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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
28/71

28、坑道を照らす光

 薄暗い坑道から曇天の空の下に出る。女は適当な場所に男を転がした。そして無理矢理耳を塞いでいる手を剥がすと大声で叫んだ。


「外だよ!」


 男は恐る恐る目を開ける。分厚い雲と空に向かって聳える山が目に映ると、安堵した様子で起き上がった。暗めの金髪に萌葱色の瞳の男は、女を見上げると両手を合わせた。


「いやー全くもって申し訳ない。でも昨日より長い時間坑道に入っていられただろう?」


 男は乱れた髪を整えながら得意気にしているが、女は冷めた目で相手にしない。無言で背部の杖を外し、男に押し付ける。杖を受け取った男は緑の魔石を一撫でし、その輝きを確認した。


「よし、もう一度入ろう」


 男が坑道の方へ体を向けたところで、ソルとイーリスの存在に気づいた。すると服に付いた砂埃を綺麗に払い佇ずまいを正した。イーリスに向かって恭しく一礼する。


「これはこれは可愛らしい魔術師のお嬢さん、こんなところに何か用事でも?」


 爽やかに笑みを浮かべる男は、先程まで耳を塞いで縮こまっていたとは思えないくらい自信と余裕に満ち溢れていた。


「私たちも魔物退治に参加しに来ました。この二週間の状況を教えてください」


 まるで近所の清掃活動に参加しに来たような気軽さで話すイーリスに男は面食らった。魔術師であっても魔物が関連するような事象に関わりたくない者が多い。何故なら危険度が高いからだ。

 それなのにこの少女は恐れも無く淡々としている。見た目は見習いにしか見えないが、まるで高位の魔術師であるような振る舞いに男は戸惑った。


「お嬢さんは協会から追加派遣された魔術師かな?」

「いいえ、違います。ジルさんに頼まれて来ました」


 イーリスはこれまでの経緯を軽く話した。男は始めこそ困惑の表情だったが徐々に喜色満面となっていく。


「つまり、君たちは僕たちの手伝いをしたいと言う事だね」


 腕を組んでうんうんと頷く男。

 何かいちいち偉そうで、ソルはこの男の行動が気に触って仕方なかった。魔物を退治したいだけであんたの手伝いをしたい訳ではない、と喉まで出かかったがイーリスの手前ぐっと飲み込んだ。


「そっちの情報も教えてくれ。探索が進まない理由は何となくわかったが、少しくらい魔物の手がかりは掴んでるんじゃないのか」


 男は笑みを湛えたままゆっくりと首を横に振る。ソルは呆れて何も言えなかった。イーリスに至っては無だった。

 そんな二人の様子を見た女がため息をつき、これまで調査した内容をや状況を話し出した。


 まずは自己紹介。魔術師の男はクラウス、盾の女はカリーナと言う。協会から依頼を受けてこの街へ来たが、クラウスの閉所恐怖症のせいで一向に調査が進まずにいた。仕方なく協会に魔術師の追加要請をしたのが五日前。だがやはり未だ返事はない。

 まだ坑道内の浅層の一部しか調査出来ていないので魔物に遭遇すらしていない。鉱山夫たちが行方不明になったのは深層であり、まずはそこへ到達するのが目標であるとのこと。

 二週間も経過してそれだけとは。ソルは街の住人に同情した。


「…そもそも閉所恐怖症のくせに何でこんな依頼受けたんだよ」


 ソルの声には刺々しさが含まれている。だがクラウスはどこ吹く風といった様子だ。


「僕も好きで受けた訳ではない。他に人員がいなかったんだ。それにこの前洞窟の調査で平気だったから、閉所恐怖症は治ったものだと思っていてね」


 洞窟は平気で坑道は駄目とは閉所恐怖症は不思議なものだ。


「あの洞窟は馬鹿デカかっただろ。全然閉所じゃないよ」


 カリーナから鋭いツッコミが入った。クラウスは明後日の方向を向き髪をかき上げる。

 つまりは協会の慢性的な人手不足のせいだ。依頼に見合った魔術師を派遣できていない。その結果がこれだ。


「あんたが閉所恐怖症を克服するのを待てる程、この街の者には蓄えがないぞ」


 流石にクラウスもその事は理解していたらしく、不機嫌そうに答える。


「だから協会に増員要請したんだよ。ま、返事はこのまま無いだろうけど。いつもの事さ。それに僕だって努力している。そんなにつっかからないてくれないか」


 ソルとクラウスの間に不穏な空気が流れ始めた。

 カリーナはこの状況に飽きたのか、腰に装備している小振りの戦斧の手入れをしている。

 あまり人同士の空気感を読めないイーリスは険悪な雰囲気に気づかない。


 そんな空気感を壊したのは地面から伝わる地響きだった。山肌からパラパラと小石が落ちてくる。地響きは五秒ほどで収まり静けさが戻った。


「たまにこんな地響きが起きるんだ。強くはないが坑道内で起きると落盤しないかヒヤヒヤするよ」


 カリーナが戦斧の刃を布で拭きながらぽつりと漏らした。

 この地響きが魔物と関連しているのかは不明であると。自然現象の可能性もあるが用心するに越したことはない。


 イーリスはソルの腕に手を置いた。


「ソルさん、時間が惜しいです。調べに行きましょう」


 ソルはクラウスと離れたかったので同意し、二人で坑道へと踵を返した。

 するとクラウスまでついて来た。


「ついてくるな、足手纏いだ」


 ソルの冷たい視線が注がれるが、クラウスは無視しイーリスに話しかけた。


「イーリスくん、これは僕の仕事でもあるから同行してもよろしいかな?」

「構いませんが、遅れても待ちませんからね」


 イーリスは歩みを止めることなくそう言い放った。拒否されなかったことで、クラウスは余裕の笑みをソルに送った。ソルは見なかったことにして怒りを鎮静化させる。

 クラウスの背後には渋々といった顔のカリーナがいた。


 こうしてようやく鉱山内の探索が始まった。


 坑道内は相変わらず薄暗く見通しが悪い。ソルとイーリスの後ろを歩くクラウスは杖の先に魔術の光を灯していた。


「イーリスくんは光を使わないのかい?」


 クラウスは光が無くとも危なげなく歩く二人を疑問に思っていた。このような薄暗い場所では視界の確保が重要であるのに、それをしないのは何か理由があるのだろうかと。


「私は目が見えないので光は必要ありません」


 イーリスの返答にクラウスは声もなく驚いていた。カリーナも目を丸くし、まるで見えているかのような彼女の動きに感心していた。


「君の魔力探知は素晴らしいんだね。僕は探知系は苦手だから助かるよ」


 クラウスの素直な言葉はイーリスの気持ちを少し軟化させた。


「盾のあんたは?光が無くて平気なのかい?」


 カリーナの腰には煌々と光るランタンがある。ソルはイーリス同様光源は何も持っていない。


「俺は特殊体質でな。夜目が効くんだ」


 獣憑きの事は当然伏せて話す。カリーナはそんなものかと納得した様子だった。


「坑道探索にはうってつけのコンビじゃないか。うちの魔術師サマとは大違いだ」


 カリーナはニヤリと笑いクラウスを肘で小突いた。勢いで彼は大きくふらつく。彼は不服そうだが事実なので反論はしない。


 ここで最初の分岐点に到達した。


「あ、ここは右だ。この奥が深層に繋がっている」


 カリーナの手には地図が握られていた。指示通り右の道を進む。道は緩い下り坂になっていた。吊り下げられたカンテラの間隔がどんどん長くなっていく。それに伴って暗さが増している。

 しばらく進むとカンテラは完全に無くなった。よく見ると地面に壊れたカンテラが落ちていた。弱々しく光る石がカンテラの破片と共に転がっている。ソルはその石を数個拾い上着のポケットに入れた。

 クラウスとカリーナが歩みを止める。


「んで、ここが今までに探索した最深層」


 入り口から大して距離はない。本当に何一つ調査出来ていないのがよく分かった。

 クラウスは平静を装っているが顔色が明らかに悪い。


「限界ならとっとと戻れ。あんたのお守りはできないぞ」


 見かねたソルがクラウスに声をかける。


「こんな小さな少女が頑張っているのに僕が帰る訳にはいかない」


 イーリスはまだ何も頑張ってはいないのだが、彼にはそう見えるらしい。歩みは止めずに深呼吸をしている。


「そ、そうだイーリスくん。君も光を灯してくれないか?もっと広範囲が照らされれば恐怖心が和らぐと思うんだ」


 クラウスの提案にイーリスは何かを考えていた。そして足を止め後ろを振り返る。


「私、光の魔術は使ったことないんです。教えて貰えますか?」


 光は彼女には必要ない魔術であり、おばあちゃんから習うこともなかった。


「もちろんさ。光はイメージできるのかな?」

「はい、何となく」

「イメージした光を杖の先端に集めるようにして魔力を込めてごらん」


 イーリスは言われた通りに魔力操作し、魔術を発動してみる。すると杖の先端に青白くぼんやり光る球体が現れた。それは光源と言うにはあまりにも弱かった。


「これは光ではなくて、ただ魔力を形作って物体化させただけだね。でも魔力操作はとてもいいよ」


 教えることに集中している為か、クラウスの顔色が幾分マシになってきた。

 イーリスはもう一回試してみたが同じような球体が出来るだけだった。


「思ったより難しいですね」


 上手くできず眉間に皺を寄せている。


「ちょっといいかい」


 クラウスは苦戦するイーリスの手を取った。自分の手で包み込むようにして彼女の手を握らせた。


「これが防御の魔術を構築した時の魔力のイメージ。魔力同士を集めて凝縮して固めて強固にしているよね。今君が作った光はそんな感じ」


 次は手をゆっくり広げ指の隙間が出来るよう軽く握らせる。


「これが光を構築する時のイメージ。固めると言うより留める感じかな。これは物体操作する時にも似てるね」


 クラウスはイーリスの手を離した。彼女は手を握ったり開いたりを繰り返している。

 蚊帳の外のソルとカリーナは二人のやり取りを見守っていた。ソルはクラウスがイーリスに近づくのを好ましく思っていなかったが、彼女の真剣な表情を見ると引き離す訳にもいかなかった。


「それを踏まえて今度は思いつく限りの強い光をイメージしてやってみようか」


 イーリスはこくりと頷き杖に意識を集中させた。

 強い光。幼い頃に見た街灯の光?食卓の蝋燭の光?暖炉の中の燃える薪の炎?いや、もっと強い光、それは…

 彼女の中で光のイメージが明確になり、杖先に魔力が集約する。


 そして坑道内が真っ白な光に塗り潰された。クラウスの光源や、カリーナのランタンの光を遥かに凌駕する激しい光の爆発が起こった。それはさながら小型の太陽である。

 ソルはフードと前髪で目が隠れていたので顔を背ける程度で済んだが、光をまともにくらったクラウスは、両目を押さえて苦悶の叫び声を上げていた。カリーナも目を押さえて膝をついている。

 ソルの耳にはクラウスの叫び声に混じって、遠くから何か蠢く音が微かに聞こえた。


 小さな太陽はイーリスの杖先で強烈な光を放ち続けている。


「イーリス!もっと光を弱めるんだ!」


 ソルの声にイーリスはハッとしたように魔力を操作していく。徐々に光は弱まりクラウスの光源と同じくらいに収まった。


「できました!こんな感じで大丈夫ですか?」


 イーリスが嬉々としてクラウスに光源を見せようとするが、彼は両目を押さえたまま動けない。


「…大丈夫ですか?」


 うずくまるクラウスを確認するように肩を揺さぶった。彼はか細い呻き声を上げながら手を少しずつずらし、目を開ける。まだ視界が白んで見えた。


「あ、あぁ…とんでもない光だったな」


 服についた土を払いながら立ち上がると、イーリスの杖の先端で光る光源を見て満足そうに頷いた。


「上出来だ。この光の感覚を覚えておくといい。でもさっきみたいな強烈なのは勘弁してもらいたい」


 新しい魔術を習得したイーリスは嬉しそうに杖を掲げた。

 カリーナは目を開けて何回も瞬かせている。


「失明するかと思ったよ。閃光弾なんか比にならないね。夜空に打ち上げたら昼にしちまうんじゃないかい?」

「幼い頃の記憶にある太陽をイメージしたんです。強すぎたみたいですね」


 まさに小さな太陽と言える強烈な光を創造している。強い光を想像しろと言ったクラウスはやや後悔していた。まさかここまで強いものが出てくるとは思わなかったのだ。

 被害を免れたソルはフードと前髪にそっと感謝した。


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