20、魔術師略式決闘
「賭ける物も決まったかしらね。じゃあギャラリーのみんなは危ないから離れて離れて〜」
アレクシスが観衆を退避させる。強力な魔術を放つのであればかなり離れなければならないだろう。
ソルたちは遠巻きに対峙した二人の少女を見守る。
エルネスティーネは今までの傲慢な態度から一変して真面目な表情になっていた。その真剣な眼差しはイーリスに注がれている。
対するイーリスは心に闘志を宿しながらも、静かな湖面のように落ち着いていた。
街で口論し合っていた時とは大違いだ。
「どっちが先攻かしら?」
「あたし。格の違いを見せつけてあげるわ」
「イーリスは後攻でいい?」
イーリスは何も言わずに頷いた。
「いーい?相手に放つ魔術は一回だけ、防御結界も一回だからね。結界の再展開はナシ。二回以上使ったら失格よ。あと、当たり前だけど禁忌魔術は禁止だからね。」
アレクシスは二人に言い聞かせるように話している。得に禁忌魔術のところが強調されていた。彼は顔に手を当てると、楽しみを堪えきれない笑みとなる。踊る心が表面化していた。
「将来有望な魔術師たちがどんな魔術を使うのか楽しみだわ♡」
決闘前には儀礼的な作法があるが、今回は略式なのでそれも省略された。
エルネスティーネとイーリスは適当な距離を空けて対峙する。アレクシスは少し離れた場所まで移動し、二人の準備が完了したことを確認した。
「まずは先攻エルネスティーネ!」
彼が高らかに宣言すると、エルネスティーネの周囲を魔力の奔流が覆う。目を閉じて集中し、魔力の流れを具現化していく。
髪を大きく翻しながら彼女の頭上に現れたのは炎の龍。しかも街で見たものとは桁違いに大きい。
鱗や髭、五指に握られた宝玉まで炎で再現されている。まるで異国の神を顕現させたようなその光景に、観衆は皆息を飲んだ。
遠くを歩く人々も何ごとかと歩を止め龍を見ている。
エルネスティーネはゆっくりと目を開け、イーリスを見据える。彼女の周りには防御結界が展開されていた。
巨大な龍の前では、ただの結界は頼りなく見えてしまう。
ソルはエルネスティーネの実力に唸った。同時に不安が襲う。イーリスを信じると決めたが、あれ程の魔術を防げるのだろうか。
「どうだ?あれがうちのお嬢様の力だ。悪いがあんたの嬢ちゃんは勝つ事はできんだろう」
隣にいたヨルクが惚れ惚れとした顔をしていた。盾としては負けたが、仕える魔術師では負けないという心内が見える。
更にその隣では、キラキラした瞳のカイがエルネスティーネを応援していた。
部は悪く感じるが、角狼の猛攻を防いだイーリスの結界を思い出しヨルクに言葉を返す。
「うちの魔術師の結界は魔物の攻撃も防いだ。あれくらい問題ないさ」
ヨルクは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。苦し紛れの言葉だと思われたのだろうか。
ソルは遠くに見える小さな横顔へ心中でエールを送った。
エルネスティーネは、何を言っても静かに噛み付いてくるイーリスが気に食わなかった。グレード最下層であろう杖を使っているにも拘らず、魔術の発動が早く自分の実力に自信を持っているところも気に触る。
おまけに盾が強いのもイラつかせる。
何としても勝つ。
頭上の龍から放たれた熱波で汗が滲んできた。
エルネスティーネが杖を掲げると龍が首をもたげた。そして杖を振り下ろすと、炎の龍が顎門を開きイーリスへ突撃する。
龍が結界に激突すると、轟音と共に大爆発を起こした。爆風と衝撃波が離れている観衆にまで届く。ソルはフードを押さえながら身を守る。
あまりの爆風に、彼女たちの近くにいるアレクシスの安否が気になるところだ。
爆発の直後、結界を張って自身への爆風を防いだエルネスティーネは勝利の笑みを作っていた。今までの決闘で、この魔術を使って負けたことはない。いつも相手の結界は衝撃で崩壊している。
土煙が収まりイーリスの姿が出てくるのを、今か今かと待つ。
視界が晴れると焦土と化した元草原の中に、ぽつんと立つイーリスが現れた。周囲に展開している結界は、上部が極一部破損しているだけで結界の形を保っていた。
エルネスティーネは苦虫を噛み潰したような顔になる。あれを防ぐとは、いったいどれだけ強固な結界なのか。そしてその結界を平然と展開しているイーリスがますます気に食わなくなった。
「とんでもない威力ね〜。ちょっとやり過ぎよ♡」
爆風が直撃していたであろうアレクシスは何故か無傷だった。
イーリスが結界の維持を止めると、青い燐光となり消えた。焦土の中、彼女の周りだけ青々とした草花が残っていた。熱気の余韻が白い肌を掠める。焦げ臭さが鼻を突き、イーリスは顔を僅かに顰めた。
「あなたも固いわね〜凄いわ♡」
アレクシスは二人の少女を交互に称賛し、非常に楽しそうだ。
ソルは一安心していた。イーリスの結界はあまり損壊していない。これは大きなリードではないか。次はイーリスがエルネスティーネの結界をもっと破壊出来れば勝ちだ。
隣のヨルクはイーリスの結界が残っていたことに驚きを隠せないでいた。腕組みをして何やら唸っている。
「言ったろ?」
「…」
ヨルクは何も言い返せずにいた。そんな彼とは対象的に、カイは変わらず輝く瞳で応援し続けている。
アレクシスは再び二人から距離を取ると開始の宣言をする。
「次は後攻イーリス!」
エルネスティーネは直ぐに防御結界を展開する。彼女は防御に関しても自信があった。同級生では自分の結界を破れる者はいない。加えてこの杖の魔石は防御結界を強化する特殊効果があった。彼女自身本当は攻撃に特化した杖の方がよかったが、過保護な母からゴリ押しされこの杖を使っている。
銀色に輝く杖の柄を握りしめてイーリスの出方を窺う。
イーリスは特に表情を変えることなく一本の矢を出現させた。角狼戦で見た魔術の矢と同じだ。青白くぼんやりと光る矢は、エルネスティーネの龍と比べるとあまりにも貧相に見える。
「あれが嬢ちゃんの魔術かい?」
ついさっきまで唸っていたヨルクは、イーリスの矢を見ると半笑いでソルに話しかけた。言いたいことはわかる。エルネスティーネの魔術を見た後だと力不足感は否めない。
「見た目じゃわからないだろう」
ソルはイーリスには何か策があるのだと感じた。矢の雨を降らせていた彼女が、ただの一本で挑むとは思えない。
今度はイーリスが集中し始める。艶やかな髪が大きく翻りローブははためく。彼女の周りでは魔力が嵐のように暴れ回っていた。エルネスティーネの規則的な力強い大河のような魔力の流れとは違い、荒れ狂う大海を彷彿とさせる荒さだ。
彼女の頭上の矢は魔力を込められ徐々に肥大化していく。矢はもはや槍程の大きさになっていたが、それ以上は肥大することはなかった。
荒々しい魔力に一瞬怯んだエルネスティーネだったが、矢が槍になっただけだったので安堵した。あの程度なら多少大きくなったところで、この結界の前では何も変わらない。
矢が槍になっても大して変わらない、それは観衆も同じ考えだった。シンプル故に凄みを感じられない。ソルですら、本当に勝てるのか一抹の不安が拭いきれなかった。
そんな中、アレクシスだけがイーリスの魔術の異質さを感じ取っていた。魔術の槍は基本の造形魔術そのものだが、それに込められた魔力の密度の高さが異常だった。この魔力の濃さは魔術の才がある者にしかわからない。
エルネスティーネを見るが防御結界に集中しており、異常な魔力の流れに気づいていないようだ。
凝縮された魔力により槍は陽炎のようにゆらめいている。
「何よアレ…まるで攻城兵器じゃない…」
アレクシスは背筋に冷たいものを覚えた。魔術に畏怖するのはいつぶりか。
これだけ魔力を使っているのにイーリスの表情は変わらない。恐ろしい潜在魔力量だ。
イーリスが空いている手を掲げる。白い指は人差し指のみ天を向いていた。はち切れんばかりに魔力が込められた槍は放たれる時を待っている。
一拍の間の後、彼女は手首だけを動かしエルネスティーネを指した。
その瞬間凄まじい風切り音と共に槍が射出された。
槍はエルネスティーネの結界を易々と破ると、彼女の側頭部ギリギリを通過し珊瑚色の髪を一房千切り取って行く。槍は止まることなく後方の樹木を粉砕する。
一瞬のことで状況が理解できていないエルネスティーネだったが、結界に空いた大穴を認識すると驚愕に目を見開いた。
先程のイーリスの結界に比べ、明らかにエルネスティーネの結界の損傷度合いが大きい。
大穴から手を上げたままのイーリスが鮮明に見える。彼女の口が動いた。
「まだ終わっていませんよ」
その言葉の意味にエルネスティーネの背筋が粟立つ。
イーリスが手首をくるりと回すと、高らかに滞空していた槍が高速で旋回する。
「動かないでくださいね」
柔らかな声音だが、エルネスティーネには死刑宣告に聞こえた。
イーリスが指を下に向ける。
槍が悲鳴のような風切り音を発生させながら、高速で真下のエルネスティーネへ向かう。
彼女は空を仰いでただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。アレクシスが何か言っているが彼女の耳には聞こえない。
死の槍は残る結界を紙のように破壊し、轟音と共に地面に突き立った。維持されなくなった結界が紅い燐光となり消えて行く。
そこには震える足でかろうじて立っているエルネスティーネと、彼女の目の前でゆらめく槍があった。
イーリスが手を下ろすと槍は崩れていく。
エルネスティーネは槍が実体を失って消えるのと同時に、地面にへたり込んだ。彼女の膝の先には槍が穿った深い穴が残っている。
観衆もアレクシスも圧倒的な魔術を目の当たりにし言葉が出なかった。
静寂の中イーリスがエルネスティーネに歩み寄る。小さな足音がやけに大きく聞こえた。イーリスがエルネスティーネの前に立ったが、彼女は俯いたまま動く様子はない。
「私の勝ちでよろしいですね?」
声をかけるが反応はない。首を傾げアレクシスの方を向く。
「この決闘、私の勝ちですよね?」
イーリスは薄く微笑んでいる。アレクシスは口を開けたまま固まっていた。普段ならよく回る舌が中々動かない。
「…え、えぇ…あなたの勝ちよ…」
絞り出すような声でアレクシスがイーリスの勝利を宣言した。
イーリスは花が咲くように笑い、ソルに向けて手を振る。
こうして二人の少女の決闘は終幕となった。




