38、足掻き
ソルとイーリスが暗い坑道を進んで行くと、緑の蔦が蓋をするように道を覆っていた。
「この先に偽木生の反応を感じます。」
「いよいよだな。準備はいいか?」
「はい。いつでも大丈夫です」
イーリスは胸の前で杖を握りしめる。杖の光源を更に落とす。もはや光っているか微妙なところだが、ソルの目にはそれでも十分だった。
蔦をどかそうと手をかけると、蔦は静かに道を開けた。途端に土臭い空気が流れてくる。足音を立てないように岩塩の分岐に入った。
そこまで広くないので偽木生を見つけるのは容易だった。左手側奥の壁と地面の境目に蛸のような物体がある。偽木生は広間の方に向かって根を伸ばし続けていた。こちらに気づいている様子はない。
ソルが抜刀するのとイーリスが最高光力で照らすのはほぼ同時だった。ソルは反射的に顔を背ける。
偽木生の表面が白く変色していく。太い根をくねらせてもがいていた。急いで光の元であるイーリスに向かって根を伸ばす。だが、根は彼女に届く前にソルの双剣に斬り捨てられた。
偽木生は地団駄を踏むように根をばたつかせる。根はみるみる白くなり、残る幹の部分も乾いてぼろぼろに崩れていく。
もう力が残っていないのか新たな根が伸びてこない。坑道に逃げようとするが、イーリスの頭上に出現した巨大な剣が飛来し串刺しにした。それでも偽木生は動いていたが、追加で飛んできた大剣に次々と地面に縫い止められ力なく地に臥した。
それから光が偽木生を焼き尽くすのに時間はかからなかった。
白く乾いた物体は崩壊し地面に降り積もる。イーリスが前方に伸ばしていた手を下ろすと大剣も消えた。光もその輝きを治める。
「生命反応は消えましたが、どうですか?」
「流石に死んだようだな」
ソルは足で残骸を掻き分けるが、生存している部分は皆無だった。完全に枯れ果てている。
「これで依頼達成ですね。早速ジルさんに報告しておばあちゃんの行き先を教えてもらいましょう」
イーリスは花開くように笑うと、軽い足取りでクラウスたちの待つ広間の方へ歩いて行った。
ソルも一安心しイーリスに続く。作戦は滞りなく遂行された。
しばらくし二人は広間まで戻った。そこには盛り上がった岩盤に腰掛けて休憩しているクラウスとカリーナが居た。広間内には本体を失って機能を止めた根の残骸が転がっていた。
広間内に入ると何故か寒い。
こちらに気づいたカリーナが手を振る。これまた何故か彼女はクラウスのローブを着込んでいた。彼は寒そうに縮こまっている。
「あんたたちよくやったね!これで胸を張って街に帰れるよ!」
「無事倒せたようで良かった」
満面の笑みのカリーナと今にも倒れそうな顔色のクラウス。二人は口々に帰還したイーリスとソルを讃えた。
「お二人も無事で良かったです」
「何とかね」
立ち上がったカリーナがイーリスの頭をわしわしと撫でる。
「ありがとう。あんたたちが居なかったらどうなっていたことやら」
イーリスは照れたように目を伏せる。カリーナの後ろのクラウスは目を細めているが、そのまま目を閉じて動きを止めそうだ。
ソルはその様子を眺めていたが、視界の端に動く物を捉えた。
それを目で追った瞬間、足元の岩盤が揺れた。ソルが危険を知らせるより先に、大きな音と共に下から強い衝撃が襲う。全員吹き飛ばされたように宙に舞っていた。
空中で一回転したソルが見たのは、今居た場所から生えている太い根と同じく宙を舞う岩盤だった。それはまさに偽木生の根だ。まさかもう一体いたというのか。
根は横薙ぎに空中の一行を襲う。ソルは身体を捻り回避したがカリーナは避けきれず胴体に一撃をくらった。
イーリスとクラウスは咄嗟に結界を張る。だが、イーリスは結界ごと吹き飛ばされ、クラウスに至っては結界の強度が足りず破壊されていた。根の重い一撃をまともにくらった彼は壁際まで飛んでいく。
着地したソルはイーリスが吹き飛んだ方に顔を向ける。彼女は地面に横たわっているが、身体を起こそうと動いていた。大事ないようだが彼女の手には杖がなかった。吹き飛んだ衝撃で手を放してしまったのか。
これはマズい。彼女は今、身を守る術も周囲を把握する術もない。
一刻も早く彼女を護らなくては。
ソルはイーリスの元に駆け寄りながら、クラウスとカリーナの状況を確認する。クラウスは壁際で巨大な葉に護られていた。葉の隙間から動く人影が見える。まだ気を失っていない。
カリーナは腹部を押さえ、両手剣を杖代わりにして上体を起こしている最中だった。額から流れた血が顎に伝っている。苦悶の表情は彼女のダメージが少なくないことを表していた。今までのように動くのは無理だろう。
この状況では一度撤退する必要がある。まずはイーリスを確保する。
疾走するソルに、周囲の岩盤の隙間から幾つもの根が伸びてきた。瞬時に抜刀し全て斬り刻む。
後ろからは太い根が真っ直ぐにソルを狙ってくる。横に跳んで避けるが、根は方向を変えしつこく追ってきた。
今度は根と正面に向き合う。眼前に迫る根を真上に跳んで避け、真下を通る根に向かって双剣を突き立てた。そのまま根の上に着地。双剣は根の中程まで到達していた。そしてそれぞれの剣を外に向けて振り抜く。
半分に切り裂かれた根は追跡を止め後ろに下がる。
今の内にイーリスとの距離を詰める。しかし、また地面が揺れた。さっきの揺れより遥かに大きい。
ソルとイーリスの間の地面が大きく盛り上がり、割れた岩盤が雪崩のように降り注ぐ。雪崩の中央から偽木生が現れた。
この偽木生も幹の大半を失っていたが、倒したものより巨大だった。幹に縦にはしる隙間から、白い糸くずの塊が吐き出される。塊は落ちた衝撃でバラバラになった。それは通常サイズの石虫の外皮だった。
偽木生が邪魔でイーリスの状況が分からない。焦りが衝動的に身体を突き動かそうとしている。浅い呼吸に跳ねる心拍。ソルは大きく息を吸い細く吐き出し、早る心を落ち着かせる。無闇に動いてどうにかなる状況ではない。
眼前の偽木生は次々と白い糸くずの塊を排出し続けていた。排出する幹の隙間が開くと生肉のような内部が見える。
今、クラウスとカリーナは動けない。この場で自由に動けるのはソルだけだ。三人が偽木生に狙われたら防ぐ術がない。
それならばやる事は一つ。
「おい!化け物!獲物はこっちだ!」
叫ぶと横に走り出した。即座に反応した偽木生がソルに向かって根を伸ばす。大小様々な根がソルに殺到する。だが、右へ左へと稲妻のように駆ける彼の動きに翻弄され捕らえられない。
ソルは三人から距離を取り、偽木生の追跡を一身に受けていた。
偽木生を回り込むように走っていると、イーリスの姿が確認できた。彼女は岩盤にのまれる事なく無事だった。膝をついて周囲の地面を手で辿っていた。杖を探しているのだろう。偽木生はソルを追ってジリジリとイーリスから離れている。
このまま偽木生の注意を惹きつけていれば、三人が狙われる可能性が減る。しかし、いつまでも逃げ続ける訳にもいかない。
ソルは方向転換し壁際の方へ走る。壁に向かって猛然と突っ込んで行く。それを追う根は獲物の背を捕らえようと勢いを止めない。
壁にぶつかる直前でソルは壁を蹴り大きく後ろに跳んだ。背後に迫っていた根の波濤を軽く飛び越え着地。根は急に勢いを止められず壁にぶつかる。衝撃で壁が破砕され放射状に亀裂が入った。
ソルは今度は本体の幹に向かって駆ける。背後の根は動きが鈍くなっており、ソルとの距離を縮める事が出来ない。代わりに横から鞭のような攻撃が飛んでくる。大振りな攻撃をソルは難なく回避し進む。
すると偽木生が幹の下部から新たな根を生やし、正面から来るソルに向かって伸ばす。幹程もある巨大な根はソルを押し潰さんと迫る。
ソルは視界が根で埋め尽くされる直前に跳び、根の上に載った。そのまま巨大な根の上を走る。
偽木生は根を振り、ソルを落とそうとするが時既に遅し。
瞬時に幹部分に肉薄したソルは、縦の裂け目に双剣を突き立て上下に腕を振り抜いた。すると黒い液体を吹き出した。金属音のような悲鳴が上がる。根が大きくのたうった。ソルを狙っていた根も無秩序にうねっている。幹内部への攻撃はかなり有効のようだ。
ソルがもう一撃喰らわせようと右腕を振りかぶったところへ、巨大な根が迫っていた。上に跳んで避けると根が幹に直撃し、巨体が後ろに倒れる。
ソルが空宙で体を捻ると、ゆっくり倒れる偽木生と、その後ろで杖を探しているイーリスの姿が視界に映った。イーリスからだいぶ離したはずだったが、まさか彼女がこんな近くまで来ているとは。ソルの誤算だった。このままではイーリスが偽木生の下敷きになってしまう。
「イーリス!!逃げろ!!」
宙のソルが叫ぶ。イーリスは声に反応するが、どう動いていいか分からず固まってしまった。
偽木生の巨大な幹がイーリスの頭上に迫り、ソルの目に絶望感が宿る。
その時、カリーナの雄叫びと共に両手剣が空を裂いて飛んできた。両手剣は幹に深く突き刺さり、倒れる偽木生の軌道を変えた。
偽木生は重い音を立ててイーリスの真横に倒れる。風圧で彼女の髪が翻った。
驚いた表情をしているが彼女は無事だ。着地したソルは大きく息を吐いた。
カリーナの投擲がなければ危なかった。当のカリーナは投擲した体勢で固まっていたが、崩れ落ちるように膝をついた。
彼女はソルを見ると僅かに口角を上げた。荒い呼吸に額の脂汗、やはりさっきの一撃で内臓にダメージを負っていたようだ。その様な状態で、偽木生の巨体を揺らす程の投擲をした彼女はかなりの強者である。
ソルはイーリスを保護するべく納刀し地を蹴る。偽木生はまだ根をくねらせているだけだ。倒れた幹を起こす様子もない。
素早くイーリスに近づくと抱え上げ、その場を離れた。
「イーリス、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
イーリスの声色はいつもどうりだったが、ソルの胸に当てられた手は僅かに震えていた。彼女の頬には擦り傷があり血が滲んでいる。それ以外は目立った外傷はない。フードに隠れていたアビィも顔を出す。こちらは無傷だ。
「あの、杖がどこかに落ちていないでしょうか」
「見える範囲には落ちていないな」
偽木生の動きが鈍い今の内に杖を探しに行くか、追撃をするか一瞬悩んだ。だが、ソルの攻撃が致命傷を与えられるか確信がなかった為、杖を探すことにした。
「イーリスはカリーナかクラウスのところに…」
そう言いかけた時にイーリスの両腕が滑るようにしてソルの首に回された。
「イ、イーリス?」
「お願いです。離さないでください」
イーリスの腕に力が入りソルの胸に顔が埋められた。ソルの心臓が跳ねる。
「我儘だと分かっています。でも…怖いんです…」
その消え入りそうな声にソルは何も言えなかった。心がどうしようもなく騒つく。イーリスを抱えたままでは回避や防御が間に合わない可能性がある。できる事なら離れた所で待っていて欲しい。だが、己にしがみつく彼女を見ると拒否できなかった。
「…分かった。でも偽木生の動きが鈍い今だけだからな」
「はい。ありがとうこざいます」
「よし、じゃあ腕を元に戻してくれ。そっちの方が動き易い」
頷いたイーリスは腕を下ろした。彼女の顔は少し表情が和らいでいた。
ソルは最初にイーリスが跳ばされた付近に行った。凸凹の瓦礫だらけで探しづらい。偽木生を視界の端に入れながら杖を探す。
するとやや離れた岩盤の隙間に嵌っている杖を見つけた。
「あったぞ」
イーリスの顔がほころぶ。
ソルが杖の方向に足を踏み出した時、突如として岩盤の隙間から偽木生の根が生えてきた。視界に入れていた偽木生に動きに変化はないが、何故か幹が細くなっていた。まさか自切して分裂したというのか。
ソルを囲むように八方から生える根は一斉に襲いかかってくる。逃げ場がない状況に活路を見出せない。
咄嗟にイーリスを庇い。殺到する根に捕まる覚悟をする。
だが根は淡く緑に光る障壁に弾き返された。ソルが頭を上げると半透明の障壁に守られていた。根は口惜しそうに障壁の上を這っている。
囲まれた根の隙間から向こうを見ると、壁に背を預け座っているクラウスが歯を食いしばりながら杖を掲げていた。口の端からは血が流れている。
クラウスが結界で守ってくれたようだ。しかし、安心する暇もなく結界に細かな亀裂が入っていく。クラウスの体力、魔力共に枯渇寸前で結界を維持する事が困難であった。
腕の中のイーリスが身じろぎをする。
「ソルさん、どうしたんですか?凄い音と濃い偽木生の匂いがしましたが…」
「偽木生に囲まれた。今はクラウスの結界で守られているが保たなそうだ…」
ソルの深刻な声音はイーリスにも伝わった。会話をしている間も亀裂はどんどん広がっていく。
ソルはイーリスを地に下ろした。重なった瓦礫の下に狭い窪みがあった。その窪みにイーリスを押し込む。
「頭を下げろ」
「何をしているんです?」
「瓦礫の下に窪みがある。そこに隠れていれば狙われないかもしれない。膝を抱えるんだ」
「ソルさんはどうするんですか?」
「どうにかする」
そうは言ったものの、結界は根で覆われており破壊された瞬間に圧死させられそうだ。
イーリスが押し込むソルの手を止めた。そして服のポケットからあの種を出した。
「今こそこれを使う時じゃないですか?」
「待て、クラウスに素手で魔力を込めるなと言われただろう」
「地面に置いて杖で魔力を込めろ、でしたよね。でも杖はないので直接触れて込めるしか使用方法はありません」
この種は蔦の時と違って、魔力を感じると自ら魔力を吸い取っていく。それは種が成長しきるまで続き、対象者の魔力が足りなければ生命力まで吸い取る危険なものだった。
だが、杖を介して魔力を込めれば魔力の供給はこちらの判断で止められる。成長した植物は自在に操る事ができ、蔦よりも捕縛や攻撃力が高い。万一坑道等に逃げられた場合の追跡、捕縛としての奥の手として渡されたのだ。
「危険だ」
「今の状況より危険ですか」
「生命力を吸われたら死ぬだろ!」
「私、魔力が多いようなので大丈夫ですよ」
イーリスはゆっくり立ち上がった。顔には静かな微笑み。
「きっと大丈夫。信じてください」
イーリスの意思は固い。苦悩するソルの気持ちは彼女には伝わらない。
嫌な音を立てて結界に大きな亀裂が入る。最早問答する時間はない。
「分かった。イーリスの底なし魔力量を信じる」
「ふふっ」
笑ったイーリスはソルの立ち位置に指示を出す。種の成長に巻き込まれないように彼女の後ろに立った。
「ソルさんの存在を感じておきたいのでぎゅっとしてください」
「え」
「早く」
急かされたソルはイーリスの腕の動きを阻害しないよう胸の下に手を回した。
「もっとくっついてください」
「え」
「早く」
気が引けたが言う通りに身を寄せる。イーリスは一つ深呼吸をした。彼女の胸郭の動きが伝わってくる。イーリスは両手に載せている種に集中した。
その時、結界全体に亀裂が広がり澄んだ音を立てて結界が壊れた。




