表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣は黎明の空に何を見る  作者: 多真倫土
第一章 旅立ち
13/74

13、荷馬車に乗って

 荷台にはもう乗れる空間がないので、ソルは御者台に行った。ギムレットの隣に座ると荷馬車はゆっくりと動き出した。

 その速度はかなり遅く、徒歩と変わらない。


「何でこんなにゆっくりなんだ?」

「野盗に襲撃された時にかなり無理に走らせたから拗ねてんだ。何しても機嫌直してくんねぇ。こいつら気分屋で困るんだよ」


 二頭の馬は自分のことを言われていることに気づいてか鼻を鳴らした。馬は賢く気性の差が大きい。気分屋の馬なら扱いは難しいだろう。


 ソルは御者台から降りると二頭の馬の前に立った。二頭は背は低いが脚はがっしりと太い。荷物を運搬や農耕に使われる馬だ。栗毛と葦毛でたてがみが長い。二頭はソルに気づき歩みを止めた。


 ソルは少しだけフードをずらすと、二頭それぞれと目を合わせた。そして葦毛の馬の鼻筋を撫でじっと目を覗き込む。ソルが頼んだぞと声けかけると、馬は口をもぐもぐと動かした。栗毛の馬も軽く鼻筋を撫で、御者台へ戻った。


「機嫌直してくれたぞ。もう大丈夫だろう」


 ギムレットは半信半疑で二頭の手綱を動かした。すると今までとは違って軽快なリズムで歩き始めた。


「おぉ!あんたは調教師の経験でもあんのか?凄いな!」

「調教師の経験はないが動物の扱いは得意なんだ」


 獣憑きのせいなのか昔から動物に懐かれた。それに動物の目を見ると何となくではあるが気持ちがわかる。気性の荒い騎馬を手懐けることはよくあった。


「気分屋なのは葦毛の方で、栗毛は葦毛に合わせているだけのようだ。栗毛は単体なら扱いやすいと思う」

「そんなことまでわかるのか!いやぁ助かるわい」


 ギムレットは上機嫌でソルの背中をバシバシ叩いた。


「これなら明日にはセレスタに着くぞ。儂の予定も何とかなりそうだ」

「急ぎの用事があるようだな」

「大急ぎだ。でなきゃ、新月の夜に馬車走らせたりしねぇよ。ハルバハールに鉱石の仕入れに行ったら落盤で鉱石の採掘が止まっちまってよ、仕入れできるまでにえらい時間食っちまったんだ」


 話を聞くとギムレットは鍛冶屋を営んでおり、先月大口の依頼を受けていた。使う鉱石は自分で見て仕入れたい彼は、遥々他国まで行きトラブルに合い今に至る。納期までには余裕があったはずが、足止めを食らいギリギリの状態になっている。

 わざわざ鉱石の買付けに他国まで行く鍛冶屋なんて聞いたことがない。かなりこだわりがある職人のようだ。


「あんたと嬢ちゃんはもう休んでていいぞ」

「いいのか?」

「いざと言う時にしっかり働いてもらうからな。それまでは休憩しといてくれや。この幌は頑丈に作ってあっから上で横になんな」


 ギムレットはニカっと笑い荷台の上を指した。ソルは頷くと、荷台の小窓を開けイーリスに休むよう伝えた。積まれた木箱で彼女の姿は見えないが小刻みなサクサク音と、何かあったら起こしてくださいという返答が聞こえた。


 ソルは荷台の上に乗ると仰向けになった。目の前の空には大きな雲があり星は見えない。

 懐からさっきギムレットから貰った焼き菓子を出した。大半はイーリスに渡してあり手持ちは三枚だ。一枚食べてみると、ナッツと大麦の香ばしさと乾燥したイチヂクや葡萄の濃い甘味が広がった。こういう焼き菓子は初めて食べるがとても美味い。あっという間に三枚食べてしまった。量は少ないが甘味を食べた後の満足感がある。


 荷台の上は馬車の振動が少なかった。幌も頑丈で安定感がある。目を閉じると今日の疲労感がまとめて襲ってきた。ギムレットの言葉に甘えて休憩を兼ねた仮眠をとることにする。意識を手放すのに時間はかからなかった。






 翌朝も荷馬車は街道を順調に進んでいた。

 夜間は結局あと二回野盗に襲撃された。やはり格好のカモだったようだ。だが襲撃してきた野盗はそれぞれ二人と三人。武装していたものの、ソルに即鎮圧されていた。わざわざイーリスを起こすまでもなかった。


 街道沿いの水場に着くと馬たちの補給と休憩をとった。休みながらとはいえ一晩中歩き続けた二頭は大分疲労が溜まっているようだ。頑丈な馬ではあるが無理をさせ過ぎるのは禁物だ。

 まだ朝早いので水場には他には誰もいなかった。小川からの水が人工的に作られた池に引き込まれている。水は冷たく澄んでいて馬たちは貪るように飲んでいた。

 水場の隣には簡易的な休憩所もあったが、こちらも中には誰もいなかった。


 ソルは荷台からイーリスを降ろすと背嚢から残ったパンを出し二人に渡した。一行は手早く食事を済ませ各々行動する。

 ギムレットは馬に飼葉を与え、少し寝させてくれと言うと休憩所の椅子でいびきをかいて寝始めた。彼もほぼ寝ず馬車を走らせていたので限界なのだろう。

 イーリスはアビィを鞄から出すとそっと地面に降ろした。アビィは周辺をちょこちょこと駆け回り水場で水を飲んでいる。

 ソルは先日の戦いで受けた傷を確認した。どれも浅い傷でもう塞がりかけていた。裂かれた服についた血液は染み込んでおり、水で洗っても簡単には取れない。これは新しい服を新調した方が良さそうだ。

 双剣も刃こぼれや歪みがないか確認する。刀身を様々な角度から見たが問題ないようだった。


 剣を鞘に戻すとイーリスがやってきて馬を指した。


「あの、あれが馬なんですよね」

「そうだ。イーリスは見る、じゃなくて合うのは初めてか?」

「はい。ちょっと触ってみたいんですが大丈夫ですか」


 彼女の目には好奇心の光。薄々感じていたが彼女は好奇心旺盛なタイプのようだ。


「大丈夫だろう。こっちへ」


 栗毛の馬の方へ誘導するとまずはソルが背を撫でた。飼葉に夢中でこちらに反応はない。イーリスの手を取るとゆっくり背を触らせた。

 彼女は滑らかな手触りと温かさを感じ、目元をほころばせていた。しばらく撫でていると飼葉を食べ終えた葦毛の馬が鼻を鳴らした。ソルがそちらを見ると、こっちも撫でろと言わんばかりの視線が送られていた。


 イーリスを連れて葦毛の前に立つと、馬は頭を突き出してきた。ソルが鼻筋を撫でると満足そうにしている。撫で終わると今度はイーリスにも頭を突き出した。彼女の手を鼻筋に乗せ撫でさせると、これまた満足そうにしている。

 その様子を見ていた栗毛がイーリスの後頭部に鼻先を押しつけた。完全に不意をつかれた彼女はヒャッと小さな悲鳴を上げた。


「こっちも撫でて欲しいみたいだ」


 イーリスの反応が面白かったソルは笑いを噛み殺しながら彼女の手を今度は栗毛の鼻筋に載せる。

 すると葦毛がイーリスの後頭部を鼻先で押した。また小さな悲鳴が上がる。栗毛は撫でろとイーリスの手に鼻筋を押しつける。板挟みになった彼女はどうしたらいいかわからず手をふらふらさせている。馬たちの目を見ると、イーリスは遊ばれているようだ。


「彼女で遊ぶのも程々にしてやってくれないか?」


 ソルが声をかけると二頭は渋々頭を引いた。


「いい子だ」


 解放されたイーリスは鞄から乾燥したリーリンの花を出すと、遊んでくれたお礼と言って少しずつ食べさせた。


「滋養の効果があるので疲労回復になりますよ」


 馬たちは食べ終わるとイーリスの手を舐めた。彼女はくすぐったいのか笑っている。

 微笑ましい光景に目を細めていると、街道から小隊を組んだ行商人の馬車が入ってきた。騒がしくなりそうだ。発つ頃合いだろう。


 ギムレットを起こし、草むらでミミズを食べていたアビィを回収する。馬を馬車に繋ぎ出発の準備をした。

 イーリスが御者台に乗りたそうなので、今度はソルが荷台に乗ることにする。


 一行は街道を西へ西へと進んで行く。

 荷台で休んでいると御者台からイーリスとギムレットの話が聞こえてくる。ギムレットには彼女くらいの孫がおり、魔術師の学校へ通っているそうだ。成績はあまり良くないようで根性が足りんとぼやいていた。

 イーリスは旅のいきさつをかいつまんで話していた。そこで初めて彼女の目が見えないことに気づいたギムレットは驚いていた。


「嬢ちゃんは目が見えないのにあんな魔術も使えるんか。努力したんだろうなぁ。はー、俺の孫にも見習って欲しいもんだわい」

「いえ、まだまだ魔術師としては未熟です」


 イーリスとしては本心の言葉だったが、ギムレットには謙遜にしか聞こえないようだ。


「未熟なもんかい!嬢ちゃんでまだまだなら師匠の婆さんは相当強い魔術師なんだろうな」

「強いですよ。以前おばあちゃんの苦手な毒蛙が出た時は一瞬で地形が変わる程の魔術を放っていたので」

「おっかねぇ婆さんだ」


 それにはソルも心の中で同意した。


「そんなに強い婆さんなら犯罪に巻き込まれたりはなさそうだの。儂みたいにギックリ腰になって動けなくなってたりしてな」


 ギムレットは自分の腰をさすった。イーリスはギックリ腰が何かわからないようだ。


「急に腰が痛くなっちまうんだ。去年なってよ地獄だったわ。治るまで一カ月以上かかっちまった。年取るとあちこち痛みやがる。困ったもんだわい」

「そうなんですね。療養所とかも探してみます」


 それからも二人の他愛無い会話が続き、時間が過ぎて行く。


 日が高くなった頃、荷台の前の小窓からギムレットの声がした。


「もうセレスタに着くぞい」


 ソルは後ろの幌の隙間から外を覗いた。街道には旅人や行商人、街道警備の騎士団など人の往来が増えていた。街の近くとはいえ些か人が多いようだ。

 思ったより人が集まる街なのかもしれない。

 風景もただの草原から麦や芋の畑に変わっている。


 荷馬車は進み、一行は辺境の街セレスタに到着したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ