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9、森の中での戦闘

朝になり木々の隙間から光が差し込む。朝露に濡れたリーリンの花が光を受けてキラキラと光っている。

既に起きていた二人は支度を済ませ出発しようとしていた。


「行きましょう。目印は見えますか?」

「あぁ見える。こっちだ。」


淡く光る印は蛇行しながら続いている。進んで行くと倒木が多い場所に出た。印は倒木エリアの向こうに見えた。倒木周辺は苔むしており足場が悪そうだ。


「ここは通り抜けるのに時間がかかりそうだ。迂回するか?」

「いえ、なるべく目印から離れないでください。この目印は上位の魔物の縄張りの辺縁に沿ってつけてあるので下手に外れると危険です。」


上位の魔物とは…想像したくない。


「何でまたそんなルートにしてるんだ?」

「上位の魔物の縄張りは他の魔物が避けますから縄張りの主にギリギリ気づかれない端っこを通ると魔物との遭遇率が下がるんですよ。」 


理に適っているが気づかれた時のリスクが大きくはないだろうか。そんなソルの心中を知ってか知らずかイーリスは魔物の説明を始めた。


「この辺りの上位の魔物はそこまで攻撃性が高くないので、縄張り深くまで侵入するか荒らすようなことをしなければ大丈夫です。繁殖期とか特殊な状況下ではこの通りではありませんが。」

「イーリスは詳しいな。」

「全部おばあちゃんに教えてもらいました。」


兎にも角にもこの倒木エリアを越えるしかないようだ。

二人は滑らないよう慎重に倒木を潜り、乗り越えて行った。思った以上に苔が滑る。イーリスは足を取られそうになりながらも懸命にソルの後をついて行った。

半分程進んだところでイーリスが足を止めた。


「ソルさん、二時方向の大きな倒木の裏に魔物がいます。」


ソルは直ぐに双剣に手をかけ身構える。


「あ、大丈夫ですよ。ほとんど無害な魔物です。蔦蛞蝓という植物と蛞蝓を合体させたような魔物ですね。」


彼女の言葉に既視感を覚えながら倒木の裏を確認すると、頭から長い蔦を生やした大きな蛞蝓がいた。イーリスに出会う前に見た魔物と同じ種類だ。蔦には赤い実がなっている。


「こいつ見たことあるぞ。」

「そうなんですか、幸運ですね。遭遇率の低いレアな魔物ですよ。」


蔦蛞蝓はゆっくりと動きながら苔を食べていた。近づいても警戒する様子もなく無防備だ。

イーリスもソルの隣にやって来た。


「赤い実がついてますか?」

「いっぱいついてるぞ。」

「良かったです。この実は高く売れるんですよ。少し頂いて行きましょう。」


赤い実はりんご程の大きさで、光沢のある外皮は堅かった。実をもぎとっても蔦蛞蝓は何の反応もない。マイペースに苔を食べ続けている。背嚢に入る分収穫するとその場を離れた。


「結構獲れたな。でもこれ食えるのか?」

「食べれますよ。甘くて美味しいんです。本当は今直ぐ食べたいんですが、貴重な資金源なので我慢します。」

「それは懸命な判断だ。」


イーリスの残念そうな様子が面白く、つい笑ってしまいそうになる。彼女が残念がる程に美味しいなら味が気になるが、圧倒的に路銀がない現状では味見など無理だろう。

でもこうして換金できるものを収穫できたのは幸運だ。荷物は増えたが懐が温かくなるなら問題ない。


二人は倒木エリアを越えると印に沿って歩いて行った。この辺りの森は木々の間隔が広く、下草も少ない為進み易い。ただ、一本一本の木がかなり大きく横に広がった枝が日を遮っており昼間でも薄暗かった。


歩いていると頭上からパラパラと小さな木の実が落ちてきた。見上げると木の遥か頂上付近に小型の生き物の群れがいた。枝の上で跳ねたり寝そべっている。目を凝らすとそれは尻尾の長い猿だった。


「木の上にいるやつは魔物じゃないのか?」


イーリスは上方の魔力探知範囲を広げた。


「あれは魔物ではなくただの猿です。」

「そうなのか。」


魔物のいる森にも普通の獣もいるようだ。

猿の群れは二人をやや警戒しており見張り役の猿がじっと見つめていた。

二人が群れから離れると警戒を解いて毛繕いを始めた。


それから途中休息を挟みながら歩みを進めた。良いペースで進んでいる。危険な魔物に遭遇することもなく順調だった。

この時までは。


急に猿たちの甲高い鳴き声が響き渡った。何か酷く警戒しているような鳴き声だ。ひとしきり鳴いたら一斉に鳴き止んだ。

しん、と静かになる森。明らかに何か異常が起こっている。

ソルは辺りを注意深く見回し、イーリスは魔力探知に集中した。探知の範囲を少し広がると直ぐに反応があった。


「北の方角から多数の魔物がこちらへ接近しています!」


ソルはイーリスの前に出ると、背嚢を下ろし抜刀した。


「かなりの数です。これは…角狼の可能性が高いですね。どんどん増えてます…まさか、群れ!?」

「群れはこっちにはいないんじゃなかったのか?」

「そのはずです!」


ソルの目に木々の間からこちらへ迫る角狼たちが映った。その数は見える範囲でも二十頭は軽く超えている。混戦は避けられない。どう動くか考えを巡らせる。

角狼が眼前に迫って来た時、彼の頭上を越えて幾つもの青白い矢が群れに降り注いだ。矢は角狼たちに突き刺さり致命傷を負わせていた。

それでも矢の雨から逃れた一部の角狼が怯む事なく突進して来た。


ソルは大きな口を開けて飛び掛かってきた一頭に右手の剣を一閃した。角狼は上顎と下顎を断ち切るように頭ごと分断された。左手の剣は側面から来た一頭の喉を切り裂く。仲間の死体を踏み越えて跳んで来た二頭の爪の攻撃を剣でいなし、着地したところを斬り伏せた。

ソルは次々と襲いかかってくる角狼たちを素早い動きで翻弄し、確実に仕留めていく。

もう結構な数を倒した筈だがいかんせん数が多い。イーリスが魔術の矢を放つが、群れの勢いを止めきれない。

次から次へと現れる角狼は仲間の死にも恐れる事なく突進して来る。

ソルは攻撃を最小の動きで回避するが、回避先にも角狼が待ち構えており、躱しきれない爪や牙で傷を負ってしまう。傷自体は浅いがこのままでは消耗戦だ。


森の奥からはまた新たな角狼の一群が迫っていた。それを感じ取ったイーリスは、一群へ向けて大量の青白い矢を放った。角狼は散開して矢の攻撃を避ける。避けきれないものは貫通した矢で地面に縫い付けられていた。

イーリスは次の魔術を展開しようと集中していたが今までと違う魔力の流れを感じ中断した。魔力探知をするまでもなく前方から強い魔力の気配がする。

咄嗟に広範囲の防御結界を展開した。それとほぼ同時に空間を割くような強烈な雷撃が結界を直撃し轟音が鳴り響いた。結界は青い燐光となって消えてしまった。


ソルの周りにいた角狼は踵を返して森の奥へ駆けて行った。


「何だったんだ、今のは…」


雷撃は彼の近くに炸裂していた。結界がなかったら命はなかっただろう。


「ソルさん、こちらへ来てください。」


背後のイーリスがソルを呼ぶ。その声には焦りが含まれている。

ソルは彼女の側に駆けつけた。


「前に言った角狼のリーダーがいます。」

「やっぱりそうか。烏合の衆じゃないわけだ。」


しっかりと前を見据える。彼の視線の先には一際大きい角狼がいた。額に鹿のような枝分かれした一本角がある。木の影から悠々と出てきたその姿は他の角狼にはない優雅さがある。

リーダーの後ろにはまだ何十頭もの角狼が控えている。それにいつの間にか散開した角狼に囲まれていた。群れの一陣との戦闘中に背後を取られたようだ。


「ソルさんは強いんですよね。この状況、どうにかなりません?」

「生憎俺は対人戦専門だ。魔物に対してはあまり期待しないでくれ。」


リーダーからの指示を待っているのか周囲の角狼は威嚇こそすれ襲ってくる様子はない。

イーリスは魔術を警戒して二人を囲むように防御結界を張る。ソルは額から流れる汗を手の甲で拭った。



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