27、鉱山へ
杖屋の老婆から案内を頼まれた魔術師は、頭からすっぽりとローブを着ており、声を聞いて初めて女だとわかった。ローブのフードには黒い薄布がついていて顔も見えない。
初見こそ不気味だったが、話すととても気さくな人柄で好きな本の話しで盛り上がった。
話の流れで最近石虫が多くて困っている事を話すと、鉱山内にできた巣を全て破壊してくれた。見つけにくい巣をいとも簡単に探し当て、淡々と処理する姿を見ていると腕の良い魔術師だと分かった。
その後魔石を採掘可能な区域に案内すると、ちょうど仲間が魔石を掘り当てたところだった。数は少ないが大きめの魔石があり、魔術師はその魔石をじっくり観察するとその場で購入して行った。
石虫を退治してくれた礼にタダでいいと言ったが、強引に手に金貨を握らせてきた。
「礼がしたかったんだがな、頑固な人でよぉ結局金は貰っちまった」
ジルは給仕に追加の酒を頼みため息をついた。
「直ぐに行っちまったんだよなぁ。あの魔術師をこの街にもっと引き留めていたら、こんな事になっていなかったかもな…」
給仕が酒を持ってくるとまた飲み出した。どうやらおばあちゃんは偉く信頼されていたようだ。
それにしても酒臭い。ソルは鼻呼吸を止め口呼吸に切り替えた。イーリスも同じ事をしていた。
飲みながら何か呟くジルは明らかに酔いが進んでいる。潰れる前に聞き出してしまわねばならない。
「おばあちゃんは次の行き先を言ってませんでしたか?」
「あー言ってたぜ。確か…」
ジルはそこまで言うと急に口を噤んだ。そしてイーリスをジロジロと見る。イーリスはおばあちゃんの行き先が気になり、ジルの言葉を今か今かと待っている。ソルはジルの様子が変わった事に気づき怪訝な顔になった。
「ここから先の情報を聞きたいなら条件がある」
今度はジルが真剣な眼差しをイーリスに向けた。彼女は彼の声音の変化に困惑気味だ。
「条件とは何でしょう?」
ジルは残りの酒を一気に飲み干すと空の杯をゆっくりテーブルに置いた。そして深く頭を下げた。
「鉱山の魔物を退治して欲しい!!」
突然の大声に一瞬酒場内が静まり返る。イーリスたちに一斉に視線が注がれた。あまり注目を浴びたくないソルは居心地の悪さを感じる。イーリスは彼の大声に目を丸くしている。深く下げたジルの頭は膝につきそうだった。
これはまた面倒事になりそうだ。ソルは魔物と関わりたくなかったが、おばあちゃんの消息を追うにはジルの条件を飲むしかない。ちらりとイーリスに目を向けると彼女は何か考えているようだった。
「あの魔術師の孫ならいい腕してんだろ?頼む!!俺たちを救ってくれ!!」
彼の悲痛な叫びは酒場の男たちを感化させた。周囲から俺たちも困っている、どうにかしてくれ、助けて下さい、と縋るような声が聞こえてくる。
いつの間にかソルとイーリスが酒場の中心人物になっていた。男たちの視線が彼女に集まる。
「わかりました。鉱山の魔物を退治しましょう」
イーリスの落ち着いた静かな声が、くたびれた男たちに希望を与えた。歓声が起こり二人に向けていくつもの杯が掲げられる。
ソルは内心溜め息をついた。仕方ないとは言え魔物退治とは。森から出たらもう関係ないと思っていたが、こんなに早く関わる事になるなんて。対人戦専門のソルには気が重い。
男たちが盛り上がっている中、ジルは頭を下げたまま動かない。
まさかと思い、ソルが肩を揺すると椅子から崩れ落ちた。床に突っ伏したまま動かない。ジルの顔を横に向け確認すると完全に寝ていた。飲み過ぎだ。
詳しい状況を聞きたいのにこれではどうしようもない。イーリスは倒れたジルを杖でつついている。もちろん反応はない。
周りの男たちは騒がしく、酒を飲むのに忙しい。誰もジルの介抱をする者はいない。酔っ払いに気遣いを期待するのは無駄だった。
ソルの口から大きな溜め息がついて出た。
街の東側に一際造りの立派な宿屋があった。一般の宿屋よりも価格設定が高いのは間違いない。少ないながらも宿泊客がいるようで、通り沿いの窓からは人影が見える。
そんな高級宿に二人は来ていた。
先刻ジルが寝てしまった為、詳細を聞けそうな人物を探していると、話を聞いていた給仕の女がこの街と鉱山の状況を説明してくれた。
事の始まりは約一ヶ月前。鉱山夫が鉱山内で三人も行方不明になった。行方を探しに行った騎士団員や炭鉱夫も数人行方不明になり、運よく帰った者が言うには魔物に襲われたと。街は騒然となった。鉱山は直ぐ封鎖され街の騎士団から、魔術師協会に応援の要請をした。
協会から派遣された魔術師が来たのが二週間前。皆魔術師が来たのならば事態は好転すると思っていたのだが、何も変わらないまま現在に至る。
この街は鉱山で採掘される魔石や鉱石を商いにする者が多い為、鉱山が閉鎖されては何もできない。仕事のない鉱山夫は不安からか、ただ酒に浸る毎日。訪れる商人もなくなったので、商店や宿屋も閑古鳥が鳴いていた。
このままでは食うに困る者も出てくるだろう。
給仕の女もこの街の状況を憂いていた。
派遣された魔術師は鉱山を調べているようだが、一向に事態は変わらない。それ程魔物の脅威が深刻だと判断した騎士団が追加の魔術師を送るよう協会に要請したが返事はない。魔術師は人員が少ない為このような事はよくあるそうだ。
また、皆口には出さないが派遣された魔術師の実力を疑っているとのことだ。二週間も何の成果もなければそう思って仕方ないだろう。街の者は生活がかかっているのだ。
まずは協会から来た魔術師に接触するのがいいだろう。
二人は魔術師が滞在する宿の場所を教えてもらい酒場から出た。
高級宿の装飾の施された扉を開け中に入る。内部はそこまで広くないが、高価そうな絵画や調度品が並んでいた。
受付嬢に魔術師の事を聞くと今は鉱山へ行っているそうだ。鉱山へは裏門から一本道とのことだった。
受付嬢の期待のこもった眼差しを受けながら、鉱山へ向かう。
裏門から出ると山へ向かって整備された道が続いていた。二人は道すがら今回の事態の話しをする。
「こんな人里近くに魔物が出ることなんてあるのか?」
ソルの故郷であるガルドラントでは魔物が生息する場所と人が住むところは明確に分かれていた。生息域に近づかなければ魔物に出くわすことはなかった。彼も魔物に遭遇したのは魔の森が初めてだった。
「魔物が生息域を少し出ることは稀にあるみたいですが、鉱山の近くに魔物の生息しているところはないみたいなので謎ですね」
基本的に魔物は生息域から出ないそうだ。この大陸には魔物の生息域が多数あるが人とのトラブルが少ないのはその為だと。
「おばあちゃんが鉱山に行った時は魔物はいなかったみたいですから、その後すぐ出たことになりますよね。そんな短期間で魔物が出ますかねぇ」
イーリスはあれこれ思案しながら歩みを進める。
やがて削り取られたような山肌に、ぽっかりと開いた坑道の入り口が見えてきた。
当たり前だが人の気配はない。近くに簡易的な小屋があり、採掘に使用する道具類が置いてある。
入り口は鉄柵で封鎖されていたが人一人通れる程の隙間があり、誰かが出入りしているような痕跡があった。
隙間を通り坑道内へ入る。
内部は暗闇かと思っていたら意外にも明りがあった。淡く光る石の入ったカンテラが等間隔に吊り下げられており視界は確保出来ている。
だが、光量は強くないので常人なら追加で何らかの光源が必要だろう。ソルとイーリスには必要ない物であるが。
薄暗い坑道内にはひんやりとした空気が流れていた。生物の気配はなく足音だけが響いている。進むと道が二手に分かれていた。
「どっちに行くか」
「ちょっと待ってください。探知の範囲を広げてみます」
イーリスが集中し始めた時、遠くから足音が聞こえてきた。規則的な足音は徐々に近づいてくる。
「右側の道から二人?来てますね」
足音は一人分しか聞こえないのだが、二人とはこれいかに。味方とも限らないので一応警戒しておく。
やがて坑道を照らす強い光が見えてきた。道が緩く曲がっているのでまだ光の主は確認できない。
重い足音と共に現れたのは大柄な女の戦士だった。見覚えがある。杖屋で見た女だ。女の腕の中には両耳を塞いで縮こまっている男が抱えられていた。
女は明かりも持たず佇んている二人に気づくと、即座に警戒態勢になった。
ソルは両手を上げて敵意がない事を示す。女は腰のカンテラの光が二人をしっかり照らすよう動くと、まじまじと観察した。
「何だあんたら。杖屋にいた奴だろ。ここは危険だからさっさと帰んな」
女は不審者を見る目だったが警戒は解いていた。
「あの、私たち協会からきた魔術師の方を探してるんです。あなた方がそうですか?」
イーリスの言葉に女は視線を腕の中の男に落とした。男は耳を塞いだまま動かない。
「これがその魔術師だよ。あたしはこいつの盾さ」
抱えられた男は自分のことを言われているのにも関わらず全く反応がない。
「怪我でもしているのか?」
ソルが聞くと女は首を横に振った。その顔はうんざりしているようにも見えた。
「閉所恐怖症だってさ」
「へいしょ…?」
イーリスは聞いたことのない症状に小首を傾げた。
「まぁとにかくここから一旦出よう。じゃないとこいつ役に立たないから」
女は二人の横を通り過ぎると、坑道の入り口へ歩いていった。逞しい背中には身の丈程ある両手剣と緑の魔石が嵌った杖が装備されていた。
ソルとイーリスも彼女に続いて坑道の外へと引き返す。




