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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第三章 鉱山に潜む魔物
26/71

26、鉱山の街メルン

ガルドラント カラギス氏族領 領主の館


 砂丘の間から朝日が覗き、館に光が差した。白を基調とした館の屋根に一人の人影があった。人影は屈強な体格の壮年の男だった。

 男の名はゼイウス。この氏族領の中でも精鋭を集めた部隊である“狐”の隊長である。

 彼は眼下にある中庭の東屋を監視していた。正確には東屋で事切れたように寝ている栗色の髪の人物と、その周辺の監視である。


「イサーク様はまた中庭で寝ているのですか」


 周囲には誰も居なかったはずだが、突然ゼイウスの背後から聞き慣れた声が。彼は驚くことなく口角を上げた。


「子供の頃からの癖だからな。昨日のハルバハールとの一件でお疲れだ」


 ゼイウスが見守るのは現領主の弟であるイサークだった。彼は心労が溜まると、寝室ではなくこの東屋で寝る事が多い。ここの方が安心できるのだろうが、護衛の身としては寝室で寝てもらいたいのが本音だった。


 ゼイウスが振り返るとそこにはセスとトールの姿があった。


「早かったな。無事に帰還できて何よりだ」


 彼の言葉に二人は頭を下げた。

 あの森の忌々しい出来事の後、ゼイウスは一足先に早馬で帰郷し、二人は商人のふりをして他領の情報収集をしながら帰っていた。

 セスが顔を上げる。


「先程、館に帰られたアルバロ様と会いました。今回の件での失態に対する処罰はないとのことです。隊長にもお伝えせよと」

「これは何ともアルバロ様らしい」


 ゼイウスは苦笑する。

 任務での失態があった場合、大抵鞭打ちとなる。先代の領主は特に厳しく、些細な失敗でも鞭打ちになることが多かった。隊の者は皆、多かれ少なかれ背中に鞭打ちの痕が残っている。

 一年前、先代が病死した後に長男であるアルバロが領主になってからは一変した。鞭打ちの傷の痛みというリスクを抱えたまま任務に出るのは非効率的である、と言うアルバロの自論から鞭打ちの処罰はなくなったのだ。

 それに規律を重んじていた先代に比べ、アルバロは大雑把で適当な性格である。処罰を考えるのが面倒な時はいつもお咎めなしになる。


「いやー今回は流石にガツンと処罰を喰らうと思ってたんで良かったっす」


 トールは心底安心した顔をしていた。アルバロに報告している時は怯えた子犬のようだったのに、お咎めなしになった今はいつもの調子に戻っている。

 セスは隣にいるトールを呆れた目で見ていた。


「お咎めはなくとも任務が失敗したことに変わりない。この事に関してはしっかり反省し、腕を上げるしかないからな。鍛錬に励めよ」

「はっ!」


 ゼイウスは己に言い聞かせるように言った。真剣な声音に二人は再び頭を下げる。

 失敗を無駄にせず、何か少しでも学びがあればそれは意味ある失敗へと昇華される。その積み重ねで得た経験は、戦場で生き抜く上で重要となる。


「とまぁ偉そうなことを言ったが、隊長である俺が居ながら奴をみすみす食わせてしまったのも事実。すまなかった」


 今度はゼイウスが頭を下げた。二人は恐縮し更に頭を下げる。屋根の上には沈黙が流れる。

 青い小鳥が男たちの近くを飛んでいき中庭の木に止まった。


 不意に中庭の回廊から重い軍靴の足音がした。三人が頭を上げるとイサークと同じ髪色の男が中庭へ足を踏み入れた。武人風のその人物は、ちらりとゼイウスたちを見上げた。先代によく似た顔がニヤリと笑う。

三人はその男、現領主であるアルバロに向かい、一礼した。

 アルバロは軽く手を振ると東屋へ入った。


「アルバロ様もお変わりないようで良かった」


 ゼイウスは目を細める。アルバロは領主であるのにも関わらず護衛もつけずにふらっといなくなる。しつこく護衛のことを言い続けたおかげか、最近は護衛を同行させるようになった。

 さて、今回は一体何処へ行かれたのやら。ゼイウスはそんなことを考えながら、寝ているイサークを起こすアルバロを目で追っていた。




*****




 ソルとイーリスの旅路は順調に進んでいた。

 街道沿いの簡易休憩所で一泊し、翌日昼頃にはメルンの街近くまで来ていた。

 今日は生憎の曇天で、空は今にも雨が降りそうな厚い雲で覆われている。

 無機質な城壁で囲われた街はセレスタと同じようであるが、天気のせいなのかどんよりとした暗い空気が漂っているように見えた。

 街の後ろには天を突くような山が聳え立ち、山頂は雲に隠れている。周囲は岩場の中に針葉樹や草がまばらに生えているだけの、荒涼とした風景が広がっていた。


 門近くの馬屋に馬を預けると街へ向かう。イーリスは長時間の乗馬で身体が強張っているのか、動きがぎこちなかった。慣れないうちは仕方ない。皆通る道だ。

 門の両脇には見張りの騎士が立っていた。二人が近づくと右側の騎士が片手を上げ制止してきた。


「失礼する。その姿、魔術師と見受けられるが協会からの増援か?」


 イーリスが首を横に振ると騎士は落胆した様子で手を下げた。特にそれ以上何か聞いてくる素振りもないのでそのまま門をくぐり街へと入った。

 通りには人が少なく閑散としていた。商店も開いておらず扉は固く閉ざされていた。

 鉱山の街と聞いていたので、労働者と商人で溢れていると思っていたが全くの見当違いだった。ヨルクが言っていた鉱山に出るという魔物のせいだろうか。


「セレスタの街と違って全然人がいないですね」

「そうだな。えらく寂れたところだ」


 街の中心の通りを歩いて行くと杖を模した看板を見つけた。セレスタの杖の店と同じく窓がなく重厚な扉があるのみだった。重みのある扉を開け、杖がずらりと並ぶ店内に入る。

 カウンター前には戦士風の大柄な女が立っていた。後ろ姿でも分かる鍛えられた肉体は彫刻のようだった。

 女は軽く振り返り二人を一瞥すると、特に反応を見せる事なく顔を正面に戻した。

 その時カウンターの奥から腰の曲がった老婆が一本の杖を持ってきた。女は杖を受け取ると金を置き、琥珀色の髪を揺らしながら店を後にした。


 老婆はイーリスに気づくと笑顔で手招きした。


「可愛らしい魔術師さんだこと。杖のことでお困りかい?」


 イーリスはカウンターまで行くとおばあちゃんの事を説明し、該当するような人物が来ていないか老婆に聞いた。


「あたしゃねぇ最近物忘れが多くてね、覚えていないんだよ」


 老婆の言葉にイーリスの顔が曇る。


「でもね、忘れても思い出せるように毎日日記を書いているから、読み返したら何か分かるかもしれないよ」


 彼女の顔に希望の光が灯った。老婆はカウンター下の引き出しから分厚い日記帳を出した。懐から眼鏡を取り出し装着すると、一ページずつ文字を追っていた。

 ソルは何気なく日記の文字に目を落とすと、その日に来た来客の特徴から食べた食事の内容、天気、所用へ行った回数等、多岐に渡り細かく書き込まれていた。

 これは確認するのに時間がかかるかもしれない。

 イーリスはじっと待っている。その顔はやや緊張していた。


 数十分後日記から顔を上げた老婆がイーリスに声をかけた。


「あったよ。一ヶ月くらい前にお嬢さんの杖と同じ魔石の杖を買いに来た人がいたよ」


 イーリスの顔がパッと明るくなった。


「えーとねぇ、希少な紅涙石(ローズティアー)の杖を持った緑濃色のローブを着た年齢不詳の女性、誕生日プレゼントを探してと書いてあるね。おばあちゃんで合ってるかい?」

「はい!その人です!」


 老婆に詰め寄るようにして、カウンターに身を乗り出す。家を出て初めてのおばあちゃんの目撃情報に、鼻息荒くなっている。

 コンラートの予想は当たっていたようだ。


「おばあちゃんは元気そうでしたか!?」

「そこまでは書いてないから分からないね。おや、ここで杖は買ってないね」


 老婆は指で文字を追う。イーリスの勢いが少し落ち着いた。


 日記には女性の欲しいサイズの魔石の杖がなかった為、魔石を採掘してオーダーメイドすると書かれていた。


「あ〜、思い出した。わざわざ不人気な魔石でオーダーメイドするなんて珍しい人だと思ったんだよ」


 老婆はにっこり笑うとカウンターの上のイーリスの手をそっと握った。


「元気そうだったよ。安心しなさい」


 イーリスは安堵した様子で頷く。

 それから老婆はおばあちゃんの行方を教えてくれた。

 魔石探しにこの街の鉱山へ行ったとのこと。ここの鉱山でも探している魔石が採掘されるそうだ。


「鉱山夫のジルって奴に鉱山の案内を任せたから、彼ならもっと何か知ってるだろうね。裏の酒場にいるはずだよ」


 有力な情報貰った二人は老婆に礼を言うと、酒場へ向かった。

 イーリスの足取りは軽い。おばあちゃんの足跡が追えた嬉しさが溢れ出している。スキップしそうな勢いだ。


 酒場はメインの通りから一本奥に入ったところにあった。道の脇には酔っ払って眠り込んでいる男がいた。離れていても酒の臭いが漂ってくる。

 酒場に入ろうとすると扉が開き、これまた酔っ払ったいかつい男がふらつきながら出てきた。男は焦点の合わない目で周囲を彷徨い、民家の壁にもたれかかるとそのまま寝込んでしまった。

 こんな昼間から泥酔するまで飲む輩が多いとは、治安が気になるところだ。


 酒場に入るとムッと濃い酒の臭気がした。あまりの臭いにイーリスは手で鼻を覆っている。どのテーブルにも酒を片手に語り合う男達がひしめいていた。

 近くのテーブルで飲んでいた男にジルがいないか聞いてみる。男は赤い顔で奥のテーブルを指した。

 男たちの間を抜ってそのテーブルへ行くと、三人の男が座っていた。二人は既に酔い潰れておりテーブルに突っ伏して大きないびきをかいていた。残る一人は頬杖をついて酒をあおっている。


「あんたがジルか?」


 ソルが声かけると男は酒を置き二人に顔を向けた。


「そうだ。何だあんたら俺に用でもあんのか」


 赤ら顔に敵意はないが、明らかに不機嫌そうであった。無精髭にくたびれた服、他の酔っ払いと同じだが目だけが他の者と違った。彼にはまだ理性の光が残っている。

 鼻を覆ったままのイーリスが事情を説明した。


「覚えてるぜ。腕のいい魔術師なのに少しも偉ぶらなねぇ奴だったな」


 ジルはぐびぐびと酒を飲み進めていく。相当飲んでいるのだろう、呼気からの酒の臭いが凄い。


「会った時の事を詳しく教えてもらえませんか?」


 イーリスの真剣な眼差しを受けてジルは当時を思い出しながら話し始めた。


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