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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第四章 混迷の街ベルダン
68/71

68、騎士団

 血みどろのエントランスで夕食の話をしていたソルとイーリスの耳に一つの足音が聞こえた。足音はこちらへ近づいて来る。

 ソルは音のする方、二階へと視線をやった。両手は双剣の柄にかけられている。

 二階の奥からは背の高い肥満体の男が姿を現した。街を行く市民がよく来ている服で、武装はしていない。白髪混じりの茶髪に同色の髭を蓄えた男は、エントランスの光景に不快感を露わにしていた。

 この男、グラドールはソルたちよりも彼の正面に倒れているラルスに先に気づいた。


「この惨状はどうした!?何があったのだ!?」


 ラルスに駆け寄ったグラドールは、うつ伏せに倒れている彼の肩を揺する。しかし反応はなかった。


「侵入者がやったのか。困るぞ。私の可愛い人形はどこに居る」


 グラドールの目にはラルスを心配する気配すらなかった。彼は自分の歪んだ欲望を満たす人形が手に入らなくなる事を恐れているだけだった。

 娼館の人間を探そうとしたところで、彼はようやくソルとイーリスの存在に気づいた。グラドールは黙って二人を見下ろす。愚鈍で欲望に満ちた目から冷静な鷹の目に変化した。


「異国の剣士に魔術師、か。お前たちここの者ではないな」


 ソルは双剣から手を離し片手を振った。


「いや、今日雇われたばかりの新人だ。侵入者にやられてな、このザマだ。」


 まともに闘える状態でないソルは警戒されないよう仲間のふりをしてみた。

 グラドールは鼻で笑った。


「侵入者にやられた?お前のその傷はシャズにやられたものだろう。特徴的な爪の傷は見れば分かる。そしてシャズはお前に倒されたか」


 速攻で看破されたソルは双剣を抜き放ちながらゆっくりと立ち上がった。めまいがするが気合いで耐える。


「お前はどこの手の者だ。バルドーの所にはこれ程の刺客はいないはずだ」

「俺は裏社会とは関係ない。ただ取り返しに来ただけだ」


 グラドールはソルの緑の目を見ると不快そうに目を細める。


「獣憑きか。どうりで。それで、お前は私も斬るのかね」

「必要とあらば」

「強がりだな。今にも死にそうな顔をしているぞ。傷は深いようだな」


 平然としているつもりだったが、グラドールには見抜かれていた。それ程顔色が悪いのだろう。

 グラドールの言葉に反応したのはイーリスだった。ずっと正面を向いていた顔をソルに向ける。


「えっ、死にそうなんですか?」

「違う」


 ソルは即座に否定するが、動いて出血が再開したら間違いなく死ぬ。今まで何度かあった死の境界線上に近づいている状態だった。


「あの目…」


 グラドールは横を向いたイーリスの顔を凝視していた。奇妙な目の色をした黒髪長髪の少女。それは彼がラルスから聞かされていた新しい人形の特徴だった。 この魔術師も侵入者だと思っていたが違った。


「お前は私の人形…」


 グラドールの顔から急速に冷静さが失われていく。ソルはイーリスを見つめるグラドールの変化に気づいた。欲望の籠った視線から遮るようにイーリスの後ろに立つ。


「どけ、薄汚れた獣めが。それは私のものだ」


 グラドールの低い怒声がソルに放たれる。


「近づくと殺す」


 ソルは双剣を構えるとグラドールを睨みつける。

 グラドールは丸腰であるがソルに対して警戒する様子もない。


「低脳の獣には分からんだろうが、私はここ二区の騎士団長だぞ。もし私を害する事があればお前は即この国の最重要指名手配犯になる」

「お前みたいな人間が騎士団長だと?笑わせるな」

「はったりと思うかね?」


 グラドールは懐から装飾の施された大きめの銀貨がついた首飾りを出した。銀貨の中央にはソルも何度か見たこの国の紋章が大きく描かれていた。


「陛下から賜った団長の証だ」


 ソルには本物か判別がつかないが、グラドールの様子からすると本物なのだろう。

 これは厄介だ。ここでグラドールに剣を向けると本当に指名手配犯になってしまう。そうなるとおばあちゃん探しどころではなくなる。

 少女を買う下衆が騎士団長とは世も末だ。


「騎士団長なんですか?」


 イーリスは体をグラドールの声のする方へと向けた。


「そうだ。私に買われるお前は幸せ者だぞ」


 グラドールはソルの体の後ろから見える白い顔を満足そうに眺めた。

 イーリスは首を傾げる。


「騎士団って、悪い人を捕まえるのがお仕事ですよね。それなのに何でここの人たちを捕まえないんですか?人身売買は違法です」

「確かに違法だが、ここでは関係ないのだよ」


 グラドールはいやらしく笑う。


「私の管轄する二区では何が違法かは私が決める。ここでは私が王だ。秩序も裏社会も思うままだ」


 傲慢な言葉にソルの目に嫌悪感が浮かぶ。法と秩序を守る騎士団の首領になってはいけない人物だ。


「黄昏ジャックの中ボスみたいな人ですね」

「はは、せめてボスと言ってくれ。でも、現実にはジャックはいない。誰も私を成敗できないのだよ」


 グラドールはにやりと笑う。この男は何年も裏社会と通じ、悪事を平然と行っていたのだろう。

 外から俄かに騒がしい声が聞こえてきた。

 エントランスの正面玄関の扉が大きな音を立てて開けられた。何人もの騎士団員が雪崩れ込んで来る。一部の団員は血溜まりを踏み滑って転倒していた。


「おぉ、ちょうどいい。早速獣は処分して娘はいただくとしよう」


 上機嫌になったグラドールとは対照的に団員には焦りと怯えがあった。

 先頭にいた団員がグラドールを見つけると悲痛な面持ちで叫んだ。


「団長!大変です!一区の奴らが我々を拘束しに来ています!」

「何?」

「街の中央に居た団員は皆拘束されてしまいました!このままでは私たちも拘束されてしまいます!どうかお助けを!」


 団員たちは階下に集まりグラドールに縋るような目を向ける。


「一区の若造め。とうとうやりおったな」


 グラドールは憎しみのこもった顔で欄干を叩く。

 状況が飲み込めないソルとイーリスは黙って様子を窺う。


「狼狽えるな!総員戦闘準備!残りの団員は全て私の屋敷へ向かえ!奴を迎え撃つ!」


 曲がりなりにも団長。よく通る低い声で団員へ指示を出す。悲壮感に溢れていた団員の顔に希望が灯る。


「ここ二区は我らが管轄、一区の奴らに好き勝手させるな!血を持って償わせろ!」


 グラドールに呼応し団員らに歓声が上がる。性根は腐っているが団員には頼られる存在であるようだ。

 活気付いた団員だちが外にでようとした時、玄関からまた銀色の一団が入って来た。団員の息を飲む声が聞こえる。

 入って来たのは赤い房飾りをつけた兜に、赤いマントを羽織った人物を先頭にした集団。その数六人程。銀の甲冑は騎士団のものだ。

 団員はさざなみが引くようにその一団から距離を取った。

 先頭を歩く人物は顔を上げてグラドールに冷たい視線を投げかける。兜の下からは黄金の髪に青い目が覗いていた。端正な顔立ちであるが、近寄りがたい(いかめ)しさがあった。


「救難信号を見かけて来てみれば。これはグラドール殿、奇遇だな」

「ルードルフ、貴様よくも我が管轄に土足で踏み込んでくれたな」


 ルードルフの冷徹な声とグラドールの煮えたぎる憤怒の声がぶつかった。


「誰の許しがあってこのような暴挙に出た!?」

「それは我らが王に決まっている」

「口から出まかせを。王が私の働きに異を唱えるはずがない!」


 グラドールは階下のルードルフを睨みつけた。


「そう思いたいならそうすればいい。だが、不正の証拠は揃っている。証人も居るぞ。大人しく拘束されろ」

「証人だと!?」

「九区の団長殿だ。保身の為に全て話してくれたぞ」


 グラドールの顔色が変わった。


「貴様は売られたのだ。醜い悪足掻きはよせ」


 悪に染まった団長は何も言えずに歯を食いしばっている。

 ルードルフは腰の剣を抜いた。柄に祈りを捧げる女神を模した飾りが付いている優美な作りの剣だった。 刀身には紫の魔石が嵌め込まれている。切先は強欲な権力者へ向けられた。


「第二区騎士団団長アラン・グラドール、貴様は国民を守るべき立場にありながら私利私欲のまま裏社会からの蜜を吸い続けた。貴様が暗躍する裏で無辜の民がどれ程犠牲になったか」


 グラドールが蒼白な顔で欄干を握りしめている。


「騎士団は貴様の私腹を肥やす場ではない。法と秩序を疎かにする者に団長の座は相応しくない。欲に塗れた愚か者は即刻更迭されるべきだ」

「青二才が調子に乗るな」


 唸り声のような怒声が湧き上がる。

 ソルとイーリスは騎士団のいざこざの渦中に取り残されていた。二階のグラドールと階下のルードルフ。それに挟まれた階段に座る二人。この場の中心は完全に騎士団のものになっていた。


「ジャックが来ましたね」


 イーリスの小さな呟きが側に居るソルにだけ届いた。黄昏ジャックの事だろう。ルードルフらの乱入は正直ありがたかった。彼らが来なければ悪徳騎士団にやられていた。

 ソルは厳しい表情のルードルフに目を向けた。曇りのない銀の甲冑に黄金の髪、夏の空のような瞳はまさに御伽話に出る高潔な騎士だ。それに彼の所作から並の剣士ではない事が窺える。人数ではグラドールの部下の方が圧倒的に多いが、ルードルフ側には圧倒的な余裕がある。まるで羊の群れに佇む狼のようだ。


「私がこの地位を築くのにどれだけ心血を注いだか貴様には分からんだろうな!四十年、四十年だぞ!それを奪われてたまるか!」


 グラドールは口角から泡を飛ばしながら叫ぶ。そして懐から古ぼけた小さな箱を出して掲げた。それは指輪を入れる小箱に見えた。黒い護符で封をしてあり、禍々しい雰囲気を放っている。


「それは盗まれた禁具だな。貴様の手に渡っていたか」

「そうだ。国が滅びても尚、王であろうとした男の怨念が創り出した物だ。これを使えば死者の軍勢を呼び出せる。」


 グラドールは狂気の笑みを浮かべ、護符を破り小箱を開けた。中には血溜まりと同じ色の石が嵌ったくすんだ金の指輪があった。指輪は木の棒のようなものに装着されている。よく見るとそれは木の棒ではなく干からびた人間の指だった。第一関節の下までしかない短い指の断面からは灰色の骨が覗いている。

 不吉な死臭が広がりルードルフが僅かに眉根を顰めた。

 ソルは洞窟で遭難してミイラになってしまった元同僚を発見した時の臭いを思い出す。魔術系統に疎い彼はグラドールの言葉を信じていなかった。そんなとんでもない道具があるなんて聞いた事もない。

 イーリスは死者の軍勢と聞いて好奇心から目を輝かせている。好奇心の方が勝るのか鼻を突く死臭は気にしていないようだ。


「いくら貴様が強くとも死者の軍勢には勝てまい。許しを乞うなら今のうちだぞ」


 グラドールは小箱を突き出して禁具を見せつける。血走った目は動揺する様子のないルードルフを睥睨した。

  高潔な騎士は小箱の指輪に注いでいた視線をグラドールへと戻した。


「死者の軍勢をコントロールするのは不可能だ。奴らは目に映る生者を全て殺し尽くすまで止まらない」

「唯一召喚者は襲われない。私だけ高見の見物ができるという訳だ」

「自分の部下が殺されても構わないのか」

「構わんとも」


 グラドールの非常な言葉に部下の団員がどよめく。見捨てられた団員は悲愴な顔でグラドールから距離を取る。ルードルフらを囲んでいた人垣が割れた。

 ルードルフはグラドールに向けていた剣を下げる。グラドールが勝ち誇ったように顔を歪ませた。


「跪け!私に(こうべ)を垂れるがいい!」


 高らかに哄笑するグラドールに、ルードルフの冷徹な声が投げかけられる。


「跪くのは貴様だ」


 ルードルフが言い終えるよりも先に一陣の風が室内を吹き抜ける。一瞬の風だった。

 何が起こったのか理解する前に、ソルの目は宙を舞うグラドールの腕に釘付けになった。放物線を描いて飛んだ腕は階段の降り口に落下した。

 ソルが振り返ると踏み込んで剣を振り上げた体勢のルードルフがいた。赤いマントが翻っている。

 弛緩した手の中から小箱が転がる。小箱は階段を転がり落ち、イーリスの背に当たって止まった。近くにあると臭いが凄い。ソルは開いたままの小箱を閉める。死臭が薄まった。


 グラドールの目はルードルフが何をしたのか捉えられなかった。急に風が吹いて体の重心がおかしくなった。

 そう思った時には肩から下の腕が無くなっている。理解が追いつかない。離れた場所に落ちている腕が非現実的だった。視線を下ろすと断面から血が噴出している。

 それを見た途端、強烈な痛みが襲ってきた。紛れもない現実だ。獣じみた叫びが己の口から出ていた。



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