第5話 勇者様!
俺たちは城のバルコニーへ出る。
城の前には、いつの間にか大勢の市民が集まっていた。人、人、人。見渡す限り人だらけで、城の前を埋め尽くすほどの大人数が集まっている。
「国民諸君、我はこのルーク・ヴァレン・ファブレガスを勇者に指名する」
国王が言うと、歓声が上がる。
さらにエレナ、フィリー、セシリアも含めて勇者パーティーだと紹介した。なんか恥ずかしい。
「勇者様!」
「魔王を倒した英雄だ!」
「ありがとう!」
市民たちの中には、涙を流す者もいた。
「ルーク!」
「ルーク!」
「ルーク!」
いつの間にか、俺の名前の大合唱まで始まっていた。
「やめてくれぇ……」
そう思いながらも、俺は肩を上げ、手を振るような仕草をした。
すると、それだけで歓声がさらに大きくなった。耳をつんざくような声が重なり、地面まで震えているように感じる。
ただ、その中には俺を見て怖がっている子供たちもいた。
そりゃそうか。両手もない。片足もない。おまけに顔の半分が溶けている。
こんな姿の人間なんて見たことがないだろう。
少しだけ申し訳なくなった。人前に出るときは、マスクでも被った方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、剣聖エレナが俺の顔を見て言った。
「ルークはイケメンだから」
「……どこが?」
「うちが保証する」
「いや、保証されてもな……」
俺が苦笑すると、今度は賢者フィリーが口を開いた。
「ぼくはルークが世界で一番カッコいいと思うな」
すると、聖女セシリアも負けじと続いた。
「こんなに素敵な殿方は他にいません」
みんな、気を使ってくれてんな。ありがてぇよ。ありがたいんだけど。
お前たち、顔が近い。めちゃくちゃ近い。
俺たちは今、大勢の市民に囲まれてんだぞ。衆人環視って言葉、知ってるよな?
しかも全国放送の魔法カメラまで入ってんだぞ。おい。
「おいぃいいいいいい!」
●国王視点
俺の父が王だった頃の話だ。ある日、父は俺を呼び出した。
いきなりとんでもないことを言い出した。
「お前が王になったとき、魔王は討伐される」
「……は?」
当時の俺は、意味が分からなかった。
「父上、何を言ってるんだ?」
「予知夢を見た。お前が王になったとき、魔王は討伐される」
「それは……本当なのか?」
「間違いない」
父はいつになく真剣な顔をしていた。
「だがな。重要なのはそこじゃない。お前の対応次第で、この国の運命が決まる」
「どういう意味だよ」
父はこれから戦争が始まる前のような顔をしていた。
「魔王討伐の最大の功労者。その者の名前は分からん。その者は両手を失い、片足となり、顔の半分が溶けた状態で、お前の前に現れる」
「……」
さすがに言葉が出なかった。
「もし、お前がその者への対応を間違えれば、その場でお前は殺される」
「殺されるって……俺が?」
「そうだ」
「誰に?」
「その者の仲間にだ」
「……」
父はさらに続けた。
「仲間たちは、その者のためなら、お前を殺すことも、この城を破壊することも、この国を滅ぼすこともためらわない」
「ふはははは!」
俺は思わず笑った。
「さすがに笑うわ」
「笑い事ではない」
「いやいや、父上。さすがにそれは夢だろ」
「違うと言っているだろう!」
父は眉間にしわを寄せた。
「これは私のスキル<予知夢>によるもの。紛れもない事実だ」
「……」
「いいか、我がバカ息子よ」
俺は「ちっ」と舌打ちした。親父はいつも俺をバカ扱いする。
「その者が謁見に来たら、最大限の敬意をもって接するのだ。よいな?」
「へいへい」
「よいな?」
「分かったっつってんだろ」
父は、それ以上何も言わなかった。
そして今。俺はルークを見つめていた。
親父……これでいいんだろ。
俺の目の前にいる男の名前は、ルーク・ヴァレン・ファブレガス。
職業はタンク。そう、タンクだ。俺、タンクを勇者にしちゃったよ。思わず苦笑する。
褒美もたっぷり与えた。住む場所も、金も、勇者の称号も与えたんだ。これだけやってればいいよな。
俺は天国の親父に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。
だが、どうしても気になることがある。ルークには、欲というものが感じられない。
なんというか、十分な褒美を与えたのにもかかわらず、あまり喜んでいる様子ではなかった。むしろ困ったような顔をしていた。
まあ、一言でいえば変わった奴なのだ。
俺はルークのそばにいる3人を見る。
剣聖エレナ。
賢者フィリー。
聖女セシリア。
この3人は、さっきからずっとルークのそばを離れない。そして、その目を見れば分かる。
こいつら、ルークのためなら……どんな犠牲でも払うつもりだな。
背中に冷たいものが走った。
親父の<予知夢>は外れたことがない。つまり、ルークをぞんざいに扱っていれば、この3人によって俺は殺されていた。さらにこいつらは城を破壊し、国を滅ぼしていたという。
ルークを守るためなら、国をも敵に回す。
なんなんだ、まったく……。俺は小さく息を吐いた。
そして、このルークと言う男。
間違いない。こいつは俺の娘の命の恩人だ。
俺には娘がいる。
その娘がまだ7歳だった頃、冒険者に憧れて、1人でダンジョンへ入ったことがあった。当然、急いで各ダンジョンを部下たちに捜索させた。しかし見つからなかった。
そのとき娘を見つけてギルドまで送り届けてくれた少年がいたという。
その少年は名乗らずすぐに立ち去ったらしい。娘はその少年の首の後ろに奇妙な黒いアザがあったと言っていた。紙に描いたそのアザの形と、今俺に見えているアザは同じ形をしている。
あのとき娘を救った少年と、今目の前にいる男は同一人物だ。
ルーク・ヴァレン・ファブレガス。
両手を失っている。片足もない。もう片方の足は麻痺状態。顔の半分は溶けている。
こんな姿になってまで、こいつは戦った。
そして魔王を倒した。世界を救った。
一番イカレてんのは……このルークという男だ。
なんなんだよ、その自己犠牲精神は。
俺には理解できない。
俺はそんなルークを見つめながら、ふと違和感を覚えた。
……あれ?
目の奥が熱い。頬に何かが流れた。
俺は指で頬をぬぐう。そこで初めて気づいた。
……なんだ、これ。
俺の目から涙が流れていた。
自分でも驚いた。
父が死んだときでさえ俺は泣かなかった。
なのに。なぜか今は涙が止まらない。
俺は確かに、ルークに感動していた。




