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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
36/72

36、救出

 坑道でイーリスからの合図を待つ三人は、石虫の穴から響いてくる衝撃音に表情を曇らせていた。空洞内で何が起こっているのか分からないが、良い事態ではないだろう。続く衝撃音にソルの不安が掻き立てられる。

 そして一際大きい音が聞こえた時、地響きで坑道が揺れた。クラウスは壁に手をついて体勢を保つ。

 地響きは直ぐに収まった。


「何だい今のは…」


 カリーナが頭に落ちてきた岩のかけらや砂埃を払う。

 体勢を整えたクラウスは、杖から伸びる蔓の反応を見る。そして急に青ざめた。


「まずい、蔓が途中で切れている。これじゃイーリスくんを引き上げられない」

「切れただと!?」

「恐らくさっきの地響きの時に落盤が起こったんだ。そのせいで蔓は切れてしまった…」


 クラウスが蔓を操り引き上げると、ちぎれた先端だけが穴から出てきた。


「そんな!イーリスは落盤に巻き込まれちまったのかい!?」

「その可能性がある…」


 重い空気が流れる。ソルの手掌に嫌な汗が滲む。心臓が締め上げられる感覚がする。


「空洞はあの広間の下にあるんだったな」


 そう言うと返答も待たずに広間の方へ駆け出した。ソルの意図を汲んだカリーナとクラウスも後を追う。

 二人はソルの疾風のような速さには追いつけず、距離が離されていく。

 ソルの脚は彼の焦燥感を表すように速く、速く地を蹴る。

 広間が近くなったところで地面が陥没し始めた。悪い足場をものともせずソルは進む。


 広間に出るとその状況に足が止まった。地面はすり鉢状に大きく陥没していた。


「イーリス!!」


 ソルは大声で彼女の名前を叫ぶ。声は壁に反響して消えてく。もう一度叫ぶ。だが、耳を澄ましても彼女の声は聞こえない。


「イーリス!!返事をしてくれ!!」


 悲鳴にも近いその声は坑道を走る二人も聞こえた。

ソルはその場に膝をついた。彼にはこの地面の下のイーリスの安否を確かめる術がない。


「くそっ!」


 地面に拳を叩きつける。痛いはずだが何も感じない。

 その時、再び地面が揺れた。今度は足元から感じる強い揺れだった。

 ソルは膝をついたまま警戒する。

 すると、陥没した岩盤を勢いよく撥ね飛ばし巨大な根が這い出てきた。ズルズルと全体が出てくるとそれには同じく巨大な幹がついていた。幹は短く、それから八方に伸びた根のせいで木というより蛸に見える。

 幹の上部は折れたようにささくれていた。よく見ると幹の半分以上は白く乾燥している。


 そこへカリーナとクラウスが到着する。クラウスはその生物を見ると杖に光を灯す。光はイーリスの光に比べると弱いが、広間を照らすには十分だった。


 偽木生(フェイクツリー)は光を恐れるように奥の坑道に逃げて行く。巨大な根と幹は坑道に入りきらず道を無理矢理削りながら逃げる。白く乾いた部分が岩肌に当たり崩れた。


「あれが本体なのかい」


 カリーナは背部の両手剣に手をかける。偽木生はこちらへ攻撃する素振りはない。今本体を叩けば倒せる。しかし、偽木生よりもイーリスの安否確認が先決だ。

 全ての根が広間から去ると、クラウスは広間内に残っていた探知用の蔦を見つけた。


「これでイーリスくんを探せる」


 クラウスの言葉にソルの顔に希望の光が灯る。


「彼女の結界ならしばらくは大丈夫だと思うが、この質量だからね。早く探さないと…」

「見つけたとしてその後は?助け出す手立てはあるのかい?」

「どうにかする」


 クラウスはしゃがみ込み蔦を握る。目を閉じて集中した。彼の顔は土気色になっている。疲労と閉所恐怖症のせいだろう。大丈夫なのだろうか。だが、今は彼に任せるしかない。

 ソルとカリーナはクラウスの傍らに立ち、周囲を警戒する。


 しばらくすると、偽木生が逃げた坑道の奥から嫌なざわめきがした。

 ソルはカリーナに目を向けた。彼女も気づいているようだ。


「おい、あいつがまた襲って来るぞ。まだ見つからないか?」

「まだだ」


 クラウスは苦しい表情で首を振る。


「ちなみに僕は今、探知と救出用の魔術の構成を同時にやってるから防御結界を張る余力がない。よろしく頼むよ」

「そりゃあ盾冥利に尽きるね」


 カリーナの顔には緊張が浮かんでいるが、それでも不敵に笑う。二人は抜刀しクラウスを囲む。何かが這いずる音が近づいてきた。

 ソルは腰を落とし音のする方へ半身に構える。


 奥の坑道から何本もの根が押し寄せてきた。根はクラウスの光を恐れる事なくこちらを狙ってくる。一本一本の太さは人の腕くらいだが数か多い。

 ソルは四方に広がり多方面から攻撃してくる根を縦横無尽に斬り払う。根は斬られても勢いを止めない。獲物を絡め取ろうと伸びてくる。

 カリーナはクラウスに迫る根を横薙ぎ一閃で散らした。尚も止まらない根は袈裟に斬り落とす。

 両手剣がクラウスの頭上ギリギリを通過するが、彼は微動だにせず集中し続けている。


 ソルとカリーナは根を次々と斬り払うがキリがない。根は諦めることなく襲ってくる。失った身体の再生に養分が必要なのだろう。

 天井からパラパラと岩の破片が落ちていた。ソルが視線を上げると、天井の穴から一際太い根が伸びてきていた。勢いをつけるとクラウス目掛けて根が振り下ろされる。

 ソルがクラウスを退避させようと動いたが、カリーナが目で制した。

 彼女はクラウスの前に立ち、両手剣を横にして右手を柄に、左手を剣の腹に当て根の一撃を受け止めた。重い衝撃音が響く。質量の乗った一撃に、カリーナの両足が硬い地面を割った。

 ソルは周囲の根を斬り払うと、左手首を回し剣を順手に持ち変えた。同時に地を蹴り宙に舞う。

 体重を乗せて眼下の巨大な根に向かい、一回転しつつ双剣で深く斬り裂いた。刀身より根の直径の方が長く、一撃では切断には至らない。

 ソルは着地した瞬間に手首を返し上に右腕を一閃する。これで根は完全に切断された。太い根の損傷は堪えるのか、断面を晒した根は逃げるように穴に消えて行った。

 カリーナが両手剣に載る切断された根を横に落とした。


「大丈夫か?」

「なんとかね」


 ソルはしつこく襲い来る根を斬りながらカリーナへ顔を向ける。彼女は額の汗を拭い両手剣を構えるが、表情には苦悶の色が見え隠れしていた。

 このまま偽木生の攻撃が続けば、クラウスを護りきれなくなる。だが、偽木生も無限に根を伸ばし続けられる訳ではない。いつか限界が来るはずだ。(こん)比べになる、そうソルが考えた時クラウスに動きがあった。


 クラウスは蔦を放し地面に手を当てた。すると彼の周りに魔力の渦が出現した。規則正しい魔力の流れは地面に吸い込まれて行く。


「二人とも!僕の後ろへ!」


 クラウスの声に即座に反応した二人は根を斬り伏せ、彼の後ろへ向かった。

 根も二人を追う。しかし次の瞬間、地響きと共に巨大な木が地面を突き破って現れた。それは偽木生と違って本物の巨木だった。深い緑の葉に荒々しい幹。巨木はあっという間に広間を覆い尽くした。

 根は巨木の枝や幹に遮られ動きを止めた。そして静かに坑道奥へ引いて行く。謎の巨木の出現に一時撤退したようだ。


 巨木の成長が止まると、目の前に枝が伸びてきた。枝には大きな葉の塊があった。葉が割れるように落ちると、そこには結界に守られたイーリスがいた。

 見送った時と変わらない彼女を見て三人は安堵した。イーリスの結界が解かれる。

 納刀したソルは真っ先に彼女の元へ行くと、両脇を抱えて枝から下ろした。ついでに怪我がないか彼女の周りを一周見て回る。怪我は見当たらない。ソルはイーリスの両肩に手を置いた。


「よかった…おかえり、イーリス」

「ただいま帰りました。すいません、偽木生を倒す事ができませんでした」


 帰還を喜ぶソルとは対照的にイーリスは落胆した様子だった。


「偽木生の本体が動けるなんて思わなかったからね。本来根を張った本体は動けない筈なんだが…これは僕の調査不足のせいだ。すまない」


 クラウスは土気色を通り越し、漂白された顔で頭を下げた。このまま倒れてしまいそうだ。


「クラウスさんのおかげで助かったのですから謝らないでください。生き埋めは初めてでしたが、魔術を防ぐより大変ですね。良い経験になりました」

「はは、その割には余裕そうだね。並の魔術師なら三分と持たないくらいの質量なんだけどな」


 乾いた笑いがクラウスの口から漏れる。大量の落盤に押し潰されないようにするには、結界全体の強度を最高度に保ち続ける必要がある。それには当然ながら相当な魔力量を要する。

 イーリスは莫大な魔力を消費しているはずなのに疲労の色も見えない。蔦の種に魔力を込めてもらった時もそうだが、まさに底なしの魔力量である。


「何はともあれイーリスが無事なら問題ないよ」


 カリーナは両手剣を肩に担ぎ、笑みを見せた。そして巨木とクラウスに交互に視線を向ける。


「で、どうするかね。一旦外に出るかい?」

「いや、偽木生は本体の大部分を失っているようだった。時間を与えて回復されてしまっては困る。ここは畳み掛けるべきだね」

「なら、あんたは戻りなよ。顔色ヤバいって。戦闘中に限界モードになられたらもう護りきれないよ」


 実際、クラウスは閉所恐怖症のことだけでなく探知やイーリス救出にて多量の魔力を消費していた。疲労と相まって歩くのも精一杯だった。

 巨木が緑の粒子となって消えていく。


「心配無用」


 クラウスは胸ポケットから丸薬のようなものを取り出した。それを一錠飲み込む。


「これは自作の回復薬さ。疲労と魔力回復に効くんだよ」


 カリーナが胡散臭そうにしている。それもそのはず。一般に即効性のある回復薬は専門の薬師にか作れず、その作成方法も門外不出となっている。非常に高価で希少性の高いものなのだ。それを一介の魔術師が簡単に作れるとは思えない。

 ソルも同意見だった。


「そんな丸薬一つで回復する訳ないだろう。大人しく戻るんだな」

「それがちゃんと効くんだよ。回復量は三、四割程度だけどね」


 クラウスが自分の胸を叩く。よく見ると真っ白だった彼の顔色が血色を帯びてきていた。疲労でくすんだ瞳に生気が戻る。

 彼の変化を目の当たりにしたソルとカリーナは素直に驚いていた。


「頭も冴えるからここでの恐怖感も少し和らぐ」

「そんなもんがあるなら、さっさと使っちまえばよかったのに」

「量産して売ったら一財産作れるな」

「凄いですね。作り方が知りたいです」


 呆れ顔のカリーナに頭の中で算盤を弾くソル、好奇心が抑えられないイーリスと皆反応は違った。クラウスは苦笑する。


「いやーそれがね、これまだ試作の段階なんだ。効果はあるけど副作用が酷すぎて実用できるレベルじゃない。こんなどうしようもない時用に常備してるんだ」

「どんな副作用があるんですか?」

「おおよそ服用して十二から二十四時間後に発熱、頭痛、腹痛、倦怠感に苛まれることになる。二回試して二回共そうなったよ」

「うわぁ…」


 カリーナが引いている。ソルも口には出さないが引いている。だが同時に、確実に苦しむと分かっていて尚、躊躇なく内服できる彼の強い覚悟を感じ取っていた。

 イーリスは若干残念そうにしている。本気で作り方が知りたかったのだろう。


「とにかく今ここで偽木生を倒さないといけない。逃げられる前に居場所を突き止める」


 クラウスは膝をつき地面を這う蔦を掴んだ。探知をして偽木生の反応を探る。今度は直ぐに居場所が判明した。


「やつはこの先の分岐点に留まっているようだ」

「意外に近いね。もっと奥に逃げてるもんだと思ってたわ」

「獲物から離れたくないんだろ。貴重な栄養源だからな」


 獲物とはもちろん自分たちのことである。偽木生は今も獲物を捕獲する機会を伺っているのだ。


「近いなら好都合ですね。早速仕掛けますか?」

「ちょっと待って、奴がこれ以上逃げないよう奥の坑道を塞ぐ」


 クラウスの蔦を握る手に力が入る。


「この分岐には石虫の穴がないからこれで逃げ道はないはずだ」


 石虫の痕跡がない分岐とはあの岩塩のあった場所だろう。


「それと探知していてわかった事なんだけど…」


 クラウスは探知で知り得た事実とこれからの作戦を語り始めた。



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