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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
39/72

39、鉱山に咲く花

 一瞬にして根が押し潰しにくる。

 だが、イーリスの両手から緑の波濤が現れ根を押し返した。緑の波濤は青々とした蔓と葉で、瞬時に偽木生の根を絡め取る。蔓の成長は止まらず根を覆い尽くし広がっていく。


「植物から周囲の様子が伝わってきます」


 イーリスは蔓を操って岩盤の隙間から出ている根を引っ張った。根は抵抗していたが、爆発的に増えていく蔓の力には敵わなかった。ずるずると地中から本体が引き摺り出される。

 今までより細めの偽木生が現れた。蔓は更に伸び、あまり動かなくなっていたもう一体の偽木生も絡め取りこちらに引きずってくる。突き立っていたカリーナの両手剣が音を立てて落下した。


 イーリスの眼前には二体の偽木生が囚われていた。身動き一つ出来ないくらいに絡め取られている。


「捕まえましたよ」

「やったな。イーリスは大丈夫か?」

「今のところ全然平気です」


 イーリスの両手にも蔓が巻き付いており、手首より下は緑に覆われて何も見えなかった。蔓の成長は収まってきている。成長しきったということか。

 偽木生の向こうには倒れているカリーナと、口を動かしているクラウスがいた。発声する力が残っていないようだ。無理もない、ギリギリの状態で魔術を行使したのだから。


「杖を取って来る。離れるぞ」


 頷いたイーリスから離れる。遠くから苦しそうに咳き込むクラウスの声が聞こえた。早く二人に治療を受けさせなければ。

 杖は岩盤の隙間から転がり出て壁際にあった。拾い上げて損傷の有無を確認する。どこにも破損なく一安心だ。これでイーリスの魔術で偽木生を倒す事が出来る。


 クラウスは霞む目で緑の塊と動く人影を捉える。イーリスがあの種を使用した。杖なしで。彼の顔には苦痛と焦燥が混じっていた。

 あれの成長はあんなものではない。


「まだ、だ…」


 クラウスの掠れた声は誰にも届かず地に落ちた。


 ソルが踵を返しイーリスの元へ戻ろうとした時、緑の蔓が鼓動のようにざわめいた。次の瞬間、爆発的に蔓が伸び、ソルの視界は緑に埋め尽くされた。


「イーリス!!」

「急に制御が効かなくなりました!」


 緑の向こうからイーリスの声が聞こえた。伸びた蔓は何本も絡まりながら太くなり、大蛇のように空間を埋めていく。その成長速度は驚異的で、瞬きの間に倍の大きさになっている。

 捕らわれていた偽木生は完全に埋もれて見えない。種の成長は終わっていなかったのだ。これだけ魔力を吸われイーリスは無事でいられるのだろうか。

 ソルは目の前の蔓を右の剣で一閃した。蔓の層の切れ目からイーリスの姿が確認できた。彼女は既に半身を緑に呑まれており身動きが取れない状態だった。

 蔓が再生し切れ目を塞ぐ直前にイーリスの元へ飛び込んだ。

 直ぐに彼女に巻き付いている蔓を引き毟る。しかし、蔓が巻き付いていく速度の方が早く助け出す事が出来ない。杖を握らせようにも手は埋もれて見えない。

 イーリスの顔色が悪くなってきた。


「大丈夫か!?」

「魔力を凄い勢いで吸われています。少し、疲れました」


 イーリスは浅く早い呼吸を繰り返している。このままでは彼女の生命が危うい。

 ソルは腰のベルトに杖を捩じ込むと剣でイーリスの周りの蔓を斬った。蔓は斬られても斬られても再生する。いくななんでも早すぎる。

 憶測に過ぎないが、再生にもイーリスの魔力が消費されているのではないか。そう考えると剣を振るう手が止まった。

 何か他に手立てはないのか。

 その時、イーリスが小さな呻き声を上げた。


「どうした!?」

「む、胸が燃えるような熱いです…」


 イーリスの胸はまだ蔓に覆われていない。表面上は特に変わらないように見える。それでも彼女は胸の熱さを訴えた。すると、同時に蔓の侵食のスピードが更に上がった。

 足元から一斉に伸びた大量の蔓に二人は飲み込まれる。蔓の激流に押し流され、気づいた時には身動きが取れなかった。周囲は蔓に囲まれ緑以外何も見えない。蔓が凄い速さで動いている事は感覚で分かった。


「イーリス!!」


 ソルの叫び声は蔓が岩盤を貫く大きな音でかき消された。それからも振動と岩盤を割り進む音が続く。何処かへ移動しているのか。

 イーリスもきっとこの蔓の流れに呑まれているはずだ。彼女の生命力を吸い取る前に成長を終えてくれ、今はそう願うことしか出来ない。


 どれほどそうしていただろうか。外かからの音が止み、蔓の隙間から光が差し込んでいた。蔓の動きも止まっている。

 ソルの身体を拘束していた蔓が緩む。手足を抜き出すと光の方へ蔓を掻き分けた。すると強い光が目を眩ませた。慣れるまで目を細める。

 光に慣れた目に飛び込んで来たのは、大地に沈む前の太陽と雄大な景色だった。


「まさか、ここは…!」


 眼下に広がるのは遥かに遠い地面と、城壁に囲まれたメルンの街。頭上にはいつもより近い位置にある雲。それに寄り合わさった蔓の先では、巨大な花の蕾が(こうべ)を垂れていた。微かに甘い香りが流れてくる。

 ソルは山の中腹にいた。

 蔓は山肌を突き破って外に出ていたのだ。冷たい風が蔓を揺らす。誤って落ちたら命はない。


「イーリス…」


 同じく蔓に飲み込まれたイーリスも何処かにいる筈だ。蔓の隙間から上半身を乗り出し周囲を確認する。すると蕾の下の蔓の中で何か動いているのが視認できた。


「イーリス!そこにいるのか!?」


 ソルの声に反応して蔓の隙間から白い手が生えてきた。


「ソルさん?私はここにいます!」


 イーリスの手が上下に動く。ソルは胸を撫で下ろした。


「今からそっちへ行くからじっとしてるんだ!」

「はい!」


 返ってくるイーリスの返事は心なしか嬉しそうだった。

 ソルは蔓に掴まり、揺れをものともしない軽い身のこなしで登って行く。途中、風でフードが外れた。蕾の下まで辿り着くと外に出ているイーリスの手を握った。彼女も握り返してくる。ソルの顔が綻んだ。

 握った手を離すと、蔓の隙間に強引に腕を捻じ込む。そのまま肩を入れ上半身を通らせる。

 そこには蔓の隙間から手を引っ込めたイーリスが座っていた。ここは籠のように動ける空間がある。雁字搦めで窮屈だったさっきの場所とは大違いだった。

 だが、この空間もソルが入ってしまうとやや窮屈だ。

 イーリスの顔を見ると顔色は改善していた。


「身体は大丈夫なのか?」

「はい、もう何ともありません」


 微笑むイーリス。その言葉に偽りはなさそうだ。

 ソルはベルトに差していた杖をイーリスの手に握らせる。

 すると彼女の身体から力が抜けた。上半身が横に倒れる。咄嗟にソルが腕で支えた。


「安心したら力が抜けてしまいました」


 イーリスは身を任せるようにソルに寄りかかった。


「ありがとうございます。ソルさんのおかげで自分の世界に戻って来れました」

「礼には及ばない。俺は杖を持ってきただけだ」


 ソルは照れ臭さを誤魔化すように明後日の方を向いた。


「感謝してるの、杖のことだけじゃないんですよ」

「ん?」


 イーリスはゆっくりと目を閉じた。


「杖が無くて探知ができなかった時とても不安だったんです」

「状況が分からないと不安にもなる」

「そうではなくて…この世界に私が居なくなってしまうような気がして不安だったんです。音も聞こえるし匂いも分かる。手足から伝わる地面の固さも分かるのに、急に自分と周囲の境界が曖昧になってしまって…溶けて消えてしまうんじゃないかって…ふふ…変ですよね」

「変じゃない」


 探知という目が無くなったことで彼女の世界は一変した事だろう。しかも戦闘中という身に危険が及ぶ可能性のある状況で。焦りや恐怖感で正常な認識が出来なくても仕方ない。


「でも、ソルさんに抱えてもらった時、曖昧だった世界がはっきりしたんです。ソルさんの腕の感触、鼓動の音、嗅ぎ慣れた匂い…その全てが私をこの世界に繋ぎ止めてくれたんですよ」

「そうなのか」


 ソルは何となく恥ずかしくなった。そっと自分の服を嗅いでみる。匂いなんてわからない。

 イーリスは寄りかかった身体を起こすとソルに顔を向けた。


「ソルさんが居てくれてよかったです」


 花開くような笑顔にソルは何故だか泣きそうになる。嬉しい筈なのに胸が詰まる。自分の存在を認め、肯定される、必要とされることはこれ程まで心を動かすのか。

 鼻の奥がツンとする。忘れていた感情と共に、無邪気に笑う子供の顔が思い起こされた。


「でも、今回はイーリスが一番活躍したな。偽木生も捕まえたのはイーリスだし」


 感情の動揺を悟られたくないソルは話題を変えた。


「それで偽木生はどうなったんだ?」

「それが、途中からこの植物との接続が切れてしまってよくわからないんですよね。ソルさんの下辺りにいた筈ですが」


 ソルは蔓の間から顔を出して下を確認する。苦労して捕まえたのだから逃げられては困る。

 ずっと視線を下げていくと、山肌に近い部分に二つの盛り上がった瘤があった。瘤の中に動きはない。大きさからしてあの中に偽木生が捕らわれているのだろう。


「見つけたぞ。多分下にいる」

「一緒に外に出てきていましたか。ちょうどいいです。とどめを刺しましょう」

「どうやるんだ?偽木生は蔓に囲まれているぞ」


 イーリスは近くの蔓に触れた。


「私の魔力をたくさん摂ったんだから、少しくらい言うこと聞いてくれませんか?」


 制御下から外れた植物が言うことを聞くかは不明だった。それでもこの植物に意思がある可能性を考慮し話しかけてみた。


「偽木生を私の元へ、お願いします」


 すると蔓全体が僅かに揺れる。ソルが下を見ると瘤の部分の蔓がスルスルと解け偽木生が姿を現した。遮るものがなくなり、強い西日が偽木生を焼いていく。

 偽木生は日の光から逃れようとするが、その動きは緩慢で力がなかった。白く乾燥した破片が風に乗って雪のように舞う。

 二本の蔓に巻かれイーリスの高さまで掲げられた時は全体が焼かれ絶命していた。


「イーリス、もうとどめを刺す必要はなさそうだ」

「そのようですね。でも何で死んじゃったんでしょう」

「日の光が焼いてくれたよ」

「あっ、外ですもんね」


 両手で杖を握り、待ち構えていたイーリスは力を抜いた。

 強い風が吹くと偽木生の残骸はバラバラになり散っていった。これでようやく終わったのだ。

 だが、まだ問題は残っている。


「さて、どうやってここから地上に降りるか」


 地上は遥か下。空を飛べでもしない限り降りるのは無理だ。


「ここ、すっごく高い所なんですよね?」

「あぁ、落ちたらまず助からない。空を飛ぶ魔術とかないのか?」

「ありますが、私は使えません」


 ソルは外に顔を出す。眼下の街では芥子粒のような人影が多数鉱山へ向かっているのが見えた。人が集まった所でこの状況は変わらないだろう。

 その時、蔓全体が震えた。蔓の下部から順にこれまた巨大な葉が生えてきた。人が五、六人は横になれそうな大きさだ。

 そして漂っていた甘い香りが強くなった。頭上の蕾がゆっくりと開き始めている。


「もしかして花が咲くんですか?」


 イーリスは鼻をひくつかせ目を輝かせていた。


「そのようだな。馬鹿みたいに大きい花だ」

「触れそうですか?」

「完全に開いたら届くかもしれない」


 ちょうど外には巨大な葉が生えているので乗ればもっと近づける。


「外に出てみたいです」

「危険だぞ。足を滑らせたら終わりだ」

「その時はソルさんが助けてくれますよね?」

「うーん…」


 イーリスのソルに対する信頼度は上がったのかもしれないが、こういう頼り方をされると困る。しかし、言い出した彼女は止められない。

 ソルは蔓の隙間を広げイーリスの手を取った。

 まずはソルが葉に乗る。分厚い葉は安定感があり、体重をかけてもびくともしなかった。風が吹くと僅かに揺れた。

 イーリスも葉の上に誘導する。冷たい風が髪とローブを翻す。葉の中央に座らせるとソルも隣に腰を下ろした。


 蕾は花弁を広げ大輪の花を咲かせようとしていた。濃く甘い香りが辺りを包む。


「こんな大きな花は森にもありませんでした」

「俺も初めて見るな」


 話している間にも花弁は広がり続け、ついには巨大な一輪の花を咲かせた。幾重にも重なった花弁は二人の目の前まで広がっていた。むせかえるような花の香り。日光に照らされた花弁は輝いていた。

 イーリスは美しい花弁に手を伸ばす。滑らかな手触りで触り心地が良かった。イーリスの顔に笑みが溢れる。


「この花はどんな色をしていますか?」

「白だ。あ、中心部が少し青っぽいな」

「とても綺麗なんでしょうね」

「そうだな。俺の故郷にあるサボテンの花に似ているな」


 イーリスは首を傾げた。


「さぼてん?」

「砂漠に生える植物だ。花が綺麗だし食べても美味い」

「それはお得な植物ですね。いつか食べてみたいです」

「この国にも似たような植物があるかもしれないな。見つけたら食べてみよう」


 二人が他愛無い話をしていると一陣の風が吹いた。花や葉が揺れる。花から黄金色の花粉が飛び周囲を輝かせた。

 美しい光景だった。


「イーリス、花の花粉が飛んで綺麗だぞ。金色に光っている」

「そうなんですね。いいなぁ…」


 イーリスは杖を胸に抱いて目を閉じた。記憶に残っている色で景色を想像する。


「もっと教えてください。ここから見える光景を…」


 ソルは頷くと果てしなく広がる大地に目を向けた。


「凄く遠くまで見渡せる。足元にはメルンの街がある。模型みたいに小さい。俺たちがセレスタから通ってきた道も見えるな。その奥には岩場、森、草原、川…流石に海は見えないか」


 イーリスは静かに耳を傾けている。


「渡り鳥の群れも見える。森の上を旋回しているな。今日のねぐらを探しているのかもしれない」


 それからもソルは美しい風景を目についたところから話していった。イーリスの口角は嬉しそうに上がっている。

 彼女は寝る前におばあちゃんから本を読んでもらった時のことを思い出していた。物語に出る景色や人物を想像するのが面白かった。この目に色は映らないが、頭の中では確かに様々な色が存在していた。忘れてしまった色も多い。しかし灰色の世界とは違う世界がそこにはあった。

 イーリスはソルの言葉から、彼の目に映る世界を想像した。彼の目にはどんな世界が見えているのだろうか。


 西の大地には今にも沈みそうな太陽が鎮座していた。太陽は鮮烈な光で二人の横顔を照らす。朱く染まった大輪の花は大地を見下ろすように咲き誇っていた。

 長かった一日が終わる。             


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