第8話 聖女セシリアとルークの出会い
●セシリア視点
私は聖女と呼ばれている。
でも、私自身はそんな立派な人間だとは思っていない。
神官として人々の病を治し、傷ついた人を癒やす。そして、魔族によって汚された土地をきれいにする。それが私の役目だった。
毎日のように祈った。
神に祈りを捧げ、傷ついた人の体に手を当て、使える魔力をすべて使って治療する。
重い傷なら、完全治癒の奇跡を使った。
骨が折れていても、内臓が傷ついていても、普通なら助からないような傷でさえ、私の力なら治せた。
現場は大変だった。
1人を治せば、また次の負傷者が運ばれてくる。
土地をきれいにすれば、別の場所が魔族に汚される。
ようやく終わったと思ったころには、また新しい戦いが始まっている。
治しても、治しても、終わらない。
なぜなら魔族がいるからだ。
魔族がいる限り、ずっとこの繰り返しになる。
私がやっていることに、本当に終わりはあるのだろうか。
そんなことを考えてはいけないのかもしれない。私は神官なのだから、目の前で苦しんでいる人をただ助ければいい。
それでも、その疑問は少しずつ私の中にたまっていった。
傷ついた人を治すだけでは、何も変わらない。
この世界にある悪の元を消さなければ、本当の意味で人々を救うことなんてできない。
必要なのは、魔族そのものを生み出している原因を断つこと。
つまり、魔王を倒すことだ。
魔王が出している瘴気が、魔族や魔物を強くしているらしい。だから魔王さえ倒せば、この戦いにも終わりが見えてくる。
でも、魔王を倒すのは簡単じゃない。なんなら不可能だと思われていた。
まず、優秀なヒーラーが足りない。
ヒーラーの多くは冒険者にならず、神官になる。
そして神官の多くは、安全な神殿の中で祈りを捧げる。危険な戦場へ出ることを望む人は、ほとんどいない。
それを責めるつもりはなかった。
だって私だって怖い。現に神官になっている。
冒険者パーティーのヒーラーをしていた先輩の神官に、話を聞いたことがある。
血の臭いも、焼けた肉の臭いも、魔族の叫び声も、何度聞いても慣れなかったらしい。そんな話をきいて、冒険者になる神官はいない。
世界は変わらない。
誰も変えられない。
そんな諦めを抱えながら、私はいつものように浄化作業をしていた。
そのときだった。
私がいた拠点へ、魔族がきた。
最初に聞こえたのは、神官の騎士たちが倒れる音だった。
鎧には大きな傷が走っていた。
魔族は隠れながら騎士たちを襲っていた。
怖い。体が震えた。
それでも私は、倒れた騎士のもとへ走った。
「今、治します!」
震える手を騎士の体へ当てる。
魔力を流す。傷がふさがっていく。
「聖女様! こちらにも負傷者が!」
私は立ち上がり、周りを見た。
神官の騎士たちが次々に倒れている。
そして、その向こうから魔族が歩いてきた。
大きい。たぶん、上位魔族と呼ばれる存在だ。
体から出ている殺気だけで、息が苦しくなる。
足が震える。
逃げたい。
体が勝手にそう思っていた。
でも、負傷者をおいて逃げるわけにはいかない。
神官として、そんなことはできない。
魔族は私の方へと近づいてくる。
鋭い爪が見える。
数秒後には、あの爪で私の体が切り裂かれるのだ。
死ぬ。
そう思った次の瞬間だった。
空気を切り裂くような音がした。
無数の魔法が魔族へ飛んでいく。
いくつもの魔法が魔族に当たり、その動きが止まった。
直後、剣が光った。
目で追うこともできないほど速い。
剣が何度も振られ、魔族の体に傷が増えていく。
私は、ただ立ち尽くしていた。
魔族が剣士から離れる。
そして、こちらへ向かって爪を飛ばしてきた。
私が何かを考えるより早く、その人が私の前に立った。
私は目を見開いた。
その人は、大きな盾を持っていた。
魔族の攻撃が盾にぶつかった。
ものすごい音がした。地面まで揺れる。
それでも、その人は1歩も動かなかった。
それがルークだった。
そこからの戦いは、すごかった。
魔法を使うフィリー。
剣で戦うエレナ。
盾を使って守備と攻撃をするルーク。
最後には、あれほど強かった魔族が地面へ倒れた。
私は、その場にへたり込んだ。
神官の騎士たちが何人集まっても勝てなかった相手。
それを、この3人は倒した。
ルークが私のところへ歩いてきた。
「怪我はないか?」
「あ……」
声が出なかった。
胸が苦しい。どうしてだろう。目の前の人から、目を離せない。
ルークは少し考えてから、困ったように笑った。
「って、神官なら自分で癒せるか」
「そ、そうですね……」
ルークは小さく笑った。
「ダンジョン帰りだったけど、魔族の気配がしたからさ」
よく見ると、3人の服はボロボロだった。
汚れているし、破れている。
体には傷も残っている。
「ヒーラーはいなかったんですか?」
「そう、いないんだよなぁ。だからポーション頼り」
ルークは、あっさり答えた。
「よく、それでダンジョンに潜れますね」
「まあ、ぶっちゃけ厳しいよ。でも、魔王を倒すために立ち止まってる暇はないから」
「魔王を……」
「ああ。魔族を倒し続けても無限にわいてくる。それなら元を断つしかないだろ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が大きく揺れた。
私が考えていたことと同じだった。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
「その場しのぎじゃなくて、原因をなくすってことですね」
「そうそう」
この人と一緒なら、魔王を倒せるかもしれない。
この人たちと一緒なら、この終わらない戦いを終わらせられるかもしれない。
「私が、ヒーラーになりましょうか?」
言ったあと、私は首を横に振った。
「いえ。やらせてください」
「え? マジ?」
「マジです」
自分でも驚くほど、迷いはなかった。
魔王を倒して、世界を変えようとしている人。
私を守ってくれた人。
そんなルークと一緒なら、私だって戦える。
私は、この瞬間からルークに夢中になっていた。
「ありがとう! 名前は?」
「セシリアです」
「ありがとう! セシリア! よろしく!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
「エレナ! フィリー! セシリアが仲間になってくれるって!」
この人のために力を使いたい。
この人を癒したい。
この人と一緒に、世界を変えたい。
私は、そう思った。
そして、魔王と戦う日が来た。
私は、みんなの状態異常を消すだけで精一杯だった。
魔力はどんどん減っていく。
1本。また1本。私は魔力回復ポーションを飲んだ。
限界まで飲んだ。
魔力回復ポーションは、飲みすぎてはいけない。
魔力の回路が壊れて、魔法そのものが使えなくなる危険があるからだ。
そうなれば、もう誰も治せない。
私自身がヒーラーとして生きられなくなる。
だから私は、限界を考えていた。
今になって思えば、それが大きな間違いだった。
そんなことを考えている場合ではなかった。
もっと飲めばよかった。自分がどうなってもいい。
全力でルークを治療すべきだった。
もちろん、魔王の呪いによって完全には治せなかったかもしれない。
それでも、今のルークの状態よりマシだったと思う。
教会の寝室。
私はベッドの横に座り、眠っているルークの体を丁寧に拭いていた。
ルークには、睡眠の魔法をかけている。
傷ついた体に触れるたび、胸が痛くなる。
あの日、私の前に立ってくれたルークは、もういない。
両手がない。
右足もない。
左足には感覚が残っていない。
あれほど頼もしくて、何があっても倒れなかった人が、今は自分の力で体を動かすことすらできない。
「ごめんなさい……ルーク」
声が震えた。
何度謝っても足りない。
私がもっと自分のことなんて考えずに魔力回復ポーションを飲んでいれば。
魔力を使っていれば。
ルークはこんな体にならなかった。
だから、私がルークを治す。何が何でも治さなきゃいけない。
ルークの体に残っている魔王の呪いを消すことができれば、元の体に戻せるはず。
私は、そう信じている。
正直に言えば、今は神官の仕事も、世界を救うこともどうでもいい。
そんなことより、目の前にいるルークのほうがずっと大事だった。
私は神官として失格なのかもしれない。
それでも、私にとっての一番はやっぱりルーク。
ルークには、私を必要としていてほしい。私の手で、一生ルークを世話したい。
「出会ったときから、魔王を倒すまで、あなたはずっと私を守ってくれた」
今度は私が守る番。
私が、あなたの手になる。
私が、あなたの足になる。
だから安心して。
「ルーク……」
私はルークの顔を見つめた。
そして、その唇にそっとキスをした。
1度だけでは足りなかった。
私は何度も、ルークの唇に自分の唇を重ねた。
愛しい愛しい人。私のルーク。




