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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
40/71

40、一日の終わり

 ジルは不安だった。協会から送られて来た魔術師は鉱山に行っているものの、一向に魔物を退治したとの報告はない。いつも調査中としか言わない。

 昨日偶々来訪した魔術師を巻き込む事に成功したが、いつになったら鉱山で仕事が出来るようになるのだろうか。

 鉱山夫の労働環境は過酷だが、その分対価が高い。農夫をやるより稼げる。学のない自分でも体力さえあれば食っていけた。成人する前からこの仕事に就き、今や現場を監督する立場になっている。

 嫁や子供もでき、一層仕事に打ち込まねばならない時に鉱山に入れないとは。このままでは家族を養う事が出来ない。最悪この街を出て別の鉱山で働くしかない。


「はぁ、魔物なんてクソ喰らえだ…」


 ジルは今日も酒場で酒に浸っていた。酒代なんてもうないのでツケで飲んでいる。嫁は酒場に行くといい顔しないが、飲んでいないと落ち着かない。

 ここにはそんな根性無しが多数集まっている。皆、先の見えない状況に疲弊していた。


「頼むぜ、お嬢ちゃんたちよぅ…」


 ジルが空の杯をテーブルに増やしていると、外から大きな音が聞こえた。

 酔っ払っているとは思えない機敏な動きでジルは椅子から立ち上がった。

 今の音は間違いなく鉱山の方から聞こえた。

 ジルとその他数名が酒場から大通りに出る。そこから見える光景に皆目を疑った。


「おいおい、何なんだありゃ」


 鉱山夫の一人が呟く。

 通りからは天にそびえる鉱山がよく見える。その鉱山の中腹から巨大な緑の植物が生えていた。崩れた岩壁が砂煙を上げながら山肌を転がり落ちて行く。

 植物の先端には何かが付いていた。ここから視認できる程に大きい。それに動いているように見える。あんな植物が存在するのか。

 あまりに馬鹿げた光景に酔いが醒めていく。

 ジルにはあれがこの事態において、吉兆なのか凶兆なのか知る由もない。

 それでも大きく状況が変わった今、ジルは鉱山に向かって走り出していた。魔物が出現してからは鉱山に行っていない。失踪事件の後、恐慌状態で帰って来た仲間の顔が頭に浮かぶ。恐ろしさはあるが、鉱山がどうなっているか確かめずにはいられなかった。

 彼の後ろには同じ考えの男たちが追走している。

 静かだった街がにわかに騒がしくなった。





「さてどうしたもんかな」


 大地に日が沈むと途端に冷えてきた。ソルは冷たい手を摩る。いい加減地上に戻らなくては。

 イーリスの腹がきゅるきゅると寂しい音を奏でる。


「温かい食事を食べたいですね」

「完全同意だ」


 座っていたイーリスが立った。頭上の花に顔を向ける。


「私たちを地上に下ろしてくれませんか?」


 大輪の花は日が落ちても仄かに光っていた。花はイーリスの言葉を聞いているのだろうか。偽木生(フェイクツリー)の時は彼女の語りかけに答えてくれたが、今回はどうか。

 何の反応もなく冷たい風が吹く。

 イーリスが首を傾げた時、何か千切れる音がした。その直後に強烈な浮遊感。ソルは咄嗟にイーリスを抱き寄せ葉の上に伏せた。

 二人を乗せていた葉が蔓から千切れ、重力のまま地上に向かって落ちていた。急な出来事にイーリスは何が起こっているのか分かっていない。

 葉は二人を中心に大きくたわみ、くるくる回りながら落ちて行く。このままでは地面に激突して死ぬ。地上に下ろせと言ったがこれはあまりにも乱暴ではないか。


 地面との距離がみるみる縮んで行く。隣のイーリスは何故か楽しそうに目を輝かせている。正気か。

 その時、強い衝撃が体を揺らした。地面にはまだ激突していない。では何か。顔を上げると葉の両端を掴むように固定している蔓が目に入った。蔓は遥か上空の花を支えている部分から伸びていた。

 蔓に吊られ落下速度は落ちた。それでも結構な勢いで下りて行く。始めからこうしてくれればありがたいのだが。


 勢いのまま地面に到着した。葉は地面スレスレで止まり衝撃は少なかった。ソルは体を起こし隣を見る。


「イーリスは大丈夫、そうだな」

「楽しかったですね」


 満足に遊び終えた子供のような笑顔のイーリス。死を間近に感じていたソルとは大違いだ。

 二人が葉から降りると蔓はスルスルと上に帰って行った。巨大な葉だけ残される。

 降りた場所はちょうど坑道の入り口の前だった。


「クラウスさんとカリーナさんは無事でしょうか」

「最後に見た状態だと、動くことは難しいだろう。助けに行こう」


 二人は再び坑道へ足を向けた。すると後方から多数の人の気配がした。振り返ると灯りを持った街の男たちがやって来ていた。ソルはフードを被る。

 男たちはイーリスとソルを見つけると一目散に駆け寄って来た。彼らの先頭には見知った顔。ジルだった。


「おい、何があったんだ!?魔物は!?」


 ジルは荒い息で二人に詰め寄る。イーリスは彼に顔を向けた。


「結果的には魔物ではありませんでしたが、失踪に関連した生物は退治しました。安心してくだい」


 ソルも頷く。イーリスの柔らかな笑みにジルは放心したように動きが止まった。そして顔には安堵の色が浮かぶ。


「よかった…ようやく…」


 ジルは二人の肩を掴む。彼の目尻には涙が見えた。


「ありがとう。本当に助かった」


 歓声が上がり、周囲の男たちも口々に感謝の意を伝える。皆の顔には飲んだくれて無気力だった頃のくたびれた表情はなかった。目には生気が宿り希望の光を灯していた。

 鉱山から脅威が去った事で、街も男たちのように活気を取り戻すだろう。

 歓喜の声に包まれてソルも悪い気はしない。しかし喜ぶ男たちを眺めている暇はない。ソルはジルに声をかけた。


「まだ中に二人残っている。戦闘で受けた負傷が大きくて動けない。運ぶのに人手を貸してくれ」

「協会から来た二人のことだな。いくらでも手を貸そう」


 ジルは仲間に声をかけ、物置小屋にある物で簡易的な担架を作った。随分と手慣れている。普段から鉱山で出た負傷者をあれで運んでいるのだろう。


 イーリスとソルはジルと他数名の男たちと共に坑道に入った。

 ソルは念の為、自切した偽木生の残りがいないか警戒していたがそれは杞憂に終わった。

 坑道内部はすっかり緑の蔓に浸食されていた。ジルに事の詳細を話したが、原因が偽木生と聞いて信じられないと言った様子だった。仕方ない。巨大化した偽木生など前例がないのだから。

 イーリスは道すがらジルからおばあちゃんの行き先を聞いていた。次の目的地が決まった。


 広間に着くと陥没した瓦礫の上に横たわるカリーナと壁にもたれかかたままのクラウスがいた。ここは特に蔓の浸食が凄くほぼ一面緑になっている。中心部付近では、寄り合わさって巨大な幹になった蔓の束が天井を破壊していた。

 カリーナとクラウスの周りだけ蔓が避けていた。蔓がイーリスの意思を汲んでくれたのだろうか。


 カリーナは意識があった。偽木生を倒したことを伝えると口角を上げた。喋ろうとすると咳き込む為、会話は控え担架に乗せた。

 クラウスは意識を失っていたが、規則的な呼吸音が聞こえるので大丈夫だろう。閉所恐怖症のこともあるので無理に起こさず運んだ。



 街に戻った時はすっかり夜も更けていた。カリーナとクラウスは重傷なので診療所へ直行となった。イーリスとソルは宿へ戻る。

 宿では満面の笑みの受付嬢が出迎えてくれた。もう話は伝わっているようだった。

 食事を頼むと部屋へ向かう。階段を上がるイーリスの足取りが重い。流石に疲労が蓄積されているようだ。

 食事はイーリスの部屋に持ってきてもらう予定なので、ソルも彼女の部屋に入る。

 イーリスはおぼつかない足取りでベッドへ歩いていくとそのまま倒れ込んだ。ふかふかのベッドにうつ伏せに埋まっている。


「今日は一日中動いて疲れただろう」

「凄く眠いです。でも何か食べないと眠れません」


 くぐもった声と腹の音が聞こえる。

 ローブのフードから出てきたアビィがイーリスの背中の上を通って床に降りた。毛足の長い絨毯に鼻を突っ込んで何かを探していた。パン屑でも探しているのか。

 ソルは椅子に腰掛け身体の動きに不調がないか確認した。肩を回すと少し肩甲骨付近が痛む。カリーナを助けて壁にぶつかった時に打った部分だ。気にする程の痛みではない。各所関節を曲げ伸ばしするが他は特に問題ないようだった。

 装備の確認もしていると食事が運ばれてきた。随分早い。遅い時間なのでもう簡単な物しか残っていないとのことだ。

 パンに湯気の立つスープ、それに果物が並べられた。食事を持って来た従業員は申し訳さなそうにしていたが、これで十分だ。


 良い香りに誘われてイーリスとアビィがテーブルに着いた。

 スープは鶏肉に豆や根菜類がたっぷり入っており食べ応えがあった。黄金色の脂が浮いたスープは鶏の旨味が濃い。昨日食べた鶏もそうだがここの鶏肉はワンランク上の味がする。種類や育て方が違うのだろうか。

 イーリスは無心で食べ進めている。いつもより食事の手が早い。それは彼女の膝の上のアビィも同じだった。


 二人と一匹はあっという間に食事を平らげてしまった。ソルが果物を摘んでいると正面にいるイーリスの頭ががくんと落ちた。

 顔を覗き込んで見ると寝ていた。腹が満たされ眠気に耐えられなかったようだ。

 ソルはイーリスを抱えるとベッドに寝かせた。少し考えた後、ローブと靴を脱がし掛け物を掛けた。安らかな寝顔を確認すると、残りの果物を口に放り込んだ。


 空になった食器類をまとめて廊下に出すと、灯りを消し自分の部屋に戻ろうとした。しかし、今朝カリーナに言われた事を思い出した。

 また夢遊病のように部屋から出られては困る。ドアノブに掛けた手を下ろし踵を返した。


 窓から淡く差し込む月光に照らされた白い顔は穏やかに眠っている。僅かに紅潮した頬には戦闘でできた擦り傷。傷には乾いた血液が残っていた。傷自体は大した事ないが痛々しく見えてしまう。

 今日は彼女の命が脅かされる状況が続いた。その度に言いようのない焦燥感と不安感で心が乱された。任務で何人もの仲間を失っても動揺する事はなかった。長期間同じ生活をしていた仲間よりも、会って数日しか経っていない少女に心動かされるとは。


 ソルは首元にあるフードの留め金を外した。脱いだフードを椅子に掛ける。白いフードは所々薄汚れていた。借り物なので何処かで一度洗濯しなくは。

 テーブルの下でパン屑掃除をしていたアビィがちょこちょことベッドへ向かう。ベッドの真横で止まると何か言いたげな視線をソルに送った。その視線の意味を難なく察したソルはアビィをベッドに載せてやる。 アビィはイーリスの枕元で丸くなった。

 ソルはベッドの傍らで横になる。同じベッドで寝なくとも側に居れば大丈夫だろう。イーリスがベッドから降りたら気づく筈だ。

 横になった絨毯は厚みがあり、以前寝ていた兵舎の寝台より寝心地が良い。意識が落ちるまでにそう時間はかからなかった。



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