第6話 剣聖エレナとルークの出会い
●エレナ視点
うちがルークと出会ったのは、10歳の頃だった。
当時のうちは貴族の娘であることをいいことに、かなり調子に乗っていた。剣術にも自信があった。周りの同年代に負けたことなんてない。自分は誰よりも強い。そう本気で思っていた。
大きな勘違いだった。
ある日のこと。うちは王都の路地裏で、3人の大人の冒険者に囲まれていた。
「お前、貴族だろ?」
「その服もアクセサリーも高そうだな」
「置いていけよ」
男たちが笑いながら近づいてくる。
愛用の剣はもちろん持っていた。うちは腰に差した剣へ手を伸ばした。いつもなら、剣を握るだけで安心できた。
だってうちより強い人なんていないから。
「それ以上近づいたら、斬るわよ!」
でも、その日は違った。
手が震えていた。足まで震えていた。
目の前にいるのは、うちよりずっと大きな大人が3人。
これまでうちが剣を振るってきた相手は、同年代の子供。少し腕の立つ兵士。
みんな、自分より弱い相手だった。
いや、今になって思えば、大人の兵士はうちにわざと負けてくれていたのだ。手を抜いて、うちに自信をつけさせようとしてくれた。
しかも木剣を使った稽古だった。
目の前の冒険者三人が持っているのは真剣だ。
しかもオーラだけで分かる。この人たちは、うちより全然格上。
本当に強い相手と、しかも真剣を持った相手と向き合ったことなんて一度もなかった。
そしてうち自身、真剣を人に向けたことがなかった。大木に向かってこの剣を振るうことはあっても、人を斬ったことなどない。
だから怖かった。
剣を持っていること自体が怖かった。うちはこいつらを殺せるし、こいつらはうちを殺せる。
斬らないと、斬られる。
そんなことは分かっている。
なのに、指に力が入らない。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん? 震えてるぞ」
恐らくその時に遭遇した冒険者たちは、10歳のうちを殺すつもりなんてなかっただろう。
貴族を敵に回すのは得策でないことくらい知っている。だから金目の物だけ奪えればよかったのだ。
ただ、そのときのうちは本気で命のやり取りが行われると思っていた。
「さっきまでの威勢はどこにいったよ?」
男が1歩近づいてくる。
うちは1歩、後ろへ下がった。
「ほらほらー、斬ってもいいぞ。ぎゃはははは」
そこで初めて、うちは自分の正体に気づいた。
うちは強いんじゃない。自分より弱い相手に勝って調子に乗っていただけの、ただの臆病者だった。
そのときだった。
突然、うちの前に子供が立ちはだかった。
うちと同じくらいの年に見える少年だった。
それがルークだった。
「寄ってたかって、大人が弱い者いじめかよ。相手は子供だぞ。まぁ、俺もだけどな」
後で聞いた話だと、ルークはたまたま王都に来ていたらしい。どんな用事だったかは、本人も昔のことで覚えていないと言っていた。
とにかく、路地裏にいるうちを見て助けなければと思ったようだ。
「なんだ、このガキ」
冒険者の1人がルークの胸ぐらをつかむ。
「どっかいけ。さもねぇと……」
次の瞬間、ルークは投げ飛ばされていた。
そのまま壁にぶつかる。
「キャァア……っ!」
ルークでなく、思わずうちが声を上げていた。
ルークは地面に転がっている。
「こうなるぞ」
冒険者たちは笑っている。
男がうちへ手を伸ばす。
うちの体は固まっていて、身動きが取れなかった。
「おい」
ルークだった。ルークはもう立ち上がっていた。
ふらつきながら、またうちの前に立った。
「もうすぐ警備兵が来るぞ。ここに来るとき、呼んできたからな」
ルークは殴られた。小さな体が地面を転がる。
それでも、ルークはすぐに立ち上がった。
そしてまた、うちの前に立った。
どうして……。
どうしてこの子は、殴られても蹴られても、何度も立ち上がるのだろう。
うちは怖くて動けないのに。
剣を持っていても、何もできないのに。
この子は何も持っていない。にもかかわらず、うちを守ろうとしている。
冒険者たちは、次第にルークに対する見る目を変えていった。
「……なんだ、こいつ」
「気味悪ぃな」
「警備兵が来る前に行こうぜ」
結局、男たちは去っていった。
「呼んでねぇっつうの」
ルークは自分が殴られたことなんて気にしてないみたいに立ち去ろうとした。
うちは慌てて声をかけた。
「待って!」
ルークが振り返る。
「怪我は!」
「してない」
明らかに傷だらけだった。
「うちで治療させて」
「いや、いい」
「じゃあ名前……、名前は?」
「ルーク」
それだけ言って、少年は歩いていった。
まさか、その数年後に一緒のパーティーを組むことになるなんて。あのときのうちは、想像すらしていなかった。
そして、魔王との戦い。
うちは、また同じ過ちを繰り返した。
魔王を目の前にした瞬間、10歳の頃と同じように手足が震えた。
怖かった。死にたくなかった。
10歳の頃から、うちは何も成長していなかった。
剣の腕は上がった。体も強くなった。
剣聖と呼ばれるまでになった。
それでも、心だけは何も変わっていなかった。
うちはただの臆病者だった。
もう絶対、ルークをあのときみたいな目には合わせない。
そう決めていた。だから、誰よりも強くなると決めた。
なのに、いざ死ぬかもしれない場所に立つと体が固くなる。
なんとか剣を振るうことはできた。でも心がついてこなかった。
死ぬのが怖くて、踏み込みが甘くなっていた。
あと1歩。その1歩が踏み込めない。
だからいつまでたっても、魔王を倒せなかった。
早く倒さないと、パーティーが消耗するのは分かっていた。分かっているのに体が動かない。
「どうして……、どうしてよ……!」
そのときだった。
ルークがうちの前に立った。
10歳の頃と同じだった。
何度も何度も、うちの前に立つ。魔王の攻撃を盾で受ける。
吹き飛ばされても立ち上がる。
傷だらけになっても、うちを急かすことすらしなかった。
「エレナ」
ルークが背中でうちに語りかける。
「お前のペースでいい」
「……」
「でも、魔王を倒せるのはエレナ、お前しかいない」
その言葉を聞いたとき、震えが止まった。
怖さが消えたわけじゃない。死にたくないという気持ちが完全に消えたわけでもない。
ただ、踏み込めると思えた。うちは剣を握り直した。
そして魔王を斬った。
もし、最初からうちに覚悟が決まっていたら。
ルークは、今みたいな体にならずに済んだのかもしれない。いや、間違いなくそうだ。
そう思うと、今でも悔しくて涙が止まらない。
「エレナの作ったスープ、やっぱうめえわ」
そう言って、ルークが笑顔を見せている。
「でも、ちょっとしょっぺえ」
「……」
うちの涙が、スープの中に落ちてしまった。
しまった、と思った。
でもルークはそんなことを気にする様子もない。
きっと辛いはずなのに。それなのに、どうしてそんな屈託のない顔で笑えるのだろう。
「ごめん。取り換える」
うちがスープを下げようとすると、ルークは首を振った。
「いいよ、いいよ。もったいないから」
「でも……」
「オーク肉の塩スープの方がしょっぱかったわ。俺が作って不評だったやつ」
ルークが笑う。
その笑顔を見ていると、うちまで笑顔になってしまう。笑っていいのかな。うちに笑う資格なんてあるのかな。
結局、思い出してふき出してしまった。
「だって、あれはしょっぱすぎたから」
ルークを傷つけたうちが、ルークの前で笑っていいのだろうか。
ダメに決まってる。許されない。うちに笑う資格なんてない。
「いいんだよ」
「え?」
うちの心の中を見透かしたみたいだった。
「いいんだよ。難しく考えないで」
「……」
うちは何も言えなかった。
ありがとう、ルーク。本当にありがとう。
でも、でも……。




