第7話 賢者フィリーとルークの出会い
●フィリー視点
ぼくは子供のころから天才だった。全属性の魔法が使えた。
自分で言うのもなんだけど頭もよかった。むしろ、そっちの方がぼくの才能と言ってよかった。
ぼくは世界の謎を解き明かさなければならない。
そのために食事中も本を読んだ。お風呂に入りながら本を読んだ。睡眠時間を削って本を読んだ。本を読みすぎて目が痛くなったときは、片目ずつ包帯を巻いて目を休ませながら本を読んだ。
ぼくは古代の封印された魔法を解き明かしたい。それができるのは、きっと世界中でぼくだけだ。だから誰かと会って紅茶を飲んだり、海辺で誰かと夕日を眺めたりする余裕なんてない。ましてや彼氏を作ってどうのこうのなんて、想像すらできない。
ぼくはこの貴重な才能を使って、世界の謎を解明する。人生は短い。回り道をしている時間なんてない。
人付き合いは必要ない。友達もいらない。
全部無駄だ。無駄は排除する。それが効率的だから。
そう思っていた。
「全属性魔法が使えるってのは本当か?」
ある日、うちにルークが尋ねてきた。
「本当だけど」
ルークは嬉しそうに笑った。
「冒険者パーティーに入らないか。一緒に、魔王を討伐しよう」
「は?」
思わず本から顔を上げた。
「魔王討伐? 無理に決まってるでしょ。ぼくは研究で忙しいから」
「魔王は全属性の魔法が使える。対抗するには、全属性の魔法使いがどうしても必要なんだ」
「ぼくには関係ない」
ドアを閉めた。ドアの向こうから声が聞こえる。
「今日のところは帰るよ。忙しいのにすまん。でもまた来るからな、フィリー」
ルークはそれだけ言って帰っていった。
「どこでぼくの名前きいたんだよ……」
あるときは、ぼくの通う図書館にまでやってきた。
「よっ、フィリー!」
「……何でここにいるの?」
「本を読んでる」
「それは見れば分かるよ」
「なあ、ここの部分なんだけどさ……」
「知らない。話しかけないで」
また別の日には、研究所の前で待っていたり。
「よっ、フィリー!」
街を歩いていれば、買い物をしていれば、いつの間にか隣にいた。
「よっ、フィリー!」
「ストーカーか!」
「違う違う、偶然だって」
「うそつけ、この変態! 警備兵さーん!」
みたいな感じでいつも追い返していた。
でも、何度も追い返しているうちに、それすら面倒になってきた。
だから少しだけ話をするようになった。
古代文明について、世界の謎について。
ルークはそれらの知識なんてほとんど持っていなかった。
「それで、古代魔法っていうのはどういう仕組みなんだ?」
「簡単に言えば、今の魔法とは根本的に違うんだ。昔の人間は魔力そのものを――」
「へえ」
「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる」
「なら、さっきぼくが言ったことを説明してみて」
「えっと……」
「ほら」
ルークは困ったとき、とりあえず笑ってごまかす。
「難しい話は分からん。でもさ、フィリーが好きなことを話してるのを見るのは好きだぞ」
「……」
そういうことを平気で言う。変なやつ。
しかもルークは、ぼくのことをよく褒めた。
「やっぱフィリーの頭脳は天才的だな」
「いいって、そういうの」
「そんなフィリーが仲間になってくれたら心強い」
「またその話? 本当にしつこいな。ぼくはパーティーには入らない」
絶対、ルークの口車に乗らないつもりだった。
本当にそのつもりだった。
だってぼくには研究がある。魔王討伐なんて、ぼくの人生には必要ない。
でもあるとき、ぼくは1つの仮説を思いついた。
魔王の存在が、世界の謎に関わっているのではないか。
魔王を調べれば、古代に封印された魔法を解き明かせるのではないか。
もし魔王の肉体を調べることができれば。魔王が持つ魔力の仕組みを調べることができれば。
色んな知識が、一気につながるかもしれない。
ぼくはすぐにルークを探しに行った。
ルークは冒険者ギルドにいた。
「おお、どうした。お前から来てくれたのは初めてだな」
「1つ、条件がある」
「……?」
「魔王を倒したら、魔王の全ての肉体をぼくの研究材料にする。それでいい?」
ルークはぼくが言っていることをすぐに察した。
「もちろんだ。煮るなり焼くなり、好きにしろ」
「……分かった」
ぼくは少しだけ息を吸った。
「じゃあ、魔王を倒すまでの間、よろしく」
ルークが手を差し出してくる。ぼくが戸惑っていると、ぼくの手を握る。
「よろしくな、フィリー。これからは仲間だ」
「仲間……」
その言葉を、ぼくは心の中で繰り返した。
ルークは、ぼくにできた最初の仲間だった。
冒険はもちろん初めてだった。最初は不安しかなかった。
危険な場所へ入る。魔物と戦う。野宿をする。
でも、不思議と怖くはなかった。ルークがいたからだ。
魔物が襲ってくれば、ルークは必ずぼくたちの前に立っていた。
「フィリー、火の魔法を頼む」
「分かった」
「無理はするなよ」
「ルークこそ」
ルークは不安な顔をひとつも見せなかった。
どれだけ傷ついても、ぼくたちの前から退かなかった。
そしてぼくは、知らなかった感情を知った。
仲間と一緒にご飯を食べるのは、楽しい。
仲間とくだらない話をするのは、楽しい。
仲間とひとつの目標に向かって頑張ることは、楽しい。
人生で初めて、心から笑った。
そしていつの間にか。
ぼくはルークのことが好きになっていた。
ルークが笑っていると嬉しかった。
ルークが傷つくと胸が痛かった。
ルークがいないと、落ち着かなかった。
ぼくにとって、ルークは初めてできた仲間で、初めて好きになった人だった。
そして、魔王との戦い。
魔王が魔法を繰り出す速度は異常だった。火、水、風、土、雷。
全属性の魔法を使うぼくでも、1人では対処できないほどだった。
それでも、やるしかなかった。
ルークが最前線にいる。
ぼくたちを守るために、身を削っている。いや、命を削っている。
だから、ぼくも必死に魔法を撃ち続けた。
「フィリー! 右から来ます!」
「分かってる!」
魔法を放つ。また魔法が飛んでくる。
防御魔法を張る。攻撃魔法を撃つ。それを何度も繰り返した。
それでも、魔王は倒れない。
そして途中で、ぼくは思ってしまった。
……魔王には勝てない。
その一瞬だった。
ほんの一瞬だけ、気が緩んだ。
魔王が放った攻撃がすぐ近くまで迫っていた。
「しまっ……!?」
防御魔法が遅れた。
次の瞬間、あぶくのような魔法がぼくの顔面をかすめた。
「っ!」
ぼくは反射的に顔を押さえた。無傷だった。当たり前だ。だって全ての攻撃は、ルークが引き受けているんだから。
すぐにルークを見ようとした。でも見れなかった。見るのが怖かった。
あの攻撃はまずい。恐らく酸のようなものだった。
心臓がバクバクした。
ルーク、大丈夫だよね。ルーク……。
意を決してルークを見る。
幸い、ルークは何事もなかったように前線に立っていた。
良かった。でも、あの攻撃は顔に受けた。ルークの顔はどうなっているのだろう。
「ルーク!」
ぼくは叫んだ。
そのときのルークには、まだ四肢が残っていた。
ルークは片手で盾を持ち、もう片方の手をぼくへ向けた。
そして親指を立てた。
その姿を見た瞬間、魔王と戦う前のルークの言葉を思い出した。
「いいか、いちいち魔王の攻撃くらったくらいで動揺するなよ」
「……」
「俺はやわじゃねえ。何があっても大丈夫だ」
そう言いながら、ルークは笑っていた。
「魔王を倒すことだけ考えろ」
「……ルーク」
ぼくは震える手を握りしめた。
ルークの顔面の左側は、きっと……。
考えたくなかった。
でも、何も心配するなと言うようにルークは親指を立てた。
「あああああああああああああああああああ!!」
ぼくは死ぬ気で魔法を撃ちまくった。
その後、ぼくたちは魔王を倒した。
でも、ぼくには勝ったという喜びなんてなかった。
ぼくの目に映っていたのは、全身傷だらけで、顔の半分が溶けたルークだった。
ぼくは今、車いすを押しながら、ルークの隣にいる。
ルークの溶けた左顔面に触れる。指先が震えた。
「……」
ぼくが、勝てっこないなんて思ってしまったから。
ルークは、魔王を倒すことだけ考えろって言ってた。それなのに、ぼくは負けるかもしれないと思ってしまった。
ルークが命を削りながら盾になってくれている間、ぼくは自分が死ぬことを怖がった。
そのせいで防御魔法が遅れた。
その結果。ルークは……。
涙がこぼれ落ちる。
ぼくは溶けた左顔面に触れたまま、涙を止めることができなかった。
ぼくとルークは海岸沿いまで来ていた。
波が寄せては返す音がする。海辺には、夕日が沈もうとしていた。
ぼくは隣にいるルークを見た。
ルークは夕日を見つめていた。そして、ぽつりと言った。
「きれいだなぁ。これ以外、なんもいらねぇだろ……」
そんなはずない。
ルークはきっと、魔王と戦ったことを後悔している。ぼくを仲間にしたことを後悔している。だって僕より優秀な魔法使いは存在するんだから。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとな。フィリー」
違う。ぼくをここまで連れてきてくれたのは、ルークだ。
ぼくに友情を教えてくれたのも。誰かを好きになる気持ちを教えてくれたのだって……。
全部、ルークだ。
「あのとき、ギルドまで来て、パーティーに入るって言ってくれて、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ、俺」
ぼくは言葉が出てこない。
涙が止まらなかった。
ルークは短くなった腕でぼくを抱き寄せた。
「……」
その温かさに触れた瞬間、もっと涙が出た。
ぼくはルークに恩を返したい。ぼくの全てを与えたい。
だって、ぼくの罪が消えることは永遠にないから。一生をかけて償わないといけない。
それができないなら、ぼくは死ぬしかない。




