び悔いていた。己の行動のせいで二人を巻き込んでしまっていた事が判明したからである。

 カイは慌てて手を横に振る。


「いやいや、僕たちも無関係ってわけではないので謝らないでください。こっちもセレスタでは巻き込んでしまった感じですので」


 謝罪され恐縮するカイにソルは思わず苦笑してしまった。


「ふっ、お前は本当に人が良いな」

「僕だけじゃなくてお嬢様も同じ考えです。経緯は何であれ、助けてもらったソルさんを責める人はいませんよ」


 優しい笑みを浮かべるカイ。人懐こい大型犬のようだ。

 彼の言葉には温かさがある。ソルはその言葉に甘える事にした。悔いてばかりではいられない。


「僕もソルさんみたいに人を助けられるよう強くなりたいです。まずはヨルクさんに勝つところから始めます」

「それは楽しみだ」


 盾二人が談笑する光景をエルネスティーネが横目で見ていた。羨ましいそうにカイを見、次にソルをちらちらと見る。それを繰り返していた。

 彼女の隣ではイーリスがゆっくりとペンを滑らせている。


「これで大丈夫でしょうか」

「あ、うん。えーと、大丈夫よ」


 イーリスの声で書類記入作業に引き戻されたエルネスティーネは、書き上がった書類を受付の男へ渡した。男は書類に目を通すと奥の部屋へ消えた。


「私、上手く書けていましたか?」

「えぇ、十分よ。目が見えないのによく書けるわね」

「おばあちゃんに仕込まれましたから」


 微笑むイーリスにエルネスティーネはやや言いづらそうに耳打ちした。


「ね、ねぇ、あんたの盾…ソルって何歳なの?」

「知らないです。何歳なんでしょうね」


 顎に指を当てたイーリスは後ろを振り返った。


「ソルさん」

「何だ?」

「何歳ですか?」


 唐突な質問にソルは首を傾げた。


「二十一だ。書類には俺の情報も必要なのか?」

「いえ、エルネスティーネさんが」


 そこでイーリスの言葉は途絶えた。隣のエルネスティーネが口を手で塞いだからだ。


「何でもないわ。気にしないで」


 僅かに上気した頬のエルネスティーネはイーリスの顔を強引に前へ向かせた。

 状況が読めないソルはカイへ視線を向けた。


「お前は何歳なんだ?」

「僕は十八です。ちなみにお嬢様は十六です」

「ちょっと、勝手に人の年齢を教えないでくれる?」


 聞かれていると思っていなかったカイはしゅんと縮こまった。


「エルネスティーネさん、私も同じです。この前十六歳になりました」

「同い年だったのね」


 少女二人はまた楽しげに話し始めた。

 ソルはイーリスの年齢に少し驚いていた。背が低いのでもっと年下だと思っていたのだ。十六歳と言えばガルドラントでは成人とされる年だ。

 ソルは談笑しているイーリスの横顔を眺めた。成人とは程遠い無邪気な顔はまだまだ子供である。だが、戦闘時は酷く大人びて見える。ころころ変わる彼女の表情は見ていて飽きない。


 奥の部屋から受付の男が出てきた。エルネスティーネとイーリスにそれぞれ報酬の入った袋を渡す。

 受け取った二人はソルとカイの元へ歩み寄る。四人は話しながら協会を出た。


「あたしたちは王都の学校へ戻るわ。課題の期限ギリギリなの。あんたたちは?」

「もう少しこの街でおばあちゃんの情報を集めようと思っています」

「そうなの。早くおばあちゃんに会えるといいわね。」


 優しく微笑むエルネスティーネ。イーリスは力強く頷く。


「落ち着いたら学校に来なさいよ。面白い物がたくさんあるわ。案内してあげる」

「楽しそうですね。是非お願いします」


 すっかり友人となった二人は互いに別れを告げる。

 エルネスティーネとカイは手を振ると門の方へ去って行った。

 イーリスは去り行く二人の背の方を向いていて見送っていた。

 人の往来が増えた通りを進む二人の姿は直ぐに見えなくなった。


 ソルはずっしりと重い報酬をイーリスから受け取ると、中身をちらりと確認した。袋の中には金貨と銀貨が詰まっていた。想定よりも多い報酬にソルの頬が緩む。路銀の心配から解放された。

 袋を背嚢の奥底に詰め込むと、まだ二人の去った方を向いているイーリスに声をかけた。


「これからどうする?収容所近くでヒースを待つか?」

「そうしましょう。後はヒースさんの聞き込みが頼りです」


 イーリスは期待の籠った眼差しで歩き始めた。

 収容所は騎士団の詰所の裏手にある。ここから近い。

 ソルは反対方向に向かっているイーリスを方向転換させ共に歩き出した。



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