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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第二章 辺境の街セレスタ
19/72

19、決着と賭け

 ソルが地を蹴り、一瞬でカイとの間合いを詰めた。ソルの動きを追えなかったカイは、盾で防御する間も無く双剣で剣を撥ね上げられた。重い一撃にカイの手に痺れが走る。

 刹那の出来事にカイが反応できないままでいると、ソルの剃刀のような蹴りが襲う。蹴りは正確にカイの顎先を捉えた。カイの身体から力が抜け、気を失い倒れる。

 空高く撥ね上げられていた剣が、臥した彼の側の地面に深く突き刺さった。


 瞬く間にカイを倒したソルに横から斧槍の連撃が繰り出される。そのスピードは一段と速くなっていた。

 ヨルクも本気を出したようだ。

 斧槍の旋風のような斬撃を双剣で受け流し、突きを紙一重で避ける。反撃の隙を与えない猛攻にソルは一歩、また一歩と後ろに下がる。

 一見するとヨルクが押しているようだが、彼は内心焦っていた。どんなに速く重い一撃を加えても、実体のない幽霊でも相手しているかのように手応えがない。回避されるのはまだわかるが双剣に当たっても、硬い衝撃を感じる前に刃の軌道を逸らされる事が信じられなかった。恐ろしい技量だ。

 だが反撃が来ないのであればこのまま押し切れる可能性はある。これだけの攻撃を捌いているのだ。集中力が途切れればいつか捌ききれなくはずだ。

 ヨルクは手応えなくとも攻撃の手を休める事なく攻めていった。


 一方ソルは思っていたよりヨルクの攻撃が速いことを素直に心の中で賞賛していた。重い斧槍を槍のように軽やかに扱える力と技量は中々のものだ。

 だがいくら速くとも剣筋が真っ直ぐで見切りやすい。戦いの中でというより訓練で磨かれてきた技術のようだ。命のやり取りのない訓練のみでは、ある種の狡猾さや駆け引きは習得し難い。

 勝つために手段を選ばない戦場を渡り歩いたソルには、その真っ直ぐな斧槍捌きが眩しかった。


 上段からの斧槍の一撃を受けた双剣に乱れが出た。受け流しきれずソルの体勢が揺らぐ。この好機を逃すヨルクではない。渾身の力を込めて前へ踏み込み、胴体目掛けて大きく斧槍を振るった。あの不安定な体勢では避けることは難しいだろう。双剣で受けたとしても衝撃を殺しきれずダメージを負うはず。

 勝利を目前にしたヨルクは口角を上げる。だが、斧槍がソルに当たる直前、あの不敵な笑みを見た。その一瞬で彼は自分の判断が間違っていたことに気づいたが、時すでに遅し。

 ソルは斧槍の大振りな一撃を前に出ることで回避し、そのまま柄を掻い潜りヨルクに肉薄した。ソルが刃を向けるのと斧槍が空を切るのはほぼ同時だった。


 首筋に冷たい刃を感じてヨルクは動けなかった。攻撃の連続で上がった息を整わせることすらできず、浅い呼吸を繰り返すしかできない。

 彼が視線を下げると、白いフード頭と首筋に当てられた剣が見えた。

 ヨルクは斧槍を手放すと震える声で降参だ、と言った。

 ソルはゆっくりと右手を下ろし双剣を鞘にしまった。

 自由になったヨルクは、大きく息を吸い空気を貪るように呼吸をした。対するソルの呼吸に乱れはない。


 パチパチと拍手をしながらアレクシスが近づいてきた。


「やだ〜凄いじゃない!フードのお兄さん、ソルだっけ?強〜い♡」


 ソルの手を取りブンブン上下に振っている。


「私のとこに欲しいわ〜♡」


 熱い視線が注がれるが、ソルはやんわりとアレクシスの手を剥がした。


「ちょっと!カイはともかく何であんたまで負けてんのよ!」


 ソルの背中にキンキン声がぶつかる。振り向くとエルネスティーネがヨルクに詰め寄っていた。


「お嬢様、すいません。今回は相手が悪すぎました」

「言い訳なんか聞きたくないわ!あんなに押してたくせに反撃されるなんて気が緩んでるんじゃないの!?」

「いや、あれは…」


 ヨルクかどう説明するか言葉を選んでいるとアレクシスが口を挟んできた。


「あれはね、こっちのフードのお兄さんがワザと体勢を崩したフリをして攻撃を誘ったのよ♡」

「どういうこと?」


 隙の少ない連撃から隙を作り出す為にわざと剣の乱れを出した。ヨルク程の武人ならそれを見逃すことはない。それを好機と捉え必殺の一撃を出す。だが大きな一撃は隙も生み出すことになる。その隙を突いてソルは勝ったのだ。

 アレクシスは武術の知識がないエルネスティーネにも理解できるよう噛み砕いて解説した。


「とまぁ、坊主のお兄さんはまんまと騙されたってわけよ」

「何よそれ、ズルいんじゃない?決闘って正々堂々するものじゃないの!?」


 納得いかないエルネスティーネはヨルクの甲冑をガンガン拳で叩きながらヨルクを見上げる。


「ズルなしで闘ったらあんたの方が勝わよね!?」  

 ヨルクは両手を彼女の肩に優しく置くと諭すように語りかけた。


「…いえ、お嬢様。それはないです。今なら分かります、あの者は闘いの最中ずっと手加減していました。何回やっても結果は同じです。武人としてのレベルが違うのです」


 ソル程の武人ならあの連撃くらい、強引に反撃できた筈だ。だがそれをしなかったのは、ヨルクに怪我を負わせたくなかったからではないか。隙を作ることで、確実に無傷で降参させるようしたのだとヨルクは考えていた。


「私の力不足です。申し訳ありません」


 頭を下げられたエルネスティーネは渋面になったが、それ以上は何も言わずにヨルクから離れた。かわりにまだ気を失ったままのカイを蹴り上げる。

 目を覚ましたカイは上半身を起こして周りを見渡すと、状況を察してエルネスティーネに土下座した。

 カイの謝罪とエルネスティーネの怒声が響く。


「ソルさんお疲れ様です。決闘はどうでしたか?」


 ソルの隣にイーリスが来ていた。その表情はどこか嬉しそうだ。


「ガルドラントの決闘とは全然違うな」


 ガルドラントでの決闘は生死を問わないので、いつも相手を殺す気でやっていた。もちろん相手も殺す気満々なので正々堂々とはやってられない。勝つためにはなりふり構ってられないのだ。

 だがこの決闘はなんだ。相手からの気迫はあるが殺気が感じられない。殺してしまったら負けになるので、そうなってしまうのだろうが。決闘と言うより訓練試合のようだ。


「それにこういう決闘は気を使う」


 今回の件ではカイとヨルクに非はないので、一方的に痛めつけるのも気が引けた。侮られた分だけお返ししてしまえば、後は遺恨を残さないよう最低限のダメージで済むように動いた。あまり負傷させないように立ち回るのは普通に闘うより神経を使う。


「決闘で気を使うなんてソルさんは不思議な人ですね」

「ま、いろいろ俺なりに考えてるんだ」


 ソルの胸の内を知らないイーリスは首を傾げていた。


「ほら、次はイーリスの番だろ。準備はいいのか?」

「準備など必要ありません」


 決闘を前にして彼女の声音からは黒魔女が見え隠れしている。

 一陣の風が吹いてイーリスの髪を舞い上がらせた。日が傾き始めた草原には長い樹木の影がかかっている。

 遠くの街道には帰路に着く農夫たちが見えた。




「はーい、じゃあメインの決闘始めましょ〜」


 アレクシスがイーリスと、カイに説教中のエルネスティーネを場の中央に呼んだ。


「街から離れてるとはいえ、ドンパチやり過ぎると苦情がきそうだから今回は略式でいいかしら?」


 エルネスティーネはやや不満そうだか頷いた。イーリスは略式でどころか決闘のことはわからない。彼女はその事をアレクシスに伝えると、簡単に概要を説明してくれた。


 魔術師の決闘は正式と略式がある。正式は盾同士の決闘のように闘い合うが、いくつかのルールと装備制限がある。

 略式は防御結界を張った相手に向かって一発ずつ魔術を放つものである。より相手の結界を破壊した者が勝利となる。正式と違って単純な力比べとなっていた。


「ありがとうございます。私も略式で結構です」

「あんたってこんな事も知らないのね」


 エルネスティーネがイーリスを見下して笑うが彼女は相手にしない。その様子にムッとしたエルネスティーネは一つの提案を出した。


「ねぇ、勝った方が相手の物を一つ貰えることにしない?決闘ではよくある事でしょ?」

「そうなんですか?」


 イーリスはアレクシスに問うた。


「そうねぇ、お互いの物を賭けるのは決闘あるあるかしら」


 その言葉にイーリスは納得したようだった。

 エルネスティーネは腰に手を当て、胸を張りソルを指差す。


「じゃあ、あたしが勝ったらあんたの盾をちょうだい」

「えぇ?」


 思わぬ飛び火に、ソルの口からは間の抜けた声が出ていた。エルネスティーネの護衛は勘弁願いたい。それに人を物のように扱わないで欲しい。

 イーリスよ、その提案に乗るのはやめてくれ。彼女には自分が必要なはず、手放すようなリスクは取らないと信じている。とソルは心の中で念じた。


「いいですよ」

「えぇ!?」


 あっさりした返事に、ソルは先程より大きな声が出てしまった。エルネスティーネもそんなに簡単に応じると思っていなかったのか、やや面食らっている。


「そのかわり私が勝ったらあなたの杖をください」


 エルネスティーネは一瞬怯んだが、直ぐに元の調子に戻る。


「い、いいわよ!あたしが絶対勝つんだから!」


 その言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。杖を握る手に血無意識に力が入る。


 何か言いたげなソルの気配を察知したのか、イーリスが彼の袖を引っ張った。


「何も心配することはありません。勝つのは私ですから」


 イーリスの言葉には巌のような揺るぎない自信がある。ここは彼女の実力に賭けるしかない。


「あぁ、頼んだぞ」


 ソルはイーリスの背を軽く叩いた。彼女の目に静かな闘志が宿る。




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