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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
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29、暗闇に潜む何か

 一行は再び歩みを進める。光源が増えたことで、照らされる範囲が広くなった。

 通路の端には壊れたカンテラが増えていき、とうとう吊るされたカンテラは一つも無くなった。カンテラに入っていたであろう石も光っていない。ここからは光源がなくなったら暗闇に包まれるだろう。


 坑道をひたすら下って行くと、岩肌に人が入れそうなくらいの大穴が空いていた。


「何だこれは」


 クラウスが大穴を覗く。穴はトンネルのように長く深いようで照らしても先が見えない。


「まだあるぞ」


 ソルが前方を指す。その方向を照らすと同じような穴がいくつも空いていた。彼はさっき光騒動の際に聞こえた音を思い出す。


「イーリスが光を放った時に奥で何か動いた音が聞こえた。魔物の可能性がある。ここからはより警戒した方が良さそうだ」


 一行に緊張感が漂う。この穴が魔物の通り道なら横や上部からも攻撃を受ける可能性がある。なるべく壁から離れるよう一列で進むことにした。

 先頭をソル、最後尾をカリーナにして間にイーリスとクラウスを挟んだ。 

 各々周囲を警戒しつつ進む。

 穴は地面にも空いている所がありソルは後ろのメンバーに注意を促す。これだけ穴が空いていると坑道が崩落しないか心配になる。魔物と戦闘になったとしてもあまり派手なことはできない。


「こんな穴を空ける魔物に心当たりはあるか?」


 ソルは後方のイーリスに問うた。彼女は少し考えているようだったがすぐに首を横に振った。


「穴を掘ると言ったらミミワを思い出しますけど、あの子たちは新鮮な植物が豊富にないと生きていけないので違うかと。他に私の知りうる魔物の中にはいないですね」


 ソルの故郷の砂漠には砂の中で生きる魔物がいるが、岩石に穴を空けるようなものは確認されていない。

 クラウスやカリーナの意見も聞きたいと、イーリスの後ろに目を向けると土気色の顔が見えた。クラウスは脂汗をかいており足取りも重い。彼の最高到達地点からだいぶ進んでいる。そろそろ限界なのだろう。


「おい、今度こそ戻ったらどうだ」


 クラウスは足を止めない。もはや根性だけで歩いていた。一度抱いた恐怖心を抑え込み続けるのは容易なものではない。


「確かこの先に広めの分岐点がある。せめてそこまでは行く…」


 絞り出すように何とか答える。

 カリーナが地図を出し確認する。ほど近くに広い空間がありそこから四方に坑道が伸びているようだ。


 歩調が落ちたクラウスを引き離してしまわぬようにソルはペースを落とした。気に入らない男であるが恐怖心と闘い続ける気概は嫌いじゃない。


 そのまましばらく進むと広い空洞に出た。天井も高く音が反響する。壁から地下水が浸み出しており水滴が滴っていた。そしてここにも穴が多数空いている。


「周辺に生き物の反応はありません」


 探知の範囲を広げ調べた限り新たな生命反応はない。


「ひとまずは大丈夫そうだな」


 一行は空洞内を捜索して回る。するとソルが一振りの剣を発見した。それは騎士団が標準装備している剣だった。剣に鞘はついておらず抜き身の状態で、乾燥した赤黒い血痕が刀身に付着していた。


「ここで襲われたのか」


 よく見ると地面にも乾いた血痕が残っていた。量は多くない。血痕を辿ると穴に続いていた。襲われ穴に引き摺り込まれたようだ。


「こりゃマズい臭いがぷんぷんするね。あっちにも壊れた武具やらランタンが落ちていたよ」


 側にやってきたカリーナが血痕を照らし出す。彼女の手には鎧であったであろうものの一部が握られていた。ひしゃげて原型を留めていないそれの裏面には、赤褐色の血痕が付着している。


「捻り切られたようになっているな」

「鎧を捻り切る奴がお相手とは、割に合わない仕事だよ」


 カリーナは軽口を叩きながらも周囲への警戒は怠らない。

 その時イーリスの息を飲むような声が聞こえてきた。即座に彼女の元へ行く。目を見開いたイーリスは立ち尽くし硬直していた。


「どうした?」

「なななな、何かがく、首すじに…!」


 イーリスがこんなに狼狽しているのは初めて見た。彼女の首に視線を落とすと、黒髪の隙間からくねる白い糸が出ていた。糸を引っ張ると意外に長く、腕くらいの長さがあった。引き出された糸はうねうねと蠢きソルの手に絡みついてきた。鋼線が絡んでいるような感触がする。


石虫(ストーンワーム)じゃないか」


 同じくイーリスの声を聞いて来たクラウスが興味深そうに見ていた。広い場所に出た為か、幾分顔色が戻っている。


石虫(ストーンワーム)っておばあちゃんが退治した虫ですよね」


 イーリスは首の後ろをさすっている。まだ石虫が這いずっていた感覚が消えないのか手には力が入っていた。

 ソルが頭上の岩肌を見上げると同じ糸くずが多数這っているのが確認できた。あれが落ちてきたのだろう。小さな虫は普通の魔力探知には引っかからないので、彼女は石虫の存在に気づけなかった。

 何も言わず騎士の剣を置き、イーリスの頭にローブのフードを被せる。察した彼女は首元のローブをキュッと寄せた。

 クラウスも頭上の石虫に気づく。


「巣ごと退治したと僕も聞いている。でもおかしいな。巣を全部潰したにしては数が多い」


 彼は顎に手を当てて首を傾げる。

 石虫はソルの手に絡みついたまま、頭なのか尻なのか分からない体の先端で彼の指先をつついていた。痛みはなくくすぐったい。


「餌を探しているようだね」

「こいつらの餌は何だ?」

「鉱物だよ。小さな歯で削り取るんだ。貴重な鉱石を穴だらけにする鉱山夫の嫌われ者さ」


 ソルは絡む石虫を地面に放した。石虫はゆっくりと地面を這って行く。

 ソルとカリーナは、二人の魔術師に見つけた遺品や血痕のことを話した。クラウスの表情が曇る。


「覚悟はしていたけど強力な魔物のようだね。できれば相対したくないよ」


 心からの声にソルとカリーナは賛同する。


「でも高位の魔物は余程のことがなければ縄張りから出ることはありません。今までいなかった場所に突然現れるなら何か理由があるはずです。少し興味深いですね」


 イーリスの目には好奇心の色が見え隠れしている。あの森で常に魔物と近い生活を送っていた彼女は、恐怖心よりも魔物の生態への好奇心が優っていた。


「死体がないと言うことは捕食されたと考えた方がいいですね。ここが狩場になったのでしょう。でも、この二週間は誰も来ていないので餌にはありつけていないはず。それなのに何で私たちは襲われないんでしょうか」


 彼女の冷静な分析にクラウスが唸る。飢えた魔物なら久々にやってきた餌を逃すことはしないだろう。


「確かにそうだ。もうすでに何処かよそへ寝ぐらを移した、とかだったらありがたいんだけどな」


 クラウスの口から乾いた笑いが溢れた。


 その時地底から何かが這いずるような音がした。地面から空いた穴から反響して聞こえてくる。

 一行は素早く臨戦体制に入った。盾二人は、背中合わせになった魔術師たちの前にそれぞれ立つ。ソルは双剣をカリーナは両手剣を構え穴に視線をやる。

 イーリスの魔力探知に反応があった。


「下から大きな生命反応があります!数は三つ、地下なので形状はよく分かりませんがとにかく長いです!」


 長い、とは。蛇やワームのような形状なのかもしれない。地面の穴からなるべく距離を取る。音は徐々に近づいていた。


「来ます!」


 イーリスの声と同時に、地面の穴から白い物体が噴出されるように三体出てきた。それはイーリスの言うように長く、穴と胴回りはほぼ同じサイズだった。巨大な太った蛇に見えたが、頭部には目がなく中央に鷲の嘴に似た口が生えていた。


 その魔物たちは警戒している人間たちなど気にしていない様子で、頭を忙しなく動かしていた。まるでどの穴に入るか決めあぐねいているようだった。


「敵意は感じない。このまま様子を見よう」


 クラウスが小声で皆に伝える。こちらへの敵意がないのであれば下手に刺激することは悪手になる。警戒しつつ魔物たちの動向を観察した。


 魔物の一体は上の穴に、もう一体は右手の壁の穴にずるりと入って行った。最後の一体は空洞上部の壁から剥き出しになっている鉱石を鋭い嘴で砕き食べていた。ごりごりと鉱石が削られ、口腔内にある巨大な臼歯で粉砕され飲み込まれる。


 魔物はそのまま近くの穴に入ろうとしたが、突如として現れた触手に全身を絡み取られ動きを止められた。抵抗し、身体をくねらせるが拘束は解けない。

 触手は地面の穴から伸びており、魔物を穴に引き摺り込もうとしている。魔物は頭を大きく振って身体を前進させ逃れようとしていた。地面をのたうつ振動が伝わってくる。

 だが、同じ穴から追加の触手が伸び素早く魔物を締め上げた。

 魔物の抵抗虚しく、あっという間に穴に吸い込まれて行った。残るのは静けさのみ。


 急な一連の出来事に一行は呆気にとられていた。


「何だったんだ…」


 皆の気持ちを代弁したかのようなクラウスの呟きが溢れて空洞に消えていく。


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