第3話 王城へ行く前に
今日は国王への謁見だ。魔王を倒した俺たちは、これから王城へ向かうことになっている。
魔王を倒したんだから、きっと何かしらの褒美がもらえるだろう。そんな期待があった。
だがその前に、俺のトイレの介助を誰がするのかという問題で、朝から3人の間では激しい争いが起きていた。
「ルークのトイレのお世話は、うちがやるから」
エレナが即答した。
「待って。ぼくもやる」
「私もです」
フィリーとセシリアも譲らない。
「……お前ら、何で俺のトイレの世話を取り合ってるんだよ」
結局、トイレの介助はエレナの役目になった。フィリーとセシリアは交代制を主張したが、エレナが断固として拒否した。
「剣聖にトイレ介助させるなんて、気が引ける」
「なんでよ」
「だって本来なら、騎士団の特別指南役とか。次の世代の騎士を育てるとか。弟子を取るとか。色々とエレナにしかできないことがあるだろ」
剣聖は国でただ1人しか名乗れない特別な存在だ。魔王との戦いで世界を救った今なら、なおさらだ。これからは騎士団に所属して、若い騎士たちを鍛えたり、剣の技を伝えたりする立場になると思っていた。
ところがエレナは、俺の言葉を聞くと露骨に嫌そうな顔をした。
「何言ってんの」
「何って……」
「世界は平和になったんだから、どうでもいいでしょ」
「どうでもよくはないだろ」
世界最強と呼ばれる剣聖の少女が、今ではたった1人の男のトイレの世話をやっている。
「あと、俺が用を足しているときはトイレの前から離れてくれないか。なんか緊張して出ねえんだよ」
「何かあったら危ないでしょ」
「ねえから」
トイレを済ませて、俺は礼装へ着替えることになった
「私が着替えさせます」
セシリアが手を挙げた。
「すまんな、聖女にこんなことやらせて」
聖女には聖女の仕事がある。汚染地域の浄化、人々の癒やし、神への祈り。国中から必要とされる存在だ。
「神官の仕事は二の次です」
「二の次って……」
「私はルークの体を元に戻すために尽力すると言ったじゃないですか」
「いや、しかしだなぁ……」
セシリアは俺の言葉を聞きながら、礼装を丁寧に着せていく。
白い指先が俺の衣服のボタンを1つずつはめていく。その指は、何万人もの人間を癒やした聖女の手だ。
神聖な力を使い、傷ついた人々を救ってきた奇跡の手。その手は今、俺の服を着せるためだけに動いている。
「はい。これで大丈夫です」
「ありがとう」
「どういたしまして」
セシリアは微笑んだ。だが、その瞳の奥には以前のような慈愛だけではないものがある気がした。気のせいだと思う。
「私のルーク……」
「ん?」
「いえ。私は永遠にルークの専属です」
「いや、お前には癒すべき人がたくさんいるんだから
「私がずっーとお世話をしますから」
その笑顔には、慈愛の聖女とは別の意思が感じられた。
「…………」
ありがたい。あり難いのだが、なんだかなあ。俺は国民のための聖女を独占してしまっていることに罪悪感のようなものを抱いた。
そして最後に、魔法使いフィリーがあるものを持ってきた。
「ルーク、これ見て。魔力で動く車いす」
魔力を込めてみた。すると車いすが音もなく動き始めた。
「おお……。すげえ!」
俺が少し魔力を込めると、車いすは滑るように前へ進んだ。
「止まれ」
止まる。
「右」
右へ曲がる。
「左」
左へ曲がる。
さらにフィリーが横の装置を操作すると、座席の高さまで変わった。
「椅子の高さも調節できるよ」
「便利すぎだろ」
「でしょ?」
フィリーが嬉しそうに笑う。
「天才かよ」
「えへへ」
賢者フィリー。本来なら、新しい魔法を開発したり、古い言い伝えを調べたり、歴史の謎を解いたりするべきなのだろう。
人類最高峰の頭脳を持つ賢者なのだから、その力は人類の発展のために使うべきだ。
「フィリー。お前はもっと別のことにその頭脳を使った方がいいと思うぞ」
「ぼくはね、決してそうは思わない。ルークの生活をもっと良くする方が有意義だよ」
「なわけあるかい」
「あるよ」
フィリーは胸を張った。
本来なら未知の魔法を研究するために使われるはずの頭脳。それが今は、俺の生活を少しでも快適にするためだけに使われている。
「これ、いつ作ったんだ?」
「ルークが寝てる間」
「どれくらいかかった?」
「ずっと作ってた」
「ずっと?」
「うん。寝てない」
「マジか」
「ルークが起きたときに間に合わせたかったから」
フィリーは眼鏡を押し上げた。その瞳には、賢者らしい理知的な光だけではなく、熱狂的なまでの俺への愛情が浮かんでいる。
その笑顔を見ると、感謝以外俺も何も言えなくなった。
「さて……、ここが国王のいる城か」
俺は城の方を見る。国王に会うのは初めてだ。というか、城に入ること自体が初めてだ。
「なんか緊張するなー」
「大丈夫ですよ、ルーク。私がついています」
セシリアが優しく言った。
「うちもいる」
エレナが言う。
「ぼくもいるよ」
フィリーも続く。
「……お前ら、なんで魔王と戦う前みたいな装備してんだ?」
「何があってもいいように。うちがルークを守る」
「ぼくだって守るよ」
「私だって」
あのなぁ。
「正面から乗り込むタイプのテロリストだと思われたらどうする」
さて、国王に何を言われるのだろう。分からない。
ただ、俺がこの三人の才能をひとりで無駄使いするわけにはいかない。俺が一人で暮らせるだけの補助金をもらって、こいつらを俺から解放してやらねば。
そのためならば、たとえ国王とだって渡り合ってやるぜ。




