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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
34/79

34、二つの生物

 坑道の鉄柵を抜けると、物置き小屋の前に座っているクラウスがいた。

 彼は三人に気づくと立ち上がり手を上げた。


「ランタン置くだけにどれだけ時間かかってるんだい?まさか…」


 クラウスは先頭のソルに声をかけるが、後方のカリーナの疲れた顔に何か察した様子。


「そのまさかだよ」


 ソルは坑道での出来事を話した。カリーナは白く乾燥した根の残骸を見せる。


「これは…」


 クラウスは残骸を手に取るとじっくりと観察した。手の中から灰のような破片が溢れ落ちていく。


「僕の予想は間違っていなかった」


 彼は静かに断言すると、書庫で調べてきたことを踏まえ説明を始めた。


「今日僕は魔物のことではなく、石虫(ストーンワーム)について調べていたんだ」

「石虫が何か関係してんのかい?」


 クラウスはカリーナの言葉に頷く。


「昨日遭遇した白い蛇のような魔物の形状を覚えているかい?」

「覚えているよ」

「では、これを見てくれ」


 クラウスは懐から折り畳んだ紙を出して開いた。それにはあの白い魔物の頭部と全体像が描かれていた。ソルは石虫との関連が分からなかった。


「これは昨日の魔物だろ」

「いや、この絵は石虫を拡大して描き写されたものだ。本に描いてあったのを僕が模写してきた」


 ソルとカリーナは驚いた様子で絵を見つめる。


「それじゃあ昨日のはデカい石虫ってことかい!?」

「そうだ。あの姿、何かの文献で見たような気がしたんだ。魔物以外で調べたら出てきたよ」


 二人は信じられないようだった。カリーナは紙を手に取りいろんな角度から見ている。角度を変えても何も変わらないのだが。


「あのー、石虫ってあんなに大きくなったりするんですか?」


 三人の会話の内容で話を読み取ったイーリスが手を上げた。


「いや、それはないね。そんな報告はどこにもないよ。普通は大きくなっても、鉛筆の半分くらいの太ささ」


 あれが石虫だとしたら、とんでもなく大きいことになる。突然変異なのか、特殊個体なのかは分からない。ただ、あんな巨大な石虫が存在していたら鉱山の鉱石は根こそぎ食べられてしまうだろう。昨日は三匹いたが、まだ他にいる可能性がある。

 未知の魔物と思っていたものの一つが石虫だと判明したが、問題はもう一つ。


「アレが石虫だとして、じゃあその残骸の主は何なんだ」


 ソルは地面に落ちている残骸を指す。

 クラウスは懐からもう一枚紙を出した。そこには一見すると葉のない木のようなものが描いてあった。


「これは偽木生(フェイクツリー)という石虫の生息域にしかいない生物だ。木と生物両方の特性を持っている」


 偽木生は石虫の糞から養分を摂取するが、同時に食中植物のように飛んできた羽虫を広げた枝で捕まえ、中心の幹にある口で食べる。また、餌になる虫がいない状態が続くと石虫を捕食するそうだ。


「偽木生の体長は最大で膝くらいの高さまでしか成長しない。石虫と同じく何らかの理由で巨大化したのだろうね」

「デカくなり過ぎて、虫じゃなく人を襲ってんのかい」

「昨日、大きな石虫を襲っていたのは(エサ)が来なくなったからなんですね」


 石虫と偽木生の関係を知ったことで、坑道の生物たちの行動の意味を理解できた。巨大化した石虫は鉱石を食べ、穴を掘りまくる以外は無害であるが、偽木生は虫と同じく人を捕食する危険生物である。本来なら虫を食べて一生を終えるはずの生物が、謎の巨大化により凶悪な生物へと変貌してしまった。

 イーリスは顎に手を当てている。


「石虫と偽木生が巨大化した原因ってなんでしょう。原因を除去したら元の大きさに戻らないですかね」

「うーん。原因としては人為的なものしか考えられないけど…自然発生するのはあり得ないだろうし」

「人為的って何だい。誰かがわざと巨大化させたのかい」

「わざとじゃなく魔術実験の事故の可能性もある。どちらにせよ、巨大化なんてできるのは薬か魔法陣のどちらかしかないだろう。そして、そのどちらも巨大化してしまったら元に戻すことはできない」


 一同は沈黙する。巨大化した偽木生との戦闘は避けられない。となれば、どう倒すか考えるのみ。見た目が木なので火に弱そうであるが。それよりも今日の戦闘でのあの動き。


「アレはもしかして光に弱いか?」

「ああ、偽木生は強い光に当たると死んでしまう。だから暗い洞窟や坑道にしかいない」

「イーリスの光から逃げたのはそのためか」


 クラウスがランタンを置く指示を出したのも、光に対してどう反応するか確認したかったのだ。案の定ランタンは破壊された。

 遭遇時、カリーナのカンテラやイーリスの通常光源では恐る素振りすらなかったが、光量を上げると闇に逃げていた。最大光量では逃げられなかった根が白く乾燥し崩壊している。


「イーリスの光をぶつければ殺れるな」

「そうだよ。根の本体を照らしちまえばいいさ」


 ソルとカリーナはイーリスの方を向く。彼女は微笑むと胸に手を当てた。


「照らすのは任せてください」

「イーリスくんが言うと頼もしいね」


 クラウスは紙を畳んで懐に仕舞う。


「まずは本体がどこにいるのかを突き止めないとね」

「どうする?中に入るとまた襲われるぞ」

「ここは僕に任せてくれ。と言ってもイーリスくんの協力が必要だけどね」


 クラウスは腰のベルトに装着されている小物入れから小瓶を取り出した。小瓶の中には何かの種子が入っている。


「これは魔力を糧にして成長する植物さ。僕が品種改良して作ったんだ」


 手のひらの上に一つだけ種子を載せる。丸くて小さい種子は少しの風でも吹き飛びそうだ。


「イーリスくん、この種に魔力を込めてくれないかい」


 イーリスは頷くと差し出されたクラウスの手に自分の手を載せた。手のひらに固い種子の感触がある。意識を種子に集中して魔力を込める。すると手の隙間から青い光が漏れ出た。

 数秒後、クラウスが広げた五指を握った。


「もう十分かな。ありがとう」


 イーリスは手を下げた。


「んで、それをどうすんのさ」

「まぁ見ててごらんよ」


 クラウスが種子を握った手を掲げ開くと、一斉に細い蔦が伸び始めた。何本もの蔦が広がっては絡まりながら坑道の中に入って行った。


「この蔦は今僕と繋がっている。蔦が伸びる範囲なら生命反応を探知できるはずだ。それにある程度なら空間も把握できる」

「便利だな。最初からこれを使っていたらよかったんじゃないか?」

「これは魔力消費量が大きいからね。僕一人の魔力だったらこんな広い坑道を調べるなんて無理だよ。魔力量の多いイーリスくんがいてくれてよかった」


 クラウスはイーリスに微笑みかける。その間も蔦は伸び続ける。


「イーリスくんは大丈夫かい?結構魔力を消費したと思うんだけど」

「全然大丈夫ですよ」


 その言葉の通りイーリスの顔に疲れはなかった。クラウスは苦笑する。


 それからはクラウスは坑道の入り口に座り込んで、内部の探知に集中していた。探知が完了するにはしばらく時間がかかりそうだ。

 残る三人はクラウスが持ってきた昼食を摂り、各自休憩を取っていた。


 カリーナは岩に腰掛けて痛む脇腹に手を当てている。大きく深呼吸して痛みの部位や程度を探っていた。

 その様子を見たソルは彼女に近づいた。


「大丈夫か。俺が突っ込んだ時に痛めたんだろ」

「あぁ、完全に不意だったからね。でもそのおかげで助かったんだから感謝してる。何、剣を振るのに支障はないよ」


 カリーナは脇腹を軽く叩くと口角を上げた。強がりではないようだ。彼女はじっとソルを見る。


「あんた、あたしより()っこいのに力強いね」

「…俺が小さいんじゃなくてあんたがデカいんだ」


 不機嫌そうなソルの反応が面白かったのか、カリーナはカラカラと笑う。

 ソルは別に背が低い訳ではない。カイやヨルクと同じ体格の彼女が規格外なのだ。今まで会った女性の中で一番大きい。いや、男を含めてもトップクラスに大きい。鍛えられた肉体はその辺の男を軽く凌駕する。恵まれた体格と鍛錬によるものだろう。


「あの、少しいいですか」


 二人の元へイーリスがやってきた。彼女の肩にはまだパンを齧っているアビィがいる。


「どうした?」

「お二人の剣を触らせて欲しいんです」


 イーリスの五指がわきわきと動く。


「剣を習いたいのかい?」

「いえ、新しい魔術を創りたいんです。攻撃の魔術なので剣のイメージがいいかなと」

「そういうことかい。いいよ、ちょっと待ちな」


 カリーナは背負っている両手剣を手に取り、布で刀身の汚れを拭いた。幅広の刀身には幾つもの傷があるが刃こぼれ一つない。イーリスの背丈程ある剣をカリーナは軽々と扱い、彼女の目の前に差し出した。


 イーリスは片手で両手剣の柄に触れた。そしてそのまま刀身へと手を滑らす。


「刃には気をつけな。指が切れちまうよ」


 カリーナの忠告に頷きながら指を這わせていく。硬く冷たい刀身、滑らかな刃。触ることで、探知で把握している剣の形状に質感が追加された。イーリスの頭の中でイメージが確立されていく。


 次はソルの剣に触れる。鞘から抜き放たれた刀身は一般的な剣よりもやや短い。緩く湾曲した片刃の剣は良く手入れされており曇りがない。刀身に触るイーリスの指が映っている。

 イーリスの脳裏には角狼や偽木生と闘うソルの動きが再生されていた。彼の動きは速く、探知では全然追いつかない。だが、鮮やかに敵を斬り伏せていることは何となく分かる。彼の間合いに入った敵が次々と斬られていく。

 あのようにするには…


「イーリス?」


 ソルが不思議そうにイーリスの顔を見ている。

 イーリスはいつの間にか剣に指を載せたまま微動だにしていなかった。思考の海に浸かっていたようだ。

 あまりにも動かないのでソルは彼女に声をかけていた。


「魔術の構成を考えていました」


 イーリスは剣から手を下ろした。二人へ頭を下げると、再び考え込んだ様子で離れた場所へ歩いて行った。アビィが肩から降りて周囲を散策している。

 削り出された岩が並ぶ広場でイメージを具現化するべく集中した。


 そんな彼女をソルは遠目に見守る。青白い光が出現しては霧散を繰り返していた。

 ソルは何となく、まだ新兵だった時のことを思い出した。目標に向かって試行錯誤を繰り返すのは魔術師も同じか。

 いや、自分と彼女を同等に考えるのはおこがましいか。そう思い、近くの岩に腰を下ろす。手持ちの装備の消耗具合を確認する。


 厚い雲の隙間から光の帯が降りてくる。大地をまだら模様にしながら移動していく。

 ソルは手甲の留め具を調整しながら天からの光を眺めた。

 一筋の帯がイーリスとその周囲を照らしている。彼女は指揮者のように空いた手を動かしていた。まるで舞台で楽団を指揮しているかのようだ。青白い光と燐光が太陽光を受けてキラキラと輝く。

 荒涼とした風景の中、ソルは彼女とその周囲にある種の神々しさを感じた。何故だか目が離せなかった。


 なので、近くにいるカリーナがやたらニヤニヤしながら、ソルとイーリスを交互に眺めていることに気づく由もなかった。


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