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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第一章 旅立ち
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8、獣憑き

 獣憑きはその名の通り、獣の特徴を生まれ持つ者を指す総称だ。獣の特徴は手足や耳、目等様々な部位に出る。そしてそれらの部位は其々獣の能力を持っており、人外の力を発揮する事ができる。脚ならば獣の素早さと力を、耳なら獣の聴覚の鋭さを。


「俺の場合は目だ。夜目が効くのと動く物を目で捉えるのが得意だな」

「そうなんですか。獣憑きって普通の人より能力があって羨ましがられそうですけど、ソルさんの口振りからすると違うみたいですね」

「あぁ、そうだ」


 獣憑きは一般に忌み嫌われている。それは何故か。原因は神話の時代まで遡る。

 昔、天地創造の女神は人と獣を造ったが、創造している過程で人と獣を合わせた獣人も生まれてしまった。

 獣人は人より優れた能力を持ち、いつしか人を獲物のように狩り始めた。恐れた人々は女神の加護を受け獣人に立ち向かった。争いは何年も続いたが、最終的に獣人たちを滅ぼし人間側が勝利した。


「その神話は本で読んだことがあります。女神の加護で人が魔術を使えるようになったんですよね」

「知ってるなら話が早い。つまり俺たちは獣人の生まれ変わりだと信じられている。人を食らう穢れた存在だとさ」


 獣憑きは獣人のように人を襲う、獣憑きと関わると天罰をくらう等、悪い噂ばかりが信じられ、どこへ行っても避けられ蔑まれる。神話や迷信など信じないという人も一定数いるが、わざわざ厄介者に関わる者はいない。


「でも実際に人を襲って食べたりしないんでしょう?」

「当たり前だ。見た目が違うだけで俺たちも人だ。まぁ、そう言っても誰も相手にしてくれないけどな」

「昔からの慣習や偏見はそう簡単に変わるものではないんですね」

「そうだな。だから今後街に入った時、俺が獣憑きだと他の人にばれたら面倒な事になる。イーリスも巻き込んでしまうかもしれない」


 ソルは一旦言葉を切り頭を下げた。


「もっと早く言うべきだった。すまない」

「…何で謝るんです?」


 イーリスはきょとんとしている。


「私は気にしませんよ。何も問題ないでしょう」

「俺のせいでイーリスまで偏見の目に合うかもしれないし、ばあちゃん探しの障害になる可能性もあるんだぞ」


 ソルが顔を上げると彼女は笑っていた。


「ふふ、ソルさんは意外に心配性なんですね。大丈夫ですよ。どうにかなります。それに私、人の視線は気になりませんから」

「イーリス…」


 彼女は目を閉じるとそっと瞼に触れた。


「この目では姿形なんて関係ないですからね」


 そしてその手を焚き火の向こうにいるソルに向かって伸ばした。広げた五指を握りしめ開くと青く光る蝶が多数舞い出てきた。蝶が羽ばたくと青い光の鱗粉がキラキラと光り幻想的な光景を造り出していた。

 その美しい光景にソルは目を見開く。いくつもの蝶は光の尾を引きながら二人の周りを飛び、暗い空へと消えて行った。


「魔力で作った蝶です。綺麗でしたか?」

「ああ」

「失明する前に見たもので蝶は覚えているんです。好きでよく花壇に探しに行ってました。大きくなったら蝶になるって言ってたような気がします」

「ふっ、子どもらしい夢だな」


 固かったソルの表情が和らいだ。彼の声の変化を感じ取ったイーリスもまた柔らかく微笑んでいた。


「私、ソルさんに感謝しています。あの時あなたが来なかったら今頃私はどうなっていたか分かりません」


 結界は消滅の危機に瀕し、おばあちゃんは帰って来ない。探しに行こうにも一人では森を抜けることすらできない。そんな八方塞がりの中やって来たソルはイーリスにとって救世主だった。


「私はあなたに救われました。その感謝の気持ちは獣憑きの話しを聞いても変わるものではありません」


 彼女の言葉は真っ直ぐソルに届いた。


「なので獣憑きの事で何か問題が起こっても気にしません。もう謝らないでくださいね」

「…わかった。ありがとう、イーリス」


 ソルは胸が温かくなるのを感じた。自分の存在を肯定されるのは、こんなにも満たされる気分になるものなのか。忘れかけていた亡き弟との記憶が蘇る。大切な思い出のはずだが、日々降り積もる心の塵に埋もれて見えなくなっていた。それが今日、彼女との会話で塵が払われた。

 まだ出会って一日しか経っていないのに、この少女にはいろいろ心動かされる。


「むしろ謝らないといけないのは私の方です」

「ん?」

「ずっと心のどこかで疑ってたんです。この人は森を出て私が用済みになったら、さっさと逃げてしまうんじゃないかと。だから…」


 イーリスは鞄から向日葵の種のようなものを取り出した。


「この苗床草の種をソルさんに食べさせて逃げられないようにしようと思っていたんです」

「ま、まぁ、初対面だし疑うのはわかる。で、ナエドコソウとは何だ?」

「体内に摂取するとそこで発芽して、体を苗床にし成長する植物です。大きくなると体を突き破って出てきます。除去できるような魔術を使えるのはおばあちゃんだけなので逃げられなくなるかなと…」


 ソルは絶句する。そんな危険なものを食べさせられるところだったとは。もし食べてしまった挙句、おばあちゃんが見つからなかったらと考えると背筋がゾッとした。


「でもソルさんと話していてそんな事をする人じゃないって確信しました。逃げるつもりの人ならわざわざ自分の素性がわかるような話はしないですもんね」


 イーリスは面目ないといった顔で頭を下げた。


「疑ってすいません」


 獣憑きの話をしなかったら新たな命の危機があったかもしれない。行動を共にする者には何事も正直に話す事が大事だとしみじみ思うソルだった。

 それにしてもこの少女、虫も殺せぬような顔をしているがやろうとする事がえげつない。疑っているとはいえ感謝している人に一服盛ろうと考えるとは。あの黒魔女モードは演技ではなく、素の部分もあるのではないだろうか。


「気にするな。信頼を得る事ができなかった俺にも非がある」


 冷静を装うが声には隠しきれない動揺が混じっていた。

 イーリスは表情を明るくすると持っていた種を火にくべた。種は瞬く間に燃えて灰になり命の危機は去った。


「ソルさんがいい人で良かったです」

「そう思ってくれるならこっちも安心だ」


 イーリスは笑顔だがソルは苦笑している。そして再び彼女の目には好奇心の色が浮かぶ。


「あの、ソルさんは何で追われてたんですか?」

「それは…あれだ、仕事が嫌になって逃げたからだ」

「兵士の仕事はよく分かりませんが厳しい部隊だったんですね」


 ソルは揺れる焚き火の炎を見つめた。炎の中に訓練中に散っていった同僚達の影が見えた気がした。


「厳しいさ。脱走者は処刑だからな」

「…あれ、でも追いかけてきた人たちはソルさんのこと生け取りにするつもりだったみたいですよ」

「何?」


 イーリスはソルがミミワに飲まれた後の出来事を話した。


「確かに殺さないから投降しろとは言われたが、油断させる為の嘘だと思っていた…本当だったのか。」


 何か状況が変わったのか、理由は分からないが追っ手はソルを生け取るつもりだったようだ。


「でも連れ戻されても拷問か人体売買の商品になる未来しか見えないな」

「ソルさんの国って物騒なんですね」


 そう言う彼女は何故か楽しそうだ。


「追いかけてきた人たちはソルさんの仲間だった人ですか?同じような匂いがしました」

「あぁ仲間だった。隊長まで追いかけて来るとは思わなかったが」


 隊長は普段は氏族長の護衛についていることが多いので脱走者の追跡に来るのは稀だ。

 当たり前だが彼は強い。何回か模擬戦で闘ったが完敗している。だが逃げるだけなら何とかなった。

 そんな隊長を含めた隊員三名を相手に不意打ちとはいえミミワを守り、退却させたイーリスは実は結構できる魔術師なのでは。少なくとも見習い程度ではないだろう。


「イーリスは魔術師としてはどのくらいの実力があるんだ?」

「んんー…まだ見習いですかね。おばあちゃんにはまだまだひよっこと言われてました。練習ばかりで実践はしたことないですし、って昨日初実践してましたね」


 想像していた見習いと違った。初陣で手練の戦士三人を翻弄できる奴は見習いとは言わない。


「あの時は緊張しました。はったりが通用して何とかなりましたけど」

「イーリスの怪演のおかげだ」


 彼女の黒魔女モードはあの三人をも呑み込んでしまったようだ。

 焚き火の炎が小さくなってきた。集めた枝を折って火に放り込む。全て入れると炎の勢いが増した。


 明日に備え二人は休むことにした。魔の森での束の間の休息。このまま行けば明日には森を抜けることができるだろう。何事もなければいい、と思いながら目を閉じた。




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