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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第二章 辺境の街セレスタ
23/74

23、休息

 ソルが目を閉じて廊下で待っていると、娘が桶を抱えて出てきた。体躯に似合わない力強さだ。


「もう少々お待ちください」


 娘は何やら含みのある笑みでそう言うと、少し離れた小部屋に入って行った。イーリスと何の話をしていたのだろうか。

 しばし待つと今度は部屋からイーリスが出てきた。濡れた髪はしっとりと光沢を放ち、湯を浴びて紅潮した頬は艶やかさがある。服も肩がレース状の袖のない膝丈の夜着になっていた。夜着から伸びる白い肢体が蠱惑的だ。いつもと違う彼女の姿に思わず見入ってしまう。


「終わりましたよ。ソルさんもどうぞ」

「あ、あぁ」


 心ここに在らずな気の抜けた返事しか返せなかった。その時階段を宿泊客の商人たちが上がってきた。ソルはハッとしてイーリスを隠すように彼女の前に立ち、そのまま部屋に押し戻した。イーリスは抵抗することなく部屋に入る。


「イーリス、その格好で部屋の外に出ないでくれ」

「変ですか?これおばあちゃんはかわいいって言ってくれてたんですけど」


 ソルの思惑とは見当違いの反応を見せるイーリス。


「変じゃないし似合ってる。って俺が言いたいのはそういうことじゃなくて…部屋の外は、そのーあれだ。少し寒いからそんな薄着だと風邪ひくぞ」


 正直に言えず、適当にそれっぽく誤魔化す。イーリスは似合ってると言われて満更でもない様子だ。


「確かにそうですね。出る時はローブを着るようにします」


 納得したイーリスはベッドに置いてある紺色のローブを扉近くの外套掛けにかけた。

 何気なく彼女を目で追う。こんな格好で廊下をうろついたら絶対男共に絡まれるに決まっている。無用なトラブルは避けたいところだ。


 扉がノックされ空になった桶を持った娘が入ってきた。娘は桶を置くとごゆっくりと言い退室した。

 自分の番になったソルは早速服を脱ぎ始めたが、目が見えないとはいえイーリスの存在が気になってしまった。

 振り返ると彼女はベッドに座ってアビィと戯れていた。杖はベッドに立てかけてある。


 ソルは意を決して服を脱ぎ湯をかける。久々の湯浴びをゆっくり堪能したかったが、どうも落ち着かないので早々に身体を洗って切り上げた。


 服を着て髪を拭いていると再び扉がノックされた。食事をお持ちしましたと娘の声が聞こえる。

 濡れた頭でフードを被る訳にはいかないので、前髪を目一杯下げて目を隠した。

 扉を開けると食事を載せたワゴンを押した娘が入ってきた。テーブルの上を手早く片付けると食事を並べた。良い香りが部屋を満たし、イーリスとアビィが目を輝かせている。


 娘が湯浴びに使った道具を回収し部屋を後にすると、二人と一匹は席についた。

 テーブルには肉料理やスープ等が所狭しと並べられている。

 イーリスは皿の位置を触って確かめると、まずはほんのり温かいパンをアビィに与えた。

 ソルは食事の内容を彼女がイメージしやすいように説明する。焼いた牛肉には骨がついていた為ナイフで外して食べやすい大きさに切り分けた。イーリスはそんな彼の気遣いが嬉しかった。


 料理はどれも美味しく食べる手が止まらない。イーリスも同じようだった。これがタダで食べられるとはアレクシスには感謝しかない。

 アレクシスと言えばソルはずっと疑問に思うことがあった。


「アレクシスは魔術師だったのか?イーリスの決闘の時、何か魔術っぽいのを使ってたように見えたんだが」

「魔術師なのかはわかりませんが、あの時使っていたのは魔道具に込められた魔術だと思います。杖を持っていなかったですし。でもとても魔術に精通しているようでした」


 確かに魔術の心得がある程度ではないだろう。

 ソルはタレをつけて香ばしく焼き上げられたとうもろこしを齧る。


「そうか。魔術師の可能性がある武人か」

「え、剣を持って闘うような人には思えないんですが」


 イーリスは絶妙な火の通り具合の牛肉を頬張りつつ、アレクシスの言動を思い起こす。彼女にはただの女性的な男性としか記憶に残っていない。


「あいつは俺の動きを全部見て理解していた。かなり武術の経験があるはずだ」


 素人では故郷の部隊で鍛えられたソルの剣戟の速さを目で追うことができない。それを追うことができるなら闘い慣れているはずである。力量は不明だが恐らくヨルクより数段上だろう。


「意外な感じがします。次会ったら聞いてみましょう」

「そうだな」


 この広い国でまた会うことはまずないだろうが。


 二人は食事を完食すると一息ついた。想定以上に食事の量が多かった。ソルは食べきれないイーリスの分まで食べたので満腹に近い。こんなに食べたのは久しぶりであった。

 しばらくし食器を下げに来た娘に、料理の正直な感想を言うと喜んでいた。


 腹が満たされると今度は睡魔が襲ってくる。ベッドに寝転がると、ここ二日の疲れがどっと押し寄せてきた。昨日は魔物と死戦を繰り広げ夜は馬車で見張り、今日は今日とて決闘をするハメに。逃亡生活よりマシだがそれでも疲労は積もる。


 首を横に向けるとイーリスがフラフラとベッドへ向かっていた。目が半分閉じかけている。彼女も疲労が溜まっているのだろう。ベッドにうつ伏せで倒れるとそのまま動かなくなった。

 静かな寝息が聞こえてくる。限界だったようだ。


 ソルは身体を起こし、ベッドに畳んで置いてあった掛け物をイーリスにかけた。彼女は身じろぎ一つしない。僅かに横を向いた寝顔は無防備そのものだ。

 おばあちゃんを見つけたら彼女にしっかり慎みを教えてもらうよう頼もう、そう考えるとソルもベッドに横になった。




*****




 痩せた月の頼りない明るさの下で、二人の影が広大な邸宅の庭を歩いていた。庭はどこも手入れが行き届いており、刈り込まれた低木や花々が規則的に並んでいる。

 二人は見張りから身を隠すようにして慎重に進んでいる。


「もうー何で私がこんなことしなくちゃいけないのよー。せっかくの休暇だったのに」

「しょうがないですよ。一番近くに居たのが僕たちなんですから。そもそも、これの言い出しっぺは貴方でしょう」


 二人はアレクシスと青年だった。アレクシスは昼間と違って帯剣している。芸術品のような優美な剣だった。

 月と同じ銀色の髪をした青年は前方に光を発見する。やる気のないアレクシスを引っ張って近くの東屋に身を隠した。

 巡回している見張りをやり過ごすと、息をひそめて影から様子を見た。見張りはあくびをしながらゆっくり歩いている。やる気はなさそうだ。松明の揺れる光が遠ざかって行く。


「私こういうコソコソするの嫌いー」

「知ってます」


 今ここに潜入しているのはある取引現場を押さえる為だった。

 敷地の広さの割には見張りは少ない。警戒している様子はなく外からの侵入は簡単だった。

 黄金色の髪についた蜘蛛の巣を払いながらアレクシスはため息をついた。


「はぁ、せっかく逸材を見つけて気分上げ上げだっのにー」

「あの魔術師のことですか」


 青年はアレクシスを迎えに行った時に見かけた少女を思い出した。特徴的な瞳をしていたのを覚えている。


「あの()ならきっとあの年増を超える魔術師になれるわ」


 アレクシスは邪悪な笑みを浮かべている。青年はアレクシスと例の宮廷魔術師の仲が悪いのは聞いていたが、思っていたより根が深そうである。これは話題をずらした方が良さそうだ。


「魔術師の隣にいた男は盾だったのですか?双剣使いとは珍しい」


 青年の言葉にアレクシスの邪悪な笑みは消え、何やら思案するような表情になった。


「こっちもすっごい強かったのよねー。相当な手練だわ。多分あんたより強いわよ」

「へぇ、それは興味沸きますね」


 青年は自分より強いと言われ眼光を鋭くした。アレクシスは目を閉じて、人差し指で自分のこめかみをグリグリ押している。


「私どっかであの(ひと)見たことあると思うんだけど…思い出せないのよねー。」

「気のせいじゃないんですか?この国の者ではないでしょう。それに手練の双剣使いなんていたら覚えていそうですが」


 そうかしらねーと言いながらも記憶を掘り起こしていく。だが中々思い出せない。

 アレクシスがうんうん唸っていると、青年が肩をつついた。


「来ましたよ」


 彼の視線の先には無機質な魔道具の光がゆらゆらと動いていた。目を凝らすと数人の人影が光を持っていることがわかる。人影は正面玄関から屋敷へ入って行った。


「思ったよりお早い到着ね。待ち時間が少なくてよかったわ」


 アレクシスは見張りがいないことを確認して東屋から出た。青年もそれに続く。


「裏手から侵入しましょう。あと、いい加減仕事モードになってください」

「えー、やだ」


 にべもないアレクシスに青年の銀糸のような眉が跳ね上がる。静かな怒気が暗闇に広がっていく。


「やーねー、冗談よ」


 アレクシスは揶揄うように含み笑いをしている。青年は聞こえないふりをして、足早にアレクシスを追い越して行った。


「私のお目付け役なのに冗談の通じない()ね〜」


 青年を追いかけて歩調を上げる。その顔には先程までのふざけた表情はなく、人を寄せ付けない鋭利な眼差しがあった。

 二人は屋敷に沿うように進み裏口から内部へ侵入する。

 夜もだいぶ更けてきたが、彼らの夜はまだ始まったばかりだった。



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