12、夜の街道
日が暮れ辺りは暗くなったが、今日はまだ進むことにした。草原は遮るものが何もなく、風が強かった。吹きさらしでの野宿はイーリスには酷だろう。
街道近くまで行けば、行商人のための簡易休憩所があるはずだ。地図を見る限りそう遠くないようなので街道まで急ぐ。
今夜は新月でいつもより光が少ないが、獣の目を持つソルには関係なかった。星明かり程度でも昼間と変わらずに動ける。
イーリスは疲れているようだが、昨日よりはしっかり歩けていた。これなら街道まで辿り着けるだろう。西へ西へと向かって行く。
半刻程歩くと遠くに小さく灯りが見えた。まだ遠すぎて何の灯りかは不明である。灯りはゆっくり動いており人がいるのは間違いないようだ。
「イーリス、灯りが見えるぞ。街道かもしれない。」
「ようやく休めそうですね。」
イーリスもほっとした表情になる。
灯りの方へ進むとそれは荷馬車であることがわかった。
荷馬車とは運がいい。交渉すれば街まで乗せてもらえるかもしれない。
荷馬車は街道を牛歩の如くゆっくり西へ進んでいる。しかし、ここから距離がある為、このペースでは追いつけないかもしれない。先に走って荷馬車を捕まえたいところであった。
ソルはイーリスに状況を説明し先に行くことを伝えた。
「私は大丈夫ですから行ってください。後で追いつきますから。」
快諾してくれたイーリスを背にソルは荷馬車へ向かって走りだした。冷たい夜の風が髪を翻し頬を撫でる。
荷馬車との距離はぐんぐん縮まっていく。
あと少しで追いつくところで、ソルはあることに気づいた。
足を止め背嚢を下ろし、中から白い布を取り出した。白い布は頭を覆うフードで、それを被ると外れないよう首元の留め金を留めた。
これはイーリスの家で見つけたものだ。街に出るなら目を隠さなくてなならない。何かないかと探していた時に見つけたものだ。イーリスの許可を得て借りている。ちなみにおばあちゃんのものだそうだ。微かに薬草のような匂いがする。
目深に被れば獣憑きとは分からないだろう。
背嚢を背負って再び走る。程なくして荷馬車に追いついた。御者台には初老の男が手綱を持って座っていた。こちらに気づいている様子はない。
ソルが声をかけると男は驚いて叫び声を上げた。男はすぐさま剣を抜き放ち、切先を向けてきた。
「お前らにやるもんなんてねぇ!!」
男の怒声が響く。顔は疲労と憎悪が混じっており切先は震えている。
これは野盗と勘違いされていると感じたソルは、両手を上げ敵意がないことを示した。
「俺は野盗ではない。ただの旅人だ。」
「騙そうとしてるんじゃねぇのか。」
男は疑いの眼差しをソルに向けている。灯りも持たず顔を隠して剣を携えている彼は、野党に見えなくもない。
「野盗ならわざわざ声をかけたりしない。」
男の表情は次第に冷静になりランタンで辺りを照らし、他に人がいないことを確認すると剣を下ろした。
「すまねぇな。さっき野盗共に襲われたばっかりだからよ、また来たのかと思ったのさ。」
「大丈夫だ。自衛するに越したことはない。」
ソルは肩をすくめ腕を下ろす。男はがっしりとした手で蓄えた顎鬚を触りながら、急な来訪者を観察した。
「こんな夜に一人で街道を歩くたぁ肝が座ってんのかおつむが弱いのか。変わりもんだな。」
「まぁ事情があってな。」
男に声に嫌味はなく、思ったことをそのまま言っているようだった。
「そっちこそこんな夜に荷馬車なんて引いてるから野盗に襲われるんじゃないのか。」
「痛いことを言うのう。」
男はニヤリと笑って御者台から降りた。
「お前さんはあれだろ、どうせ馬車に乗せてくれってタマなんだろ?」
「ご明察。この先のセレスタまで乗せてもらいたい。礼はする。」
礼をすると言っても魔石などを換金した後になるが。
「礼はいらねぇ。代わりに道中護衛してくれねぇか。その腰の剣は飾りじゃねぇんだろ。」
「構わないが、護衛もつけずによく野盗を撒けたものだな。」
「護衛はいたんだが、あの野郎襲撃された時に逃げやがったんだ。火の護符があったから逃げ切れたがもう護符はねぇ。」
護符は魔術を使えない一般人でも使用できる。使用すると一回だけ込められた魔術を行使できる。便利だかかなり値が張る物だ。
男は逃げた護衛に毒づきながら荷馬車の後ろに周った。幌付きの荷台を開けると、中には鉱石が入った木箱がぎっしり並べられていた。手前の方に休憩用の空間があった。
「ちと狭いがここを使ってくれ。乗ったら出発するからな。」
「ありがたい。でももう一人連れが来るから少し待って欲しい。」
ソルは振り返ってイーリス来ていないか見渡す。すると近くまで来ているのが見えた。彼女の元へ行くと歩きながら男とのやり取りを話した。
イーリスを荷馬車のまで連れて行くと、男は信じられないと言った顔でソルを見た。
「あんたこんなお嬢ちゃんを灯りも持たさねぇで先に来たのか。とんでもねぇ奴だな。ここの草原は狼も出るんだぞ。」
完全に軽蔑されている。どう説明するか迷っているとイーリスが一歩前へ出た。
「私は魔術師なので自分の身は守れます。ご心配なく。」
男は虚をつかれたような様子だったが、直ぐにガハハと笑った。
「何でぇ魔術師かい!こりゃ運がいい!」
男は御者台から丸まった毛布を持ってきてイーリスに渡した。
「荷台の床は硬ぇからこれ使いな。」
「ありがとうございます。」
イーリスは毛布を抱えると荷馬車の後ろへ行った。荷台によじ登ろうとしたが、魔力探知に何かが引っかかった。
「ソルさん、あちらの方角から何かが接近しています。移動は早くないですね。数は…六体です。」
ソルは即座にイーリスが指した方向へ行き草原の先を見据えた。まだ距離がある為、影程度にしか見えない。
異変に気づいた男もソルの隣に来た。
「あーこれは人ですね。私たちみたいな旅人でしょうか?」
影は散開してこちらを包囲するように動いている。隣の男はランタンを掲げて草原を見ているが、常人の目には暗すぎて見えないだろう。
「違うな。野盗のお出ましのようだ。」
ソルは双剣の柄に手をかけ、影の動きを目で追った。影は人の形がわかるくらいに近づいている。
「また野盗か。あのクソ共め。なぁ嬢ちゃんよ奴らに何か派手な魔術ぶち込んでやってくれよ。」
「派手、ですか。」
イーリスは少し考えると杖を野盗がいる方向へ向けた。
「そこまで派手ではないかもしれませんが。」
彼女の周りに青白く輝く矢が出現した。その数は角狼の時の倍以上ある。矢の一本一本は普通の矢より小振りだが、彼女の周りの空間を埋め尽くす程の数で威圧感がある。
杖を手首で軽く振ると大量の矢は放物線を描いて飛んで行った。夜空を裂く数え切れない程の光の線は、流星群のように草原目掛けて落ちて行く。
草原を穿つ音が同時に鳴り響いた。ついでに悲鳴や叫び声も聞こえる。
魔力探知をすると六人の野盗は方向転換し逃げているようだった。
「逃げ始めましたよ。うーん、やっぱり威力は落ちますね。負傷はしているみたいですけど。もう一発いきます?」
男はあんぐり口を開けていた。イーリスの問いにハッと気づき彼女の方を向く。
「いや、逃げているならもういい。魔術師がいると分かればもう襲って来ねぇだろう。」
その顔はすっきりしているように見える。
「いやぁ花火みてぇだな。いいものを見れた。」
男はイーリスの手を握るとぶんぶんと振った。勢いが強いので華奢な彼女は体ごと揺れていた。その顔には戸惑いがある。
「ありがとよ!頼りになる嬢ちゃん!儂はギムレットだ、短い道中よろしくな!」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
二人も名を名乗る。満面の笑みのギムレットは手を放すと、今度は御者台から白い包みを持ってきた。
「これ食ってくれや。美味えぞ。ハルバハールの名物だ。」
右手は杖、左手は毛布で塞がっているためソルが受け取った。中身は乾燥した果実や胡桃が入った焼き菓子だった。香ばしい香りが漂う。するとアビィが鞄の蓋を押し開けて顔を出した。食べ物に敏感な奴だ。
「いろいろありがとうございます。」
礼を言うと荷台に乗り込む。が、荷台が思ったより高く両手も塞がっているのでジタバタしているだけだった。見かねたソルが子供のように両脇を持って荷台に乗せた。その扱いに彼女はやや不服そうだったが、ぺこりと頭を下げた。




