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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
37/71

37、囮

 イーリスとソルは暗い坑道を入り口の方へと歩いていた。彼女の杖には最低限の光源が灯っている。

 二人は最初の分岐点まで戻って来た。そして入り口には向かわず、左の坑道へと進む。こちらの道は通ってきた道に比べて勾配が急だった。ソルは足元に気をつけるようイーリスに注意を促した。


「クラウスさんたちは大丈夫でしょうか」

「大丈夫だろ。発案者はあいつなんだから」


 ソルは石虫の穴を避けて歩く。それとなくイーリスも誘導する。

 今、一行は二手に別れていた。クラウスとカリーナは落盤した広間に残っている。


 イーリスはクラウスに託された種子が入っているポケットに手を入れた。指先には親指程の大きな楕円形の種子の硬さが伝わってくる。

 これはクラウスが念の為と彼女に渡したものだった。使用には多少危険が伴うが、使いこなせれば強力な武器となる。

 イーリスはこの種子がどんな植物になるのか気になっていた。正直、今は偽木生(フェイクツリー)よりもこの種のことが気になっているくらいだ。

 さっきから何回もポケットに手を入れては種を触っている。魔術に関係する未知の道具には興味が止まらない。

 そんな彼女の様子を見ているソルは


「よく分からないが危険な種なんだろ。あんまり触らない方がいいんじゃないか?」


釘を刺す。


「大丈夫ですよ。魔力を込めなけれはただの種です」


 イーリスはポケットから種を出すとソルに見せた。何故か得意気だ。茶褐色の種は光を受けて光沢を放っている。

 穴だらけの坑道で意識を種に移しているイーリスは、足元の穴に気づいていない。彼女の足が穴に入る前にソルが素早く脇に抱えた。

 急な動きの変化に対応できないイーリスの手から種がこぼれ落ちる。種は穴に吸い込まれる寸前にソルの手で確保された。

 ソルはイーリスを下ろすと、種を彼女の手に握らせた。


「歩くことに集中しないと落ちるぞ」

「すいません。つい種が気になってしまって…」


 イーリスは種をポケットにしまうと、気を引き締め周囲の探知に集中した。そわそわしなくなった彼女を確認するとソルも安心した。


 坑道を下って行くと、地面が大きく崩落した場所に到達した。下を見ると崩落した厚い岩盤と新たな坑道があった。


「クラウスが言ってたのはここだな」

「では下の坑道が偽木生のところにつながっているんですね」


 よく見るとクラウスの蔦が岩盤の隙間を通って坑道の奥に続いていた。


 今イーリスとクラウスが別行動しているのは、偽木生を不意撃ちにする為だった。

 探知により岩塩の間へ後方から周りこめる道を見つけたクラウスからの提案だった。クラウスたちが広間で偽木生を引きつけて、後方からイーリスたちが襲撃する。非常にシンプルな案だ。無理に正面から突撃して、また坑道を潰されるよりはいいだろう。


 ソルは崩落した部分から下の坑道に飛び降りた。足場は悪いが難なく着地する。


「イーリス、受け止めるから飛び降りるんだ」


 腕を広げて待つソルの元へ、イーリスは躊躇することなく飛び降りた。受け止めた衝撃で足が岩盤から落ちる。岩盤の下は硬い地面なので、体勢を崩すには至らなかった。腕の中にすっぽりと収まった彼女は何となしに楽しそうだ。

 直ぐにイーリスを下ろし、奥に進んで行く。


 この坑道にも岩塩が含まれているようで、光にあたって僅かに光っている。石虫(ストーンワーム)の穴も見当たらなかった。

 ここから先は慎重に進む。偽木生にこちらの存在を気取られたくない。

 目的地まではまだ少し距離がありそうだった。





 広間で待機しているクラウスとカリーナは偽木生の襲撃を待っていた。だが、何の音沙汰もない。半身を失い根を伸ばすことが負担になっているのだろうか。

 探知しても居場所は変わらないので逃げてはいない。そろそろイーリスとソルが偽木生の近くに来ているはずだ。


「こっちに誘き出さないとな」

「いっちょ騒いでみるかい?」


 カリーナが大声を出そうと息を吸い込む。


「いや、餌がたくさんあると思わせた方がいいかも」


 クラウスの杖から蔓が伸びでいく。カリーナは吸い込んだ息を吐いた。

 蔓はどんどん伸びて枝分かれし、何かを形作っていた。広間中に広がった蔓は瘤のように盛り上がる。瘤は徐々に人の形になり、数十体の蔓人形が出来上がった。


「何だいこりゃ。気味悪いね」


 歪な蔓人形は、首や手足の長さがチグハグで不気味な案山子のようだった。


「見た目は悪いが、まぁ人の形はしているだろう?」

「一応はね」


 クラウスが杖を横に振ると、蔓人形が一斉にくねくねと動き出した。控えめに言って気色悪い光景だった。


「ほーら、餌が一杯いるよ〜」

「こんなんで来るのかよ」


 カリーナは両手剣に手をかけながらも呆れ気味だ。動く蔓人形に囲まれて、今夜は嫌な夢を見そうだと思ってしまった。


 その時、蔓人形の蠢きとは別の気配を感じた。両手剣を構え、クラウスに目配せする。

 坑道の奥が騒めく。そして、一斉に根が襲ってきた。坑道や石虫の穴に近い所にいた蔓人形を絡め取っていく。千切り取られた蔓人形は緑の粒子となって消えた。


「あんなのに引っかかるんだね」


 カリーナは鼻で笑う。対してクラウスは不服そうだ。


「あんなのとは失礼だよ」

「本当のことじゃないか。おっと、無駄口叩いてる暇はないね」


 二人にも根が襲いかかってくる。カリーナは袈裟に根を斬り落とした。クラウスは結界で防御している。


「僕が援護するから頑張ってくれたまえ」


 彼の高みの見物の態度にカリーナは舌打ちする。文句の一つも言いたかったが、根の攻撃を防ぎ斬り払うのに忙しく出来ない。

 この時点で殆どの蔓人形は破壊されてなくなっていた。

 上下左右からの攻撃にカリーナは休みなく両手剣を振るう。死角からの攻撃は勘で避ける。一人で捌き切れる攻撃量ではない。

 クラウスをちらりと見ると根が結界を覆い尽くしていた。彼の姿は見えない。

 その時、クラウスの攻撃魔術の構成が完了した。結界の周囲から冷気が広がる。覆っていた根に白い霜が付く。その途端、根は逃げるようにして結界から離れた。

 冷気は広間に広がり体感温度を下げていく。その中で一際強い冷気が天井の穴を覆った。すると一瞬にして氷の層が出来上がった。天井にあった穴は全て氷で封鎖された。逃げ遅れた根は凍りつき動きを止める。


「氷系は苦手だけど意外に上手くいったね」


 クラウスは満足な出来に一人頷く。


「好き嫌いせずに勉強しといて良かった」


 魔術師にとっても得手不得手がある。クラウスは植物系の魔術は得意だが、それ以外は苦手であった。それでも氷系の魔術を使ったのは一発で効率よく根が出てくる穴を塞ぎたかったからだ。


 天井の穴を塞いだことで根の攻撃が減った。また、温度が下がった為か根の動きが鈍くなっている。


「これで対処し易くなっただろう」

「なってないわ!」


 カリーナは叫んでクラウスの結界を蹴る。その顔は青ざめており小刻みに震えていた。


「寒すぎんだよ!」

「そうかい?動いたら温かくなるよ」


 結界の中にいるクラウスは外気の低さに気づいていない。カリーナの口からは白い呼気が漏れている。

 動きは遅いが根は残る穴と坑道から次々と伸びてきた。


「後で覚えてな!」


 カリーナは震える身体を強引に動かして、数本の根を切断する。クラウスへの怒りを偽木生にぶつけるように力任せに両手剣を振るう。明らかに乱雑な剣筋であるが、鈍った根を斬り捨てるには十分だった。

 それでも足元を狙う岩盤の隙間からの根の攻撃は厄介だ。いつの間にか静かに迫ってくる。後方へ跳躍し距離を取った。

 だが、そこにはじっと動かずに待っていた一本の根が待ち構えていた。着地寸前で気づいたが時既に遅し。地面に足がついた瞬間に足首を絡め取られてしまった。万力のような力で締め付けられる。痛みに顔をしかめながら、腰の手斧を足首の根に向かって投げる。

 それと同時に左右からの根の攻撃を、片手で持った両手剣で水平に斬り落とした。手斧は根を斬り裂き地面に刺さる。

 窮地を脱したカリーナは大きく息を吐く。煙のように白い息が立ち上る。


 クラウスは地面に這わせている蔓に魔力を流した。蔓が伸び、いくつかの岩盤の隙間を塞いだ。カリーナへの根の攻撃が減る。

 全部塞ぎたいところだが、やり過ぎると偽木生が獲物の捕獲を一旦諦める可能性がある。そうなっては意味がない。あくまで自分たちは偽木生を引きつける囮役なのだ。やり過ぎてはいけない。それに魔力の残りが少なくなっている。探知、防御、攻撃と消費が早い。これ以上広範囲の魔術の行使は困難だ。


 クラウスは坑道の奥を見る。後はイーリスとソルの働きにかかっている。


「頼むよ」


 彼はそう言うとカリーナを援護するべく魔力を練り始めた。



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