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獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第二章 辺境の街セレスタ
18/71

18、盾の決闘

 門近くの騎士団の詰所前では、少女の後ろで盗人を担いでいた男がいた。盗人を引き渡したのだろう。

 男はイーリスに気づくと小走りで駆け寄ってきた。嫌味の一つでも言われるのかと思ったが、かけられた言葉は意外なものだった。


「うちのお嬢様が迷惑をかけて申し訳ありません!」


 困り顔の男はペコペコと頭を下げていた。予想していなかった事態にソルは内心戸惑った。イーリスはキョトンとしている。


「そこの魔術師のお嬢さんが言ってたことが本当なんでしょう?食事を駄目にしてしまってすいません」


 男は大きな体を丸め中腰になり、イーリスに銀貨を差し出した。


「これは駄目にした食事代です。受け取ってください」


 パン代にしてはかなり多い。詫び代も入っているようだ。


「あなたがした事ではないので受け取れません。私が欲しいのはお金ではなくあの人の謝罪です」


 イーリスはキッパリと断った。困った男はちらりとソルを見た。


「諦めてくれ。こちらもかなり強情なんだ」


 男はしょんぼりと銀貨を引っ込めた。何というかこの男、大型犬のような愛嬌がある。よく見るとまだ年若いようで優秀な護衛とは程遠く感じる。短い黒髪の下、額には小さな傷痕がある。


 二人と男はそのまま共に街の外に歩いて行く。後ろを歩く男がポツポツと話し始めた。


「うちのお嬢様は少し傲慢なところがあるから、こうやって度々トラブルになってしまうことがあるんです」


 男の独白めいた言葉が続く。そうだろうな、とソルの心の声が口から漏れていた。


「でも本当は優しくて思いやりのある方なんです。人との接し方が下手なだけで…」


 イーリスと口論していた姿からは男の言う優しさとか全く想像できない。


「だから許してやって欲しいです…」

「無理です」


 イーリスに一蹴され男はまたしょんぼりしている。男の発言と態度からするに、雇われた護衛ではなく、少女の身内か使用人のような普段から近い間柄に感じる。

 門を出ると右手の草原に金髪が見えたが、かなり距離がある。魔術師の決闘となると街に被害を与えないよう離れた場所で行う必要があるのだろう。


 草原を歩いていくと、少女の他にも何人かの野次馬の姿も確認できた。

 ソルとイーリスの後ろにいる男に気づいた少女は険しい顔になった。


「何でこいつらと一緒に来てるのよ」

「だって行く所が同じだから、しょうがないじゃないですか〜」


 男は困ったように頭を掻きながら少女の後ろに控えた。


「あら、これで揃ったわね♡」


 金髪の男は両手を合わせてにこりと笑った。


「まずはみんな自己紹介しちゃいましょ。決闘なら名を名乗らなくちゃね。じゃああなたから♡」


 少女が促されると背筋を伸ばしてイーリスを見据えた。


「あたしはエルネスティーネ。ちなみに学校では首席だから。」


 自信たっぷりに鼻を鳴らす。イーリスは特に反応を見せない。


「私はイーリスです」


 彼女の自己紹介は至極簡潔だった。


「エルネスティーネとイーリスね。私はアレクシスよ♡」


 アレクシスは二人とそれぞれ握手をすると今度はソルと甲冑の男たちに視線を送った。


「魔術師の決闘の時は、盾が同行しているならまずは盾同士で闘ってもらうんだけど、お兄さんたちどうする?盾の闘いは絶対ではないから、すっ飛ばして魔術師の闘いにしてもいいけど」


 まさか自分も決闘の対象になっているとは考えていなかったソルは、思わず正面にいる甲冑の男たちを見た。

 二人とも面倒そうな表情をしている。同じく面倒事は避けたいソル。意見は一致しているようだ。


「俺たちは闘わなくて」

「もちろん闘うわよね!」


 ソルの言葉に被せるようにエルネスティーネの甲高い声が響いた。


「あんたの盾もボコボコにしてやるんだから!あんたたち、気合い入れてやりなさいよ!」


 甲冑の男たちはやれやれといった様子で胸に手を当てて一礼した。

 ソルは小さくため息をつく。それを聞いたイーリスは肘でソルをつついた。


「ソルさん。まさか負けたりしないですよね?」


 やや棘のある言い方だ。負けることは許されないと暗に脅されているようだ。やるしかないか。


「負けないさ。」


 こうして盾同士の闘いが始まることになった。


 イーリスとエルネスティーネはそれぞれ離れた場所まで移動した。

 アレクシスが盾同士の闘いのルールを説明する。


「盾の闘いは前座みたいなものだから作法とかはないわ。魔道具と飛び道具は禁止だから使ったら失格、負けね。殺しちゃうのも無しだからね。あ、名前くらいは名乗ってもらおうかしら」


 ソルから順に名乗っていった。甲冑の男はさっきの黒髪の男がカイ、もう一人の坊主頭の方がヨルクという。ヨルクはカイと違って武人の風格がある。


「人数は違うけどそのまま二対一で闘ってもいいし、二人の方は代表者だけが闘ってもいいしおまかせするわ〜」


 アレクシスは手をひらひら振ると少し離れた所に歩いて行った。


「さてどうするか。流石に二対一はあんまりだろう」


 ヨルクが頭を撫でながらソルを見た。ソルはフードと前髪の隙間から二人を見上げた。体格は二人の方が圧倒的に上だった。ソルも背が低い訳ではないがこの二人といると小柄に見えてしまう。更にソルの防具は皮の胸当てと手甲のみ。二人の防具と比べると貧弱感は否めない。


「俺では直ぐ終わってしまいそうだからカイ、おまえが闘え」

「え〜、僕ですか。自信ありません…」

「大丈夫だ。この前野盗を追っ払っただろ?あんな感じだ」


 ソルは野盗と同程度だと思われているようだ。そう言えばエルネスティーネからもショボいだの貧相だの言われていた。野盗、ショボい、貧相、この言葉がソルの頭の中をぐるぐる回り、気づいた時には


「俺は別に二対一でもかまわないが」


 挑発ともとれる言葉が飛び出していた。

 カイは変わらず困り顔だったがヨルクは違った。眉間には深い皺が刻まれ、不快感を露わにしている。


「言うな、あんた。己の力量もわからないのか」

「己の力量を踏まえての提案だ」


 ギスギスとした雰囲気に耐えられないカイが、二人の間でオロオロしている。


「ちょっと〜まだ決まらないの〜?」


 痺れを切らしたアレクシスが声をかけてきた。同時に離れた所からエルネスティーネの早くしなさいよ!と言う声も聞こえてくる。


「じゃあおまえの言う通り二対一でいいぞ。後悔しても遅いからな」


 ヨルクは鼻で笑い、背中に取り付けていた槍斧(ハルバード)を手に取った。彼の身の丈程もある斧槍を重さも感じさせず持っている。

 カイは腰の剣を抜き、背中から小型の盾を外して装備した。先程までのオロオロしていた彼とは違い、緊張しているものの剣士の顔になっていた。


 ソルも腰の双剣を抜き放つ。

 三人は一定の距離を取ると各々構えた。


 お互い相手の出方を見ている中、最初に動いたのはヨルクだった。獲物のリーチが長い分少し距離を詰めれば相手に攻撃が届く。

 まずは俊速の突きがソルを襲う。ソルは横に体をずらし回避するが、直ぐ様横薙ぎの一撃が来た。身を低くし避ける。

 そこへカイが剣を振り下ろすが、右の剣で受け流され地面を抉るのみだった。ソルは間髪入れずカイの剣の切先を踏んで地面に固定すると、盾目掛けて蹴りを放つ。衝撃にたたらを踏んだカイはあろう事か剣を放してしまった。


 動揺するカイを押し除けて、ヨルクが袈裟に斧槍を振るう。ソルは上半身を軽く捻り避け、次に来る下からの斬撃を半歩下がって避けた。斧槍を振り上げた体勢になっているヨルクの空いた胴に、カイの時と同じく蹴りを放った。力を込めた蹴りではなので体勢を崩させるのみだ。

 その僅かな隙に、足元近くに落ちているカイの剣を蹴り上げた。剣はヨルクの顔面に当たって再び地面に落ちた。当たったのは剣の腹だが、鼻に命中したのでそれなりの痛みがある。ヨルクは顔をしかめた。


 ソルは後ろに跳躍して距離を取り、逆手に持った左手で剣を指した。


「すまん、剣を返してやろうとしたが狙いが外れてしまった」


 明らかな嘘にヨルクは怒りを滲ませる。

 カイは緊張した面持ちで地面に転がる剣を拾った。そして相手との力量の差を痛感していた。二人で攻撃、正確にはほぼヨルクの攻撃だが、それを彼はほとんどその場を動かずに最低限の動きで回避していた。

 自分の攻撃はいざ知らずヨルクの攻撃も見切られている。彼は相当腕の立つ剣士であることが伺える。正直カイはもう降参したかった。

 ヨルクも侮っていた相手が手練だと気づいているが、怒りの方が先に来ているようで引く気はない。斧槍に込める力を強くしている。


「さて、準備運動はこれくらいにしてもいいか?」


 フードの下から覗く不敵な笑みに二人は身構える。



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