74、第一区騎士団長
一同の視線を集めたルードルフは部屋に入ると、無言で手前のイーリスから順に見渡した。
エルネスティーネは僅かに緊張した面持ちとなる。カイに至っては今にも敬礼しだしそうな程緊張していた。昨日会っているイーリスとソルは威圧感を感じなからも自然体だった。
一通り見渡したルードルフは後ろ手に扉を閉めた。
「昨日は世話になった。貴公らの助力で二区の団長を速やかに捕縛する事ができた。重ねて礼を言う」
厳かな声のルードルフにカイの背筋が伸びた。エルネスティーネは恐縮している。いつもは傲岸不遜な彼女も、彼の前では一貴族の淑女として礼節を持った態度となっていた。
ソルは騎士に体を向けた。
「いや、礼を言うのはこっちだ。腕の良い医者を手配してもらって助かった。それに、あの時あんたらが来なかったら危なかったしな」
ルードルフの鷹のような瞳がソルを正面から見据える。すると、彼から放たれていた威圧感が消えた。ルードルフの口角が上がる。
「やーだー謙遜しちゃって。ソルちゃんって本当イイオトコね♡それに素顔も男前〜♡」
厳格で高潔な騎士の口から別人のような声が発せられた。威圧感が消えた代わりに部屋の空気が固まる。ソル、カイ、エルネスティーネは状況が理解できずに彼を凝視する事しかできなかった。
イーリスだけがその声に反応した。
「アレクシスさんですか?」
「覚えていてくれたのねー!嬉しいわ♡」
爽やかな笑みを浮かべたアレクシスは流れるようにイーリスを抱擁した。甲冑に押し潰されたイーリスがくぐもった呻き声を上げる。
「あんなトコに誘拐されちゃって、大変だったでしょう。おーヨシヨシ」
「く、くるじい、です」
「あら、ごめんなさい。つい力が入っちゃって」
撫でくるアレクシスが手を離すとイーリスは大きく呼吸した。
アレクシスは未だ固まったままの三人に視線を送ると、厳かのおの字もない顔に両手を添えた。
「まさかこんな所で再開出来るとは思っていなかったわ。みんなも嬉しいでしょ?」
十代の少女がかわいこぶるようなポーズで花開く笑みを見せた。
固まった三人からの反応はない。まだ、脳が情報を処理しきれていないようだ。
思うような反応が得られなかったアレクシスは腕組みをして口を膨らませる。
「ちょっとーまさか私を忘れちゃったのー?」
「えっ、皆さん覚えていないんですか?」
イーリスも三人の反応の無さに不審に思い始めていた。
ソルの口からようやく言葉が発せられる。
「いや、忘れたとかじゃなく、脳が同一人物だと言うことを拒否しているんだ」
カイとエルネスティーネが首を縦に振りソルに賛同している。
「今日はすっぴんだからかしら」
アレクシスは自分の頬を触ると後ろになでつけていた前髪を下ろした。
「ほーらこれでどう?」
確かにセレスタで出会った時のアレクシスであるが、そう言う事ではない。
悪を挫く厳格な騎士からの妖しい女男。変貌の落差が激し過ぎる。表情と声、それと化粧だけでここまで変わってしまうのか。
ソルは昨日の館での騎士団の出来事が嘘のように思えてきた。この男があの緊迫感のあるやり取りを?
「俺は夢でも見ていたのか…」
頭に手を当てるソルにアレクシスは笑った。
「やーね。現実よ。今回はちゃんと自己紹介するわね。第一区騎士団団長のアレクシス・ルードルフよ。ヨロシクね♡」
アレクシスは舞台役者のように芝居がかった礼をした。見目が良いぶんサマになっている。
「これがオフの時の私。お仕事中はすっごく真面目なんだから。見てたから知ってるでしょ」
「真面目なアレクシスさんかっこよかったです。黄昏ジャックみたいでした」
「あら、嬉しいコト言ってくれるわね♡」
イーリスと楽しげに話すアレクシスから昨日の面影はない。
「オフの状態の私は一部の部下しか知らないからこのコトは内緒にね♡」
片目を瞑るアレクシス。ソルたちは言われるまま頷くしかなかった。
しかし、厳格な騎士団長の正体が女言葉のクネクネした男だと言っても誰も信じないだろう。
「そうだ、あの救難信号。あれってエルちゃんが出してたんでしょ」
「え、えるちゃん…」
まさかのエルちゃん呼びに面食らうエルネスティーネ。だが、直ぐにいつもの調子を取り戻す。
「そうよ。有り合わせの杖もどきで出したからちゃんとできていたか不安だったけど、あん…あなたが見つけてくれていたのね」
「教科書通りのキレイな信号だったわよ。お陰であいつを見つけられたわ」
アレクシスは娼館に来た経緯を話し始めた。
「私たちは騎士団を改革する為に動いてるんだけど、その一歩が売春大好きグラドールちゃんをとっ捕まえるコト。私宅にいなかったら困ってたのよ。そしたら救難信号が見えてね。まずは救助に向かうことにしたの。で、グラドールちゃんが居て嬉しかったわ〜」
かねてより騎士団内の腐敗は根が深く、改善される事のないまま放置されてきた。しかし、ここ数年は腐敗が進みとうとう看過できない状態となっていた。
特にここ第二区は裏社会との繋がりが長く、民間人への被害まで確認されていた。
アレクシスは騎士団の腐敗の根を排除すべく行動を起こしたのだ。
「あなたは役立たずの騎士団を本気で改革するつもりなの?」
「もちろんよ。市民を守れる立派な騎士団にしてみせるわ。もう役立たずなんて言わせないからね」
神妙な顔のエルネスティーネにアレクシスは胸を張る。騎士団を改革するという事はこの国の基盤をも変えるという事だ。そのような大それた事が団長とはいえ一個人に可能なのだろうか。
目の前のオフ状態のアレクシスなら疑いたくなるところだが、厳格な騎士状態の彼なら可能のような気もしてくる。
「期待してるわ。もう面倒事を協会に押し付けるのはやめてよね」
「任せて」
アレクシスは胸に手を当てて不敵に笑う。その様子を見たエルネスティーネは薄く微笑んだ。
「あの、アレクシスさん。ラルスさんはまだ生きてますか?」
イーリスの問いにアレクシスは首を傾げた。
「それ、誰だっけ」
「私を誘拐した人です。一番偉そうな人」
「偉そうな人ねぇ」
誰だか分かっていないアレクシスにソルが捕捉する。
「金髪碧眼の女顔の男だ。グラドールの近くに倒れてただろ」
「あぁ、あのイケメンね。生きてるわよ」
ラルス生存に安堵するイーリス。
「その人と話したいんですが、どこにいますか?」
「あー、話すのは無理よ」
「えっ」
「だって意識不明だもの」
イーリスの顔に落胆の色が広がる。やはりラルスは相当の重傷だったようだ。
「収容所の監護室にいるけど、いつ目覚めるかは分からないわ。頭を打ったのもあるけど、腹部の損傷が酷くてね。ルーディが楽しそうに手術してたらしいわよ」
ルーディの様子が容易に想像できてしまいソルの眉間に皺が寄る。あの医者にとって手術は最早娯楽の域にある。
「あれやったのソルちゃん?非力な素人にやり過ぎよ」
アレクシスの視線が注がれソルは辟易ろぐ。
「いや、あれは…」
「私です。私がやりました」
イーリスの発言にアレクシスが目を丸くした。
「身体強化を使って腕を振ったらやっちゃいました」
「うっそ、あなた身体強化まで使えるの。あっ、だから昨日動けなくなってたのね。加減を間違えると反動が凄いコトになるものね」
アレクシスはセレスタで見た彼女の膨大な魔力量を思い出した。ラルスへの一撃には相当な魔力が込められていたのだろう。
「あなたの華奢な体なら身体強化は一日一回三秒までが妥当かしら。それも込める魔力をかなり絞ってね。それくらいなら反動もないと思うわよ」
「そんなものですか」
「もっと使いたいなら体を鍛えるしかないわね。強化に耐えうる肉体が無ければ反動に苦しむだけよ」
イーリスは反動で痛む体を摩った。新しい魔術が使えるようになって少し浮かれていたが、今後使うなら使い所を考えなくてはならない。身体に関わる魔術はやはり何処かでリスクが付きものである。
「アレクシスさんは魔術に詳しいんですね。もしかして魔術師ですか?」
「さーて、どうかしらね」
妖しい笑みで答えをはぐらかすアレクシス。何を考えているか分からない。
「それで、イケメンには何を聞きたかったの?内容によっては私が答えられるかもよ」
「えっと、それはですね…」
イーリスとソルがメルンを出てからの状況、昨日の出来事に至った流れを説明した。ラルス以外にも今回の事件に関わる第三者の存在の可能性も示唆する。
「なるほど。館での視線はあなたたちを追っていたのね。街でも感じたからてっきり私を追ってきた者だと思ってたわ」
「宿の俺たちの部屋が荒らされていた。物取りかと思ったが、貴重品は盗られていない。恐らくそいつは俺たちの持っている何かを狙っている」
「回りくどいコトする奴ね。心当たりは?」
「全くない」
ソルは首を横に振る。出会った者の中にそのような者はいない。知らぬ間に厄介事の種と関わってしまったと考えるしかない。
「宿の荷物に狙いがなかったのなら、あなたたちが身につけてる物の中にあるってコトよね。ちょっと見せてくれる?」
アレクシスの提案にソルとイーリスはそれぞれ応じる。
まずはイーリスが寝台の下から籠を引っ張り出す。そこには紙に包まれた乾燥したパンとハンカチしか入っていなかった。
「あとは杖しかありません」
「イーリスちゃんのものに該当しそうな物はないわね」
物が少な過ぎて確認するまでもなかった。
次にソルの籠の中を確認する。手甲や女商人からもらった短剣等の装備品とベルトについた小物入れが入っている。
ソルは小物入れの中身を寝台に広げた。古銭や皮袋に入った金、水晶のような結晶が並ぶ。
アレクシスは装備品と寝台の上の物を一つ一つ見ていく。
「あら、この古銭はサブルノ王朝時代のものじゃない。どこの国のものかは分からないけど、目利きの古物商のトコに持っていったら良い値がつくわよ。珍しいけど、狙われそうなものではないわね」
思わぬ金策情報にソルは内心密かに拳を握る。
アレクシスは籠手に包まれた手で半透明の結晶を摘み上げた。目の前に結晶を持って来ると鉱物類にはない香りが僅かにした。途端にアレクシスの表情が険しくなる。
「これ、どこで手に入れたの?」
「セレスタの広場で拾った。決闘する事が決まった後くらいだったな。これが狙いなのか?」
騎士の顔に戻ったアレクシスを見たソルもつられて険しい表情となっていた。部屋に緊張感が生まれる。
その様子をエルネスティーネとカイは固唾を飲んで見守っている。イーリスはアレクシスの声音の変化に気づき、彼の次の言葉を待つ。
「えぇ、十中八九これが狙いよ。その第三者とやらも大体見当がついたわ」
「詳しく説明してくれ」
ソルが詳細の解説を求むが、アレクシスは結晶を握ると何事かを考え始めた。しばしの沈黙の後、彼は重々しく口を開いた。
「これから話す事は他言無用よ。そしてあなた達にはもう少し協力してもらう事になるけどいいかしら」
何やら剣呑な雰囲気であるが、ソルとイーリスは頷く。一連の出来事を仕組んだ人物を捕らえられるなら喜んで協力する姿勢だった。
エルネスティーネとカイは自分たちが関わっていい事なのか決めかねていた。
アレクシスはエルネスティーネたちに視線を送る。
「エルちゃんたちも手伝ってくれるとありがたいわ。少しでも人手が欲しいの。成功したら学校に評価点報告しちゃうわよ」
片目を瞑って笑むアレクシスに、巻き込まれた形のエルネスティーネも協力を申し出た。
評価点という言葉が出た時、彼女の目に一瞬だけ歓喜が浮かんでいたのをカイは見逃さなかった。彼は拒否や賛同するわけでもなく、ただ主人の意志に従うのみであった。
こうしてアレクシスの口から結晶の詳細と今後の行動内容が語られた。一連の事件はまだ終わっていない。




