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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第二章 辺境の街セレスタ
25/71

25、次の街へ

 宿に戻ると食堂の奥、調理場から何かを焼く良い香りがした。階段を上がり部屋へ入ろうとしたが、室内から物音がした。イーリスも起きたようだ。

 大きく深呼吸をしてゆっくり扉を開けた。イーリスは窓辺に立って朝日を浴びていた。夜着からいつもの長袖ワンピースとローブへ着替えてあった。


「おはようございます。散歩ですか?」

「おはよう。そんなところだ」


 ソルが部屋に入るとイーリスが近づいてきた。その顔は少しバツが悪そうだ。


「私、ソルさんのベッドを奪ってたみたいで…すいません」

「あ、あぁ…」


 謝るイーリスにソルは歯切れの悪い返事しかできなかった。朝の出来事が頭にちらつく。


「小さい時からこういうことがあるんです。よくおばあちゃんのベッドに潜りこんでました。寝ぼけてるんで私は覚えてないんですが」


 何という恐ろしい寝ぼけ癖だろうか。こんな事が頻繁に起こるのは勘弁願いたい。

 次は別々に部屋をとろう、ソルはそう心に固く誓った。


「寝ている時のことは自分では制御できないから気にしなくていい」


 イーリスの顔に笑顔が戻った。

 ソルはポケットから透明な石がついた首飾りを出すと彼女に商人と魔道具のことを話した。


「そんな便利な魔道具があるんですね」


 イーリスの手に首飾りを握らせる。彼女は石を確かめるように触った。


「これに魔術を込めてくれないか」

「いいですよ。何の魔術にしますか?」


 攻撃に防御、隠匿に探知。どれにするか迷ってしまう。

 考え抜いた結果、込めてもらいたい魔術を伝えた。彼女は頷くと杖を片手に集中した。淡い光が首飾りから発せられると透明な石の色が、深い湖の底のような深い青へ変化した。よく見ると石の中で細かな青い粒子が漂っている。

 ソルは礼を言うと首飾りを受け取り装着した。首元に青い石が光る。


 部屋を出る準備をしていると、昨日の従業員の娘がバスケットを持って入ってきた。バスケットにはパンや果物がぎっしりと詰まっている。


「朝食です。どうぞお召し上がりください」


 娘はにこやかな笑顔でソルにバスケットを渡し退室した。

 朝食まで準備されているとはありがたい。


 出発準備を終えると娘が持ってきた朝食を食べた。パンにはハムとチーズが挟んであり、塩気がちょうど良い。

 パンも果物も量が多いので残りは移動中の昼食にすることにした。紙に包んでイーリスの鞄に入れると、アビィのスペースがなくなった。イーリスがアビィを肩に乗せると、ローブのフード内へ転がり込んで行った。次の居場所が決まった。


 宿から出るとギムレットに習い、診療所でおばあちゃんの目撃情報がないか聞きに行った。街を立つ前に念の為確認しておきたかったのだ。

 結果は目撃情報なし。これで心置きなくメルンへ旅立つことができる。


 門近くの馬屋へ向かう。

 昨日と違って人通りは多くなかった。商人たちもあまり見かけない。通りの端にあったゴミもきれいに無くなっている。


馬屋に着くと見知った顔がいた。


「よう、昨日は世話になったな」


 ヨルクが馬の鞍の付け替えをしていた。ソルは手を軽く上げる。

 黒毛と栗毛の馬がそれぞれ二頭ずつ並んでいた。この四頭は全てエルネスティーネが所有する馬だった。

 昨日ソルが選んだのは一番温厚そうな栗毛の馬だ、鼻筋が一部白い。彼が近づくと馬は嬉しそうに頭を寄せた。


「少ししか会ってないのにえらく懐かれてるな。カイは慣らすのに十日かかってたぞ」


 ヨルクは目を丸くしている。この馬はカイが乗ってきた馬だった。四頭の中からこの馬を選んだ時は、カイが親から離される子犬のような瞳でこちらを見てきた。

 だが、エルネスティーネの二つ返事で譲渡が決まった。彼女は馬車用の馬が選ばれず安心しているようだったが、カイは力なく項垂れていた。


「そのカイはどうした?」

「あー、昨日からお嬢様が塞ぎ込んで部屋から出てこなくてな。部屋の前で出てくるのをずっと待ってんだ」


 カイの忠犬っぷりが大いに想像できる。

 話を聞いていたイーリスがヨルクに一歩近づいた。


「エルネスティーネさんは体調が悪いのですか?」


 昨日エルネスティーネをコテンパンに負かしておいて、それが原因だと察っせない彼女は本気で体調を心配していた。

 イーリスの言葉に嫌味や含みがないことを感じたヨルクは苦笑している。


「いや、こういうことはたまにあるから気にすんな。これも成長の糧になるさ」


 ヨルクはイーリスの肩を軽く叩いた。昨日あんなに口論してバチバチにやり合っていたのに、体調の心配をするとは。この娘は少し普通とは違う感性なのかもしれないと彼は思った。


「魔術師同士またどこかで会うこともあるだろう。その時はお嬢様と友達になってやってくれないか」


 ヨルクが言うには彼女は友達がいないらしい。学校でも一人でいるそうだ。今回課外授業でここに来ていたが、本来なら生徒同士でペアを組んでするものだと。

 ペアが作れなかったエルネスティーネはヨルクとカイを連れてきていた。この二人も盾が本業ではなく、彼女の屋敷の警護で雇われているだけだった。カイに至っては半年前までは屋敷の庭師だったのだ。

 これまで雇った盾とは全てトラブルになっているので、彼女の人となりを知っている二人が護衛をする事になったそうだ。

 カイの弱さの理由を知ってソルは納得した。

 イーリスはヨルクの顔を見上げるように顔を上げた。


「私がエルネスティーネさんの友達に…腕力には自信がありませんが私でよければ是非」

「腕力…?」


 何故そこで腕力の話が出てくるのかその場のヨルクとソルには理解できなかった。だが、エルネスティーネの友達候補がここに誕生した。

 ヨルクはニッと笑うとソルの方を見た。


「これから何処へ行くんだ?」

「メルンへ行く」

「メルンか。最近鉱山で魔物が出るって噂がある。気をつけろよ」


 鉱山で魔物が出るとは物騒である。人の生活圏に近い場所でも魔物が出現する事があるのか。しかし、鉱山内に入る予定はないので大丈夫だろう。


 ソルは馬を馬屋から出すと背に乗った。手を伸ばしイーリスを前に乗せると、見送りに出たヨルクに手を上げた。

 馬を走らせると街道から北へ向かう道を進んで行く。


 馬の軽快な蹄の音と振動が伝わってくる。イーリスは初めて乗った馬の動きに興味津々だった。馬の立て髪を触ったり、馬の鼓動を手で感じたりしていた。あまりにも動くので落馬の心配をしていた時、案の定イーリスの身体がぐらついた。

 ソルは咄嗟に彼女の胴に片腕を回し、落ちないよう固定した。


「あまり動くと落ちるぞ」

「すいません。つい気になってしまって」


 イーリスの柔らかい身体の感触が腕に伝わり、慌てて腕を引っ込め手綱を握る。

 視線を下げるとイーリスの頭が見えた。艶のある黒髪からは香木のような良い香りがする。森で抱えた時は気にならなかった距離の近さが急に気になり始めた。

 ソルはガルドラントでの任務の際に救助した幼い子供を馬に乗せて帰った時のことを思い出し、目の前に居るのは子供だと心の中で言い聞かせた。


 晴天の空の下二人はメルンへと着実に進んでいる。

 景色は徐々に草原から森林地帯へと変わっていった。軽快な蹄の音が誰も居ない街道に響く。

 どこまでも続く道は、遠くに連なる山々へと続いていた。



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