101、協力関係
焚き火では皮を剥がれ丁寧に処理された鼠が炙られていた。その数四匹。普通の鼠の倍以上ある大型の鼠は脂を垂らしながら香ばしい香りを放っていた。
ソルは焼け具合を見ながら鼠を刺した枝の位置を調整する。
この鼠の内三匹はソルが獲って来たものだった。悲しそうな顔をしているアデルの食い扶持を分けてもらうわけにはいかず狩りに出たのだ。
鼠は素早いが、ソルの速さの方が上回っていた。
短時間で三匹獲って来た時にはアデルがまた目を丸くしていた。
「はい、これそこら辺の草のお茶だけど結構美味しいよ」
アデルが鍋から掬った茶を杯に入れてソルに渡す。
受け取ったソルは一口飲んでみた。若干の渋味があるが爽やかな甘味に覆われ飲みやすい。
「悪くない」
「でしょ。生の葉を煮出すと渋味が凄いけど乾燥させたらこうなるの。知る人ぞ知る地下の味よ」
ソルの正面に座ったアデルも杯に口をつける。しかし、直ぐに口を離した。熱かったのか息を繰り返し吹きかけている。
ソルは話しを切り出した。
「それで、俺に依頼したい事は何なんだ」
ちびちびと茶を飲んでいたアデルだったが、杯を傍らに置いた。赤くなった口唇を開く。
「私の大切なものを取りに行くのを手伝って欲しい」
「大切なもの?」
「杖よ」
「杖って魔術師のか」
「そう」
アデルは胸に手を置いた。
「こんな格好してるけど魔術師なの。ちょっとトラブルがあって杖を下の階層に落としちゃったんだよね。下にはヤバいのがいるから私一人じゃ行けないんだ」
ソルは合点がいった。剣を使いこなせていないのは本職ではなかったからだ。
「大切な杖だから絶対取りに行きたいの」
「そんなに厄介な何かが下にはいるのか」
「厄介も厄介よ」
アデルの目に学者のような思慮深さが広がる。
「あれは生物の理の範疇から出てしまった何か」
「魔物なのか」
「そうともとれなくないけど…そもそも魔物って何か知ってる?」
急な問いにソルは首を横に振った。
「魔物の定義は簡単。魔術を行使する生物のことを指すの。そして魔物は空気中の魔力の濃度が濃い場所を好んで生息する。では、どうして魔物は魔力の濃い場所を好むのか。それは魔物が空気中の魔力を取り込んで己の生命力や魔力に変換するから。凄いよね。魔物の魔術が強力なのはそのせい」
アデルの青緑の瞳には理知的な光が灯っている。
ソルはその目をどこかで見た気がした。だが、漠然とし過ぎて思い出せない。
「この国だったら東の森や南にある湖が有名な魔物の生息域ね。基本的に何もなければ魔物は生息域から出ることはない。例外はあるけど。この地下遺跡は地上と同じで魔力の濃度は濃くない。魔物が好むような場所ではないのよ」
「だが、下の厄介者は魔術を使ったのか」
「えぇ。杖を落とした直後に行ったら襲われて死にかけたわ。暗いからよく見えなかったけど人ではないのは確か」
何故かアデルの表情に悲痛なものが掠めた。それも一瞬で、彼女はよく焼けた鼠肉に手を伸ばした。
「良い感じじゃない。ほら食べよ」
促されたソルも鼠肉を手に取る。
アデルはまだ息を吹きかけて熱々の肉を冷ましていた。
ソルは気にせず鼠肉に齧り付いた。熱いが許容範囲である。独特の獣臭がするが弾力のある肉は意外にも美味かった。
故郷の砂鼠の肉に近い。思い出したソルの心に鈍い痛みが走った。無視して肉を頬張る。
昼と違って食欲も戻っていた。体は確実に回復へ向かっている。
「ソルは何でここに落ちてきたの?あんたってガルドラントの人でしょ」
アデルは肉を冷ましながら問いを投げかけた。
「俺は脱走兵みたいなもんだ。この国では脱走中に助けてもらった恩人と人探しをしていた。それで王都まで来たんだが、ふざけた奴にここへ落とされた」
「ふーん。あんたも難儀な運命ね」
「おかげで恩人とは離れ離れになってしまった。彼女は体調を崩しているんだ。早く地上に戻って安否を確かめたい」
イーリスのことを思うと心が乱れる。それを表に出さないよう残りの肉を口に入れ咀嚼する。残った木の棒を火に焚べた。
「あんたこそどうしてここにいるんだ」
ソルの返しの問いにようやく冷ました肉に齧りついていたアデルが顔を上げる。
「私は変な奴に追われてさ、逃げこんだんだ。ここなら撒けるかなと思って。案の定上手く撒けたよ」
アデルは当時を思い出したのか眉を顰めた。
「ここは前に何回か調査に来てるから構造は覚えてる。で、別の出口から出ようとしたんだけど、崩落でだいぶ地形が変わってて迷うし盗掘者の罠にかかるし散々よ。杖も落としたしね」
「そうだったのか」
アデルも苦労したようだ。
ソルは仏頂面で肉を食べている彼女に気になっていた事を聞く。
「さっき、どうやって俺の存在に気づいたんだ?そういう魔道具でもあるのか」
気配を読むのは素人であろうアデルが自分の存在に気づいた理由がどうしても知りたかった。
アデルの顔が仏頂面から不敵な笑みへと変わる。
「私の勘…と言いたいところだけど、あれはねここに戻る時に必ずやってるの」
「ん?」
ソルは言葉の意味が分からず首を傾げる。
「そこにいるのは分かってんだよーってくだり、毎回やってんの。ようはハッタリ。誰かが寝床の近くに潜んでたら怖いじゃない。杖ないから探知できないし。ああ言えば出て来るでしょ」
アデルはにやりと笑った。
「本当に人が出てきたのは初めてよ。自分でやっててあれだけど、さっきはびっくりしたわ」
「そうか。ハッタリだったとはな」
ソルは内心安堵していた。自分の隠密の技術が落ちていたわけではない。彼女の用心が功を奏したのだ。
ソルは二本目の肉を食べる。アデルがもう一本食べたそうにしていたので残る一本を譲った。
鼠肉はそれなりの大きさがあるが、これだけではソルの腹は満たされなかった。よく考えれば、今日は朝食後からほぼ食べていない。
ソルは背嚢の中から包みを取り出した。これは朝マーガレットからもらった菓子だった。イーリスの鞄には入りきらなかったので背嚢に入れていた。
包みを開くとナッツや乾燥させた果実が入った焼き菓子がぎっしりと並んでいた。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ソルが菓子を一枚手に取ると強烈な視線を感じた。顔を上げるとアデルが焼けつくような視線を送っていた。半開きの口から鼠肉が見えている。
「そ、それって…」
「菓子だ。食うか?」
アデルは激しく頭を上下させる。ソルは菓子を数枚取ると焚き火の向こうの彼女に渡した。
アデルの目は輝いている。
「久しぶりの甘味…!」
もらった菓子を膝に置くと肉を一心不乱に食べ終えた。木の棒を放ると愛おしそうに菓子を摘んだ。
震える手で菓子を口に入れる。目を閉じて咀嚼するアデルはうっとりとした表情をしていた。目の端には薄っすら涙も浮かんでいる。
「美味し過ぎる…」
甘さを噛み締め幸せに浸っているアデルを見たソルはその気持ちがよく理解できた。
遠征などで長らく荒んだ食生活を送っているとたまの甘味が極上の娯楽となる。彼女も遺跡での生活が長引き、まともな食事ができていないのだろう。
ソルも菓子を食べる。香ばしさと甘さが口の中で弾けた。この味、以前食べた事がある。
「これハルバハールのお菓子よね。どこで手に入れたの」
もう菓子を平らげてしまったアデルが包みを指した。
「菓子屋をしている知人からもらった」
「その店って王都にあるの?」
「あぁ。南の方にある」
「いいなぁ。行ってみたい」
アデルは頬杖をついた。
ソルは彼女の問いで思い出す。これはギムレットに初めて会った時にもらった菓子と似ている。彼はハルバハールの名物と言っていた。
エリシスの人間がハルバハールの菓子を作るとは珍しい。
アデルはまだ包みを見ている。
「まだ食べるか?」
「いいわ。貴重だから少しずつにする」
ソルはもう一枚食べると菓子を包み直し背嚢に入れた。
「あー、お菓子持ってる人が落ちてきてくれて良かったー」
「歓迎されて何よりだ」
アデルは苦笑したソルに笑い返すと敷いてあるボロ布に転がった。
「杖を取りに行かないのか」
「夜はもっと危険だから行かない」
横向きに丸まったアデルはあくびをした。
「地下に夜も昼も関係あるのか?」
「あるんだよ。ここの植物や生物にも体内時計があるみたい。決まった時間に活動して寝る。それがどういう訳か外の時間と連動してるの」
彼女は手を伸ばして石材に生える白い草を指す。
「あれね、今は葉が細いでしょ。でも日中は葉が広がるんだよ。不思議だよね」
「光以外の何かを感じ取っているのかもな」
「でしょうね。それで、厄介な生物たちは大体が夜行性。寝ている日中に行くのがおすすめ」
この地下遺跡では地上とは違う独特の生態系が作られているのだろう。
早く杖を回収して脱出したかったが、ここは彼女に従った方がよさそうだ。未知の領域では識者の知識が頼りとなる。
「では朝まで休息だな」
「そ言うこと。おやすみー」
アデルは目を閉じた。
ソルは後ろの岩に寄りかかり双剣を抜刀し易い位置に整えた。片膝を立てて腕をのせる。
何気なく正面のアデルに目をやると彼女は閉じたはずの目を開けていた。その目はソルを見ている。
「何だ」
「…私に手を出したら深層まで落とすからね」
冗談ではなく本気の声だった。
協力関係とはいえ素性の知れぬ者同士。女性であるアデルが警戒するのは当然である。だが、分かっていても手を出す可能性のある男だと思われるのは心外であった。
ソルは小さくため息をついた。
「俺はそこまで阿呆ではない」
「そ、なら安心」
アデルはあっさり目を閉じた。これは遊ばれたのか。
ソルは苦い顔をして頭を岩に預けた。




