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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第二章 辺境の街セレスタ
21/76

21、決闘、その後

 ソルはイーリスの元へ行くと、肩を叩き勝利を祝った。やや照れたように笑う彼女の顔は、憑き物が落ちたようだった。

 だが、ソルには一つの懸念があった。


「イーリス、最後本気であの娘を狙っていなかったか?」


 魔術の槍の速度は凄まじかったがソルの目なら追うことができた。槍が空から真っ直ぐエルネスティーネを狙って下降した時、その軌道は完全に彼女を貫通する流れだと気づいた。背筋がざわついたのを覚えている。

 槍が当たる直前に何かに軌道を逸らされ地面に刺さったように見えた。その何かが無ければ彼女を串刺しにしていたのではないか。


 イーリスは笑みのまま表情を変えない。


「気のせいですよ。だって殺しちゃったら失格負けじゃないですか」


 その言葉に裏表は感じない。ソルは一言そうか、と言うと納得した。


 前方ではへたり込んだままのエルネスティーネを心配してかがみ込んでいるカイと、アレクシスに詰め寄るヨルクの姿があった。


「おい、攻撃は一回だけじゃなのか?さっきのはニ回攻魔術使ってただろう」

「あら、あなたアレが見えてなかったの?アレは一つの魔術を操作して攻撃していたのよ。ルール上問題ないわ」


 やはりヨルクたちにあの魔術の動きは追いきれていなかったようだ。


 アレクシスは槍の魔術を思い返し渋い顔になる。左の人差し指に嵌る紅い魔石の指輪を無意識に掴んでいた。

 あの威力は研鑽を積んだ上級、即ち二級以上の魔術師に匹敵するものだった。

 あの時エルネスティーネに迫る槍の軌道を見て危険だと判断し、反射的に彼女を守る結界を三重展開したがガラス細工のように打ち砕かれてしまった。強度を誇るミンツの指輪の結界が、こうも簡単に破壊されたことが信じられない。

 この威力ならば下手をすると王都の結界にすら傷をつける可能性がある。


 さらに信じられないのがその魔力量だ。あれ程の魔力を込めた魔術を維持しコントロールするには更に膨大な魔力が必要になる。それを顔色ひとつ変えずに実行できる彼女は、王宮付きの化け物のような魔術師たちに近いものを感じる。

 そんな魔術師が噂になっていないとは、余程辺境の地に引きこもっていたのか。それに彼女の動きには何か違和感がある。


 アレクシスはいまいち納得していない様子のヨルクを手で制し、イーリスとソルに近づいた。


「決闘、あなたの勝ちね。おめでとう」


 イーリスは笑顔で会釈した。


「凄い魔術だったわ。久しぶりに冷や汗かいちゃった」


 アレクシスは肩をすくめるとイーリスの目を見つめた。夜明けの空を閉じ込めたような瞳はアレクシスの方を向いているが、彼を見ていなかった。そこで彼女に感じた違和感の正体に気づいた。


「…あなた、目が…」

「あ、はい見えません」


 見えないのに健常人と遜色ない動きができるのならば、それは魔力探知によるものだ。常に魔力探知をしながら行動しているのだろう。あの攻撃の時も魔力探知を同時並行して行い、エルネスティーネに直撃する寸前で槍の軌道を変えたのだと考えられる。

 魔力量とコントロールが桁違い過ぎて、一度魔術師を目指したことのあるアレクシスとしてはもう笑うしかなかった。


 急に笑い出したアレクシスに二人は困惑した。


「フフフ…あーもう、こんなことあるのね…あっ、あなたの目を笑ったんじゃないのよ。気を悪くしたらごめんなさい」


 ひとしきり笑い落ち着いたアレクシスは、滲み出た涙を拭いた。

 二人に彼の真意はわからなかったが、馬鹿にしているのではないことは伝わった。

 その時、突如大きな泣き声が響いた。泣き声の主はもちろんエルネスティーネだった。上げた顔は大粒の涙で濡れており、くしゃくしゃになっている。


「ゔっ、ひっく、また決闘に負けちゃっひっく、たぁ〜!」


 幼子のように泣く姿に、あの傲慢な彼女の面影はなかった。泣く彼女に対してオロオロしているカイは何を思ったのか、子供にするように頭を撫で始めた。通常なら子供扱いするなと怒りそうだが、今はただ泣くばかりだ。ヨルクは傍らに立って頭を抱えている。


 イーリスは思い出したようにエルネスティーネに近づいた。

 彼女は近くに来たイーリスを見上げると、先程の死の恐怖を思い出しびくりと体を震わせた。泣き声が収まるが嗚咽は続く。

 イーリスは腰を折り、顔をエルネスティーネに近づけた。そして一言。


「謝ってください」


 エルネスティーネの顔は恐怖と羞恥が混じった複雑な表情をしていた。頭を撫でていたカイが手を止め、彼女の背中に手を当てた。

 エルネスティーネはまた俯くと声を絞り出した。


「…ご、ごめんなさい…」


 だが、イーリスは満足していなかった。


「何に対しての謝罪か具体的に言ってください」

「えっ?…あ、あたしのせいで…パンをダメにしたこと…」


 謝罪しても更に詰められると思っていなかったエルネスティーネは動揺を隠せない。俯いていた顔を上げる。


「それだけではありません。ソルさんやおばあちゃんを馬鹿にしたことも謝ってください」


 イーリスは更に顔を近づけた。エルネスティーネは涙でぐしゃぐしゃになっている顔を袖で拭くと、彼女から目を逸らす。


「ふ、二人のこと…馬鹿にしてごめんなさい…」


 小声だがはっきりした声で謝罪したエルネスティーネを、カイはよくできましたと言いたげな表情で見ていた。

 イーリスは頷くと姿勢を元に戻した。そしてにこりと微笑む。


「ではこれで謝罪の件は結構です」


 エルネスティーネは胸を撫で下ろした。

 イーリス自身が馬鹿にされたことに関しては、本人はもうどうでもいいようだった。

 泣き止んでやや冷静になったエルネスティーネは、醜態を晒したことに気づき顔が熱くなるのを感じた。

 そんな彼女に向かってイーリスが手を差し出した。

 エルネスティーネはイーリスの手と顔を交互に見るとおずおずとその手を握った。

 するとイーリスは首を横に振る。


「杖をください。私が勝ったらくれるんでしたよね」


 握手と勘違いしたエルネスティーネは耳まで真っ赤になっていた。イーリスの手を離すと、地面に転がっている杖を掻き抱き頭を下げた。


「お、お願い!この杖は代々我が家に継承されてる大事なものなの…あんなこと言っといて今更なのはわかってるけど、これだけは持って行かないで!」


 エルネスティーネはお願いします、と更に頭を下げた。

 イーリスは無言で差し出した手を引っ込めた。顎に手を当てて思案した後、彼女に問うた。


「では他に何か賭けに値するものをお持ちで?」

「そ、れは…」


 頭を上げたエルネスティーネは目を泳がせながら必死に考えた。

 そして手持ちの金や装飾品を提案したが全てイーリスに却下されてしまった。焦りながらもぶつぶつと呟き、持ってきたものを頭の中で整理する。


「何か他に…馬車に換金用の魔石あったかな…」

「それください」


 イーリスが即座に食いついた。渡す物が決まりホッとするエルネスティーネ。


「魔石ならある分全部あげるわ」

「いえ、魔石ではなく馬車をください」


 これにはエルネスティーネだけでなくカイやヨルクも目を剥いていた。


「馬車はちょっと…」

「なら杖にします?」


 言葉を濁そうとしたエルネスティーネに容赦ない言葉が刺さる。馬車がないと困るが杖には変えられない。諦めたエルネスティーネは馬車を譲ることを承諾した。


「ソルさん、これで移動時間が短くなりますね」

「そ、そうだな」


 イーリスは嬉しそうに空いている手を胸元で握っている。

 エルネスティーネはカイに手伝ってもらい立ち上がると、杖を支えにして震える脚を支えていた。

 自分で言い出したことではあるが、死の恐怖を植え付けられ、馬車も手放すことになった彼女が少々気の毒に思うソルだった。


 各々解散し街に戻り始めた時、街道の方から馬に乗った一人の青年がこちらへやって来た。青年は真っ直ぐアレクシスの元へ行くと、馬上から身を屈め小声で会話をする。

 話を聞いたアレクシスは心底嫌そうな顔をすると、ため息をついてソルとイーリスに近づいた。


「あなたたち、今日の宿まだ決めてないわよね?」

「あぁ、これから探す予定だが」

「なら良かった〜私が取ってる宿に泊まってくれない?明日まで居るはずだったんだけど急に用事が入っちゃって今から発たないといけないのよ〜。料金払ってるから勿体ないでしょ?」


 これは二人にとってはありがたい事だった。宿探しの手間が省けた。ソルが快諾するとアレクシスは高速で二人の手を取り握手する。


「今日はあなたたちに会えて良かったわ♡いいものたくさん見せてくれてありがとう♡」

「こちらこそ決闘のこととかわからないのに、丁寧に教えてくださってありがとうございました」


 イーリスの和かな笑みにアレクシスは感激した。彼女を力強く抱きしめる。


「なんていい娘なの!イーリスちゃん!あなたは凄い魔術師になれるわ!私が保証する!」


 アレクシスは苦しそうにもがいているイーリスを離すと、一歩引いてるソルに狙いを定めた。

 ソルはアレクシスの抱擁をひらりと避け距離をとる。


「あ〜ん、いけず〜♡ミステリアスなお顔見たかったのに〜♡」


 避けられたアレクシスはクネクネしながら抗議した。彼の隣ではイーリスが深呼吸をしている。ソルは距離を縮められないよう彼の挙動に注意していた。

 そこへ青年の咳払いが聞こえる。


「あらやだ私ったら。じゃあねイーリスちゃんにソルちゃん。宿は騎士団の詰所の隣よ。次会ったらお茶しましょ♡」


 アレクシスは二人に手を振ると軽やかに青年の馬に乗った。黙って馬に乗っていれば非常に絵になるのだが、言動が勿体ない。


「そうだ、最近魔術師が行方不明になることが続いてるからイーリスちゃん気をつけてね」


 そう言うアレクシスの顔は少しばかり真面目な表情になっていた。

 前にいる青年が狭そうに座る位置をずらすと、二人に一礼し馬を走らせた。ソルちゃん守ってあげてね〜というアレクシスの言葉が尾を引いていく。夕暮れの中馬は街へ駆けて行った。


 同じく街へ向かうエルネスティーネ一行の背中が遠くに見える。歩けないエルネスティーネはカイに背負われていた。


「俺たちも街へ戻ろう」


 イーリスがこくりと頷き二人も帰路についたのだった。



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