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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第一章 旅立ち
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3、追う者

 森の中の小さな家の前には長身の男がいた。フード付きの外套を被り目以外は布で覆われている。表情はあまり分からないが、屈強な体は外套越しでも見てとれる。

 鋭い眼光は常に周囲を警戒していた。

 森の茂みと家の裏手にはそれぞれ部下が待機しておりいつでも行動できるようにしている。


 隊からの脱走者を追跡してはや十日。何回か追い詰めたが、その度にするりと逃げられている。夜目が効く獣憑きは厄介だ。おまけにこんな危険な森に逃げるとは。


 だが、この追跡劇も終わるだろう。

 遠目でこの家窓から赤銅色の頭が見えた。脱走者が居るのは間違いない。

 この家の住人も居るだろうが一々交渉していられない。脱走者が抵抗すれば家財の一部くらいは破損してしまうかもしれないが、そこは金品で収める事とする。

 男は腰の剣に触れ家の扉に近づいた。

 が、その時


「やめろ!」


 家の中から聞き覚えのある声が響いてきた。次いで何かが倒れる音。

 男は間髪入れず扉を蹴り開けた。錠前が勢いよく吹き飛ぶ。

 室内に入ると予想外の光景が広がっていた。


 床には標的である脱走者が血を流して倒れており、ピクリとも動かない。そして床下からは巨大な芋虫が生えていた。芋虫の先端には触手が生えた口があり、粘液を垂らしながら大きく開く。

 芋虫の意図を読んだ男はさせまいと短剣を投げたが、硬く柔軟な表皮に跳ね返された。

 ぬらぬらと光る口は俊敏な動きで脱走者を捕え、頭から飲み込んでしまった。


 異変に気付いた仲間達がやって来た。男の左右に並ぶ。男と同じような格好をした二人も室内の光景を見て驚愕の表情になる。


「今の声、標的は!?」

「あれに喰われた」

「生け取りにせよとの命令でしたよね。どうするんですか」


 まさか捕えるはずが魔物に喰われてしまうなんて、予想だにしていなかった。


「あいつの腹を裂けばまだ間に合うかもしれない。簡単にくたばる奴じゃないだろう」

「例え死んでしまったとしても証拠になる頭か目がないと、逃亡幇助を疑う面倒な奴らがいますからね」

「じゃあさっさとこいつを殺っちまおう!」


 三人の殺意を受けて芋虫が長い胴体をくねらせる。

 臨戦態勢の男達はそれぞれ腰の獲物を手に取り、芋虫に斬りかかろうとしたが足が動かなかった。

 足元を見ると床から青い燐光を放つ半透明の蛇が生えており、両足首にがっちり巻きついていた。


「私の友達に危害を加えるのはやめていただけませんか?」


 芋虫の後ろからローブを着た小柄な女が出てきた。感情の読めない声。フードで顔は見えない。右手には杖をついていた。


「お前の仕業か」

「今丁度食事中なので邪魔しないでください」

「それはできん」


 男は渾身の力で足を動かそうとするも無理だった。仲間達も同じようだ。

 ならばと刃を蛇へ振り下ろすも澄んだ音を立て弾かれてしまった。

 男の左側の部下が女へ棒のような暗器を飛ばすが、命中する直前で何かに弾かれ床に落ちた。


「魔術師か、厄介ですね…」


 今は魔術に対抗できる装備がない。対人戦闘に長けた三人でも、魔術師に先制をとられてしまっては圧倒的に不利だった。

 芋虫に気を取られて女の存在に気づかなかったのは大きな痛手だ。

 魔術師はおかしい奴が多いがこの女は群を抜いている。人間を餌にするとは。このままでは自分達も餌になりかねない。

 芋虫は威嚇するように短い触手がついた口を開いた。


「今日はお客様(エサ)が多くて喜ばしいことですが、もうお腹いっぱいみたいなんですよね」


 女は芋虫の表皮を撫で、開け放たれた扉を指した。


「邪魔をしないならお帰りいただいてもよろしいですよ?」


 足を縛める蛇が消えた。


「それともここで順番待ちします?」


 女が不気味に笑う。

 男は撤退を考えたが右側の部下はそうではなかった。


「舐めるな!」


 素早く女に飛び掛かり双剣で首を狙う。だがやはり刃は女の目前で青白い壁に阻まれた。それでも構わず剣を押し込む。

 青い燐光を散らしながら少しだけ刃が前に進んだ。 だが、急に首に圧迫感が出現し息が苦しくなった。

 女への攻撃を諦めて距離を取り、首に触れると何かが巻きついていた。

 それは他の二人も同様で、いつの間にか半透明の蛇が首を締め上げている。

 何とか呼吸は出来るが、苦しくてこれ以上動くことができない。


 芋虫が短い足を動かしピィと鳴いた。


「そんなにエサになりたいんですね。ありがたいんですが、この子次はもっといい物を食べたいそうです。味にうるさいんですよ」


 女は深いため息をついた。

 男達の首の拘束が緩む。


「エサにならない物は後処理が面倒なのでお帰りください」


 女の冷え冷えとした言葉に、三人は大きく息を吸い込むと迷う事なく家から脱出した。








 イーリスは家の周囲をできるだけ広範囲に魔力探知したが、もうあの追跡者達の反応はなかった。

 白い手が芋虫の背中を優しく二回叩く。膨らんだ腹部が蠕動し一人の人間が吐き出された。

 ベトベトの粘液に塗れているが、その顔は弛緩し心地良さ気であった。


「もう大丈夫ですよ」


 ソルは現実に引き戻された顔をしてイーリスを見上げた。


「本当だろうな?」

「えぇ、あなたはこの子に食べられて死体も残らず死んだことになりましたからね」


 イーリスは芋虫を撫でた。

 目の前の巨大な芋虫のような魔物はイーリスに懐いており大人しい。




 追い詰められたあの時、ソルはイーリスに助けを頼んだ。

 彼女は床の扉を開け、床を独特なリズムで叩いた。すると床下の地面からゆっくりと巨大芋虫が現れた。 ソルは思わず後ずさる。


「これからは私の指示に従ってください」


 凄く嫌な予感がしたが、助けてもらう以上従うしかない。

 彼女の指示通り手のひらを剣で傷つけ、血を顔につけた。床にも少し垂らす。


「リアリティが出ましたね。ではこの子に一度飲み込んでもらうので、ここに転がって動かないでください。動くとこの子が傷ついてしまうので」


「は?」


 巨大芋虫がズルリと近づいてきた。

 助けてもらうとはいえここは異論を唱えたい。


「ちょっと待て、他の」

「待ちません」


 イーリスは無慈悲に言葉を遮ると、芋虫の背中を軽く叩いた。

 芋虫が更に近づく。ソルの足が後退しようとするが、両足が何かに固定されており動けなかった。


「やめろ!」


 反射的に叫ぶと同時に、両足を凄い力で後方に引っ張られ前に倒れた。

 ソルは体を起こそうとしたが追っ手が扉を破って来たので、動かず意識のないふりをした。

 これから起こる事を想像すると背筋が寒くなるが、追っ手と命を賭けて交戦するよりマシだと…思う事にした。


 そして一瞬で飲み込まれる。

 以外にも芋虫の体内は心地良く、上等な絹のクッションに包まれているようなふわふわとした感触だった。身動きはあまり取れないが、空気の層もあり息苦しさはない。

 暗闇の中、外の音は僅かに聞こえる程度だ。

 粘液で溶かされるようなこともなく、ただひたすらにふわふわと包まれているだけ。目を閉じると雲の中にいるのではないかと錯覚する。芋虫が動くとそれなりに揺れるが、気にならない。

 何もかも忘れて、ずっとここに籠っていたい…そんな思いが生まれる。

 あまりの心地良さに思考低下していると、体が揺れ外に吐き出された。



 これがソルの現在に至るまでの流れだ。

 死んだと勘違いしてくれたのであれば、もう追われることはないだろう。

 本当にイーリスは助けてくれた。どさくさに紛れて芋虫のエサにされることもなかった。思っていたよりまともな人なのかもしれない。

 立ち上がりイーリスに向かう。


「恩に着る。何と礼をしたらいいか」


 深々と頭を下げ礼を示す。あと心の中で頭のおかしそうな奴と思ってすまん、と謝罪した。


「助けてもらったからには取引に応じよう。そっちの望みは?」


 イーリスの反応を見る。

 相変わらず無反応のようだったがよく見ると杖を持つ手が小刻みに震えていた。

 どうしたのかと声をかけるか迷っていると、急に両手が伸びてきて服を掴まれた。持ち手を失った杖が床に転がる。


「お願い…助け…」


 そう言うと倒れ込んでしまった。ソルは慌てて抱きかかえる。その拍子にイーリスの顔を覆うフードが落ちた。

 長い艶やかな黒髪に長い睫毛、まだ幼さの残る少女の顔がそこにあった。顔の横の髪は一房だけ白髪で光の加減で輝いて見える。

 瞼が開けられるとそこには、夜明けの空を閉じ込めたような色の美しい瞳があった。ソルを見上げているようだが視線が合う事はない。


「おばあちゃんを…探して…」


 声は無機質なものではなく、年相応の感情の篭った声だ。だが、その声は続くことはなかった。

 イーリスの両目が閉じられ体から力が抜けた。気を失ったようだ。


「どういうことなんだ」


 助けてもらったイーリスに今度は助けを求められるとは。

 こちらはこちらで深刻な事態のようだ。

 ソルの傍らで芋虫が心配そうにピィと鳴いた。



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