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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
32/72

32、とある戦場の話

 朝食はまた全員分クラウスの部屋に届けられた。

 クラウスは部屋に戻るなり時計を確認すると、パンを引っ掴み部屋を出た。書庫が開く時間らしい。

 残されたソルとイーリスは彼の部屋で朝食を摂ることにした。


「カリーナさんは来ないんですかね」

「朝食はいいから寝るそうだ」


 ソルの言葉にイーリスのパンをちぎる手が止まる。


「私のせいですね」

「カリーナを朝まで離さなかったらしいな」


 イーリスは静かに頷く。


「カリーナさんは気にしないでと言ってましたが、凄く迷惑をかけてしまいました…」


 彼女の膝にいるアビィがパンを催促する。イーリスは思い出したように、ちぎったパンをアビィに渡す。

 ソルの脳裏には、カリーナから言われた言葉が蘇った。同じベッドで寝るだと?それはできない。だが、誰かが彼女の部屋にいた方がいいことは理解しているつもりだ。ただ、その役は自分ではく他の誰かにやってもらいたい。女性限定で。


「鉱山に行く時にまた謝ればいいさ」


 問題を先送りにしてもどうにもならないが、今はそう言うしかなかった。

 イーリスの表情が少し軽くなる。


「そうですね」


 朝日が差し込む部屋で二人は黙々と手と口を動かす。



 三人が宿から出た時は空に雲が増えていた。差し込む陽光を遮るすっきりしない天気となった。

 歩くカリーナの手にはハムやチーズを挟んだパンが握られていた。イーリスがカリーナのために準備しておいたものだ。


「わざわざ悪いね。そんな気にしないでいいんだよ」


 パンにかぶりつくカリーナ。その顔には疲労感はない。しばらく寝たことで回復したようだった。


「いえ、このくらいはさせてください」

「お嬢ちゃん、じゃなくてイーリスは律儀だね。こんないい魔術師の盾ができるあんたは幸せ者だよ」


 カリーナは横目でソルを見た。被ったフードで彼女からの視線は遮られているが、言いようのない圧を感じる。


「そういや、あんたは何でいつもそんなの被ってるんだい?」


 急に触れて欲しくない話題を振られソルは言葉に詰まった。


「…夜目が効くと言ったろ。だから普通の光は眩しい。これを被っていると楽なんだ」

「ふーん」


 それっぽい理由を捻り出して誤魔化す。カリーナは何か言いたそうにソルの頭を凝視している。


「ま、誰でも見られたくないとこはあるよね」


 最後の一口を口に放り込むと、一人納得した様子だった。それ以上追求する素振りのない彼女に、ソルは安堵した。

 パンを食べ終えたカリーナはイーリスに美味しかった旨を伝える。イーリスは嬉しそうに微笑んだ。


 一行は門を括り、鉱山へと続く山道を歩いて行く。ソルの両手には宿から提供されたランタンがあった。 その数八個。動く度にカチャカチャと音が鳴る。


「でも何でランタンなんか置きに行かないといけないんだろうねぇ。イーリスはあいつから何か聞いていないかい?朝、魔術の訓練一緒にしてただろ」

「いえ、何も聞いていません」


 カリーナは首を捻って考えている。ソルもこの指示の理由がわからない。それはイーリスも同じだろう。答えは後ほどクラウスが説明してくれるはずだ。

 それよりもソルは気になっていた事をイーリスに尋ねた。


「魔術の訓練?は何をやっていたんだ?」


 ソルは魔術に関しては何も分からない。だが、聞いておきたかったのだ。


「防御結界の構成から展開、維持そして応用まで全部一から教えてもらっていました。おかげでパワーアップしましたよ」

「それはよかったな。それで、その訓練はクラウスから誘われたのか?」

「いえ、私からですよ。昨日光の魔術を教えてもらった時に思ったんですが、クラウスさんに教えてもらうととても分かり易いんです。なので私の魔術を評価してもらって、改善した方がいいところがあれば教えてもらおうと思いまして」


 嬉しそうに話すイーリス。今までおばあちゃんからしか魔術を教わっていない。おばあちゃんの説明は擬音が多く、分からないと言っても感じろ、と一蹴されるばかりだった。そんな彼女にクラウスの説明は、スッと頭に入り理解し易かった。

 そんな背景を知らないソルはの心の中では、またあのもやりとした感情が頭をもたげていた。


「クラウスさんのおかげで魔術の世界が広がったように感じます」


 イーリスのきらきらとした瞳が美しい。だがその瞳の持ち主の意識はここにいない男に向いている。それが気に入らない。ソルはここで自覚した。自分は嫉妬しているのだと。

 そんな感情が生まれていることに驚く。それと同時に羞恥心が湧いてくる。こんな子供じみた感情が心を占めるとは。いい歳して情けない。


 頭を振って気持ちを落ち着かせる。

 そんな彼の様子を見ていたカリーナは何も言わずニヤリと笑った。



 坑道に着いた三人はまた一列になり進んで行く。ソルを先頭にしてカリーナが最後尾を務める。

 坑道内は昨日と変わらず、静かで薄暗かった。ソルの両手のランタンが煌々と道を照らす。


「毎日こんなとこに潜ってると気が滅入るね。まぁ、傭兵してた頃に比べたらマシだけど」

「カリーナさんは傭兵だったんですか?」

「そうさ。金を稼ぎたくてね、あちこち行ったよ」


 カリーナは盾になる前は傭兵として各地を転々としていた。傭兵は国には所属しない。個人の私兵や商隊の護衛、戦時の戦力など荒事を多岐に渡って請け負っている。成功報酬は高いがその分リスクも高い。


「商隊やお貴族様の護衛をやってる時はまだよかったんだけど、二年前報酬に釣られてガルドラントの紛争地帯に行ったのが運のツキだったね」


 二年前、ガルドラントの紛争地帯、この言葉にソルは嫌な予感がした。


「何かあったんですか?」

「あったんだよ、ヤバいことがね」


 そしてカリーナは二年前の出来事を語り始めた。

 ガルドラントはもう何十年も氏族領同士の争いが絶えない状態だった。その時も二つの氏族領が領線を巡って争いを繰り返していた。

 カリーナは位置的にエリシス側に近いルーザ氏族領に雇われて、大勢の仲間たちと領境に来ていた。ルーザ氏族領は敵対するカラギス氏族領に比べ、兵力も領土も優っていた。

 皆、この戦は直ぐに終わると楽観視していた。実際、敵は及び腰で領土を広げることは容易で、目標の森林地帯に到達するのにさほど時間はかからなかった。

 楽な仕事だと思っていた矢先、事態は急転する。


 それは月明かりのない新月の夜だった。味方の野営地が襲われ、一夜にして数十人が殺された。殺された者は皆一様にして急所を貫かれていた。

 また、奇妙なことに襲撃された野営地から少し離れた別の野営地は襲撃されていなかった。それに、あれだけの人数が殺されているというのに何も聞こえなかった、と襲撃されなかった野営地の者は証言した。

 この襲撃事件を皮切りに、月の出ない暗い夜には必ず野営地が襲撃されるようになった。どの野営地でも同じように一人残らず静かに殺されていた。

 カラギスの刺客なのだろうが、生き残りや目撃者がいないので襲撃者がどのような人物かも分からない。


 優勢だった味方側の勢いが落ちたのは言うまでもない。

 暗い夜は灯りを絶やさず見張りを増員したが、やはりどこかの野営地は襲撃され皆殺される。次は自分たちの野営地が襲撃されるのではないかという不安で一杯だった。

 ルーザ氏族領の兵たちは魔犬(ガルム)ではないかと囁いている。魔犬とはこの国の伝承にある架空の生物だ。戦地に現れては生者も亡者もあの世に連れて行くらしい。馬鹿馬鹿しかったが、そんな伝承を信じてしまうくらいには恐怖で満たされていた。

 カリーナや仲間の傭兵たちは正直撤退したかったが、雇い主である領主がそれを許すはずもなかった。


 そんな事態が続いて約一ヶ月。その日は綺麗な満月だった。いつもより大きい月に照らされて、皆安堵していた。月の出る夜には襲撃がないからだ。

 カリーナもその夜は安心して横になっていた。だが、その安らぎは遠くから聞こえてきた悲鳴により壊された。

 どこかの野営地が襲われている。皆武器を取り警戒した。目を凝らして襲撃者を探す。そうしている間にも次々と悲鳴や断末魔が聞こえてくる。声の方向から北の野営地が襲撃されていると判断した。意を決して仲間と応戦に向かう。

 その時、運悪く月に厚い雲がかかってしまった。一気に視界が悪くなり、向かう足取りが遅くなる。

 カリーナたちが着いた時にはもう声は聞こえなくなっていた。松明で辺りを照らすと、今までとは違う凄惨な有り様になっていた。

 散らばる手足に転がる頭。腹を派手に裂かれたのか死体の周りに広がる臓物。何かが滴る音がする。松明を掲げると木の枝に腕だけが引っかかっていた。地面は一面血に濡れ、灯りを反射してぬらぬらと光っている。

 あまりの惨状に皆動きが止まる。これは人間の仕業なのか?

 警戒しつつ辺りを探索すると仲間の悲鳴が聞こえた。悲鳴の方へ向かうと仲間の一人が腰を抜かしていた、彼は声も出せず、しきりに前方を指差している。恐る恐る松明をかざすと、灯りの届かない闇の中に何かがいた。

 何か、が動く。するとごとり、と音がした。そして同時に緑に光る二つの目がこちらを見た。

 その場にいた全員が息を呑む。

 緑の目は低い位置にあり、四足獣のように見えた。


 誰かが上擦った声で"魔犬だ!!"と叫んだ。それから恐怖が伝染するのは一瞬だった。全員蜘蛛の子を散らすように逃げだした。カリーナも例に漏れず逃げる。

 幸い、雲から月が顔を出したことで視界が確保しやすくなった。カリーナは一瞬だけ後ろを振り返る。だが、あの"何か"がいた場所には死体のみで何もいなかった。


「そっからは雇い主の言う事無視して逃げ帰っちまったよ。命の方が大事だからね」

「何か怪談話みたいですね」


 思い出して眉を顰めるカリーナに対してイーリスは面白い話を聞いたようにワクワクしていた。ソルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「結局アレが何なのかは分からずじまいさ。もしかしたら本当に魔犬(ガルム)だったのかもしれないね」

「魔犬ですか。未知の魔物の可能性もありますよね。興味深いです」

「そうだね。人間があんなことできるとは思えない。身体のパーツがあちこち散らばってたからね。あんな酷いのを見たのは初めてだったよ。あたしがバラバラになる可能性もあったんだ。もうごめんだね」


 女子二人が魔犬の考察をしている。特にイーリスは真面目に考え込んでいた。


「ねぇ、あんたガルドラント出身だろ?魔犬のこと何か知らないかい?」

「俺がガルドラント出身だと何故分かる?」


 急に話を振られたソルは微妙に逸れた返答をする。


「そんなの見りゃ分かるよ。その双剣も防具もあっちでよく見かけたからね。んで、魔犬は?」

「いや、俺は遭遇したことがないから何も知らない」


 思っていた答えが得られなかったカリーナは、イーリスとまた魔犬考察を始めてしまった。


 ソルはいい加減話題を変えたくなり声をかけた。


「それで?傭兵辞めて盾になったのか?」

「そうだよ。雇い主の命に背いて逃げちまった傭兵に仕事なんて来ないからね。ま、でもあのまま傭兵やってるより今の方がいいから、傭兵に未練はないよ」


 カリーナはカラカラと笑った。

 話がひと段落した時、ちょうど穴のあるエリアまで来ていた。

 それからは魔物の襲撃に備えて周囲の警戒を強める。



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