第9話 別荘にて
別荘に到着すると、そこに1人の女性がいた。
車いすに座った俺の姿を見て、その女性の顔がぱっと明るくなる。
「ルーク様!」
「え?」
女性は勢いよく駆け寄ってきた。
ものすごい勢いだった。
しかもそのまま俺へ飛びついてきた。
「会いたかったです! ずっと、ずっと、お待ちしておりました!」
「ちょ、ちょっと待て!」
「あぁ、ルーク様ぁ!」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!」
女性の腕が俺の首へ回る。
その瞬間だった。
背後から、ものすごい圧力を感じた。
「……」
「……」
「……」
俺はゆっくり後ろを振り返った。
エレナ、フィリー、セシリア。
それぞれの体から、大量の魔力が漏れ出していた。
3人が無言で女性を見ている。いや、睨みつけている。
「待て、お前ら!」
俺は慌てて叫ぶ。
エレナが低い声を出す。
「こいつ侵入者でしょ。斬っていいよね」
フィリーまで冷たい目を向ける。
「いえ、ぼくの魔法で木っ端みじんにします」
まさかのセシリアまで参加してきた。
「拘束してもらえれば、私が拷問してもいいですけど……」
なんちゅうこと言ってんだ。
「いや、だから待てって!」
そんな俺をよそに、くっついてくるその女性は俺の顔をじっと見つめていた。
「ルーク様……」
「はい?」
「わたくしです。お忘れですか?」
「え?」
綺麗な金色の髪。整った顔立ち。上品な服装。
どう考えても、俺の知り合いには見えない。
「いや……」
俺は首をひねった。
「もしかして……あのときの!?」
「そうです!」
女性は満面の笑みを浮かべた。
「そうですわ! わたくしの命の恩人、ルーク様ぁああっ!」
●アイシェ視点
7歳の頃、わたくしはルーク様に命を救われた。
あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
わたくしは侍女や護衛たちの目を盗んで、1人でダンジョンに入った。
今思えば、とんでもないことをしたものですわ。
でもあの頃のわたくしは、どうしても魔物というものを自分の目で見てみたかった。
なぜそんなことを思ったのかは分からない。
ただ、無性に見たくなったのです。
普段から、お父様には何度も言われていた。
ダンジョンには絶対に近づくな。子供が1人で入っていい場所ではない。
もちろん、わたくしもそれは分かっていた。
だから少しだけ見て、すぐに帰るつもりだった。
本当に、それだけのつもりでした。
けれど。
わたくしは魔物に出会ってすぐ後悔した。
出会ったというより、気づいたときにはすぐ後ろにいた。
「……え?」
そこにいたのは、わたくしよりずっと大きな魔物だった。
口からよだれを垂らし、わたくしをじっと見ている。
足が動かなかった。
逃げなければ。でも、体が言うことを聞かない。
頭の中が真っ白になる。
殺される。
そう思った瞬間、わたくしはその場で動けなくなった。
そして恐怖のあまり、服を濡らしてしまった。わたくしは、あろうことかお漏らししていましたの。
「うぅ……」
涙が出てくる。
「ごめんなさい……」
声も震えていた。
「たすけてぇ……お父様ぁ……」
こんなところで死ぬなんて。
しかも、お漏らししながら死ぬなんて。
魔物が近づいてくる。
もう駄目。
そう思った瞬間でした。
ドンッ!
突然、目の前の魔物が吹き飛んだ。
「!?」
わたくしは何が起きたのか分からなかった。
魔物が地面を転がっている。
そして、わたくしの前に1人の男子が立っていた。
大きな盾を持っている。剣は持っていない。
わたくしより5歳か6歳くらい年上に見えた。
「うん、悪くねぇな……」
わたくしは、ぽかんと口を開けた。
もしかして盾で殴ったの?
あんな大きな魔物を?
なんて力……。
男子はわたくしのところへ歩いてきた。
そして、しゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「……はい」
かっこよかった。わたくしは一瞬で惚れた。
優しく手を差し出してくれた。
わたくしはその手を握った。
わたくしは、その人に手を引かれてダンジョンの外へ出た。
その間、わたくしはほとんど何も話せなかった。
緊張して、顔なんてまともに見ることもできなかった。
でも、首の後ろに黒いアザのようなものがあることに気づいた。
よく見ると、何かの紋章のようにも見えた。
わたくしはギルドの受付へ預けられた。
「ここにいれば大丈夫だから」
「はい」
それから、受付の人に名前を告げたり、事情を説明した。
そうだ。
お礼を言わないと。名前も聞かないと。
「……あれ?」
周りを見回す。わたくしを助けてくれたお方はもうどこにもいない。
「お名前を……」
遅かった。
わたくしは、その人の名前を聞けなかった。
しばらくすると、お父様と護衛騎士たちがギルドへ駆け込んできた。
「アイシェ!」
「お父様……」
お父様は、ものすごく怒っていた。
「なぜ、1人でダンジョンに入った!」
「ご、ごめんなさい……」
わたくしは泣きながら謝った。何度も謝った。
お父様は怒っていた。
でも最後には、わたくしを強く抱きしめてくれた。
「無事でよかった……」
「お父様……」
お父様の服を握りしめながら、わたくしは泣いた。
そして、泣きながら考えていた。
あの人。あの盾を持った強いお方。
もう一度、会いたい。
お礼を言いたい。
覚えているのは、首の後ろにあった黒いアザだけ。
わたくしは、そのアザを頼りに、お父様へお願いした。
お父様は国中を探してくれた。
けれどどれだけ探しても、あの人は見つからなかった。
それでもわたくしは諦めなかった。
きっと、いつか会える。あの日、わたくしを助けてくれた王子様は、いつかわたくしの前に現れてくれる。
そう信じていた。
そして、何年もたったある日。
お父様から、思いがけない話を聞いた。
「アイシェ。首の後ろに黒いアザのある男が見つかった」
その言葉を聞いたとき、嬉しすぎて少しお漏らししてしまった。
ずっと会いたかった。
ようやく叶う。
今、わたくしは別荘でルーク様が来るのを待っている。
「……ルーク様」
早く会いたい。
あぁ、ルーク様ぁ……。
ルーク様のことを考えるだけで、勝手に子宮が震え出す。
「ルーク様のためなら、わたくし、何だってできますのよ。そう、何だって……」
んはぁっ……。ダメ、ダメよぉ。はしたないわ、アイシェ。
でも、でもでもでもぉおお。ルーク様のことを考えるだけで、子宮がうずくぅううう……。
止められないわぁ嗚呼ああ。
んん……ふぅぁっ……、ああっ……!
そのときだった。
別荘でルーク様を待つわたくしに通信魔法が入った。
「アイシェ様」
「はぁ、はぁ、何かしら?」
「あと10分ほどで、ルーク様が別荘に到着されます」
わたくしは思わず立ち上がった。
「分かったわ」
通信が切れる。
わたくしは胸に手を当てたまま、ゆっくり息を吐く。
もうすぐ。もうすぐ、ルーク様に会える。
「ルーク様……」
名前を口にするだけで、胸が高鳴る。
「ルーク様……ルーク様……」
わたくしは何度も、その名前をつぶやいた。
7歳のあの日から、ずっと待っていた。
やっと会える。
「わたくしのルーク様……」
思わず笑みがこぼれる。
ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様ルーク様……。
またわたくしの膀胱がルーク様に反応してる。どうしてこう、ルーク様のことを考えるだけで尿意がやってきますの。
「そうだわ。お会いしたときお漏らししないように、トイレに行っておきませんと」
ルーク様にお会いして、取り乱すわけにはいかない。
わたくしは王女だ。淑女として、落ち着いてお迎えしなければ。
わたくしは用を足しながら、鏡を開く。
深呼吸。
「大丈夫」
もう1度、深呼吸する。
「わたくしはアイシェ、この国の王女なのですから」




