第2話 ベッドにて、ふたりの心情
●フィリー視点
エレナの次に、ぼくがルークのベッドへ入った。
「ルーク、起きてる?」
「起きてるってか、なんか寝れねえな」
返事が聞こえた。
ぼくはルークの隣へ入った。ベッドの中は少し狭い。
すぐそばにルークがいる。ちゃんと息をしている。
目を開けて、ぼくの声に答えてくれている。
ぼくはルークの顔をじっと見つめた。傷が残っている。魔王との戦いで負った傷。
見るたびに胸が痛くなる。
布団の上に置いた小さな手が震えた。
あのとき。魔王が放った、あぶくみたいな攻撃。
あれはぼくに向けられたものだった。
ぼくは避けきれなかった。
ほんの少し、防御魔法の発動が遅かった。たったそれだけだった。
でも、その結果がもたらしたものは大きすぎた。
ルークの顔の左側がとけた。
ぼくのせいで、ぼくのせいでルークが……。
「ごめん……」
声が震える。言葉にすると、すごく胸が苦しくなる。
「フィリー、俺は生きてる。それで十分だ」
「でも……」
ぼくは唇を噛んだ。
生きている。確かにルークは生きている。でも、それだけで全部を飲み込めるほど、ぼくは強くなかった。
ルークは手も足も失った。
顔にも大きな傷が残った。
それなのに、ぼくたちのことを責めない。
ぼくなら、きっと無理だ。自分が同じ目にあったら恨んでしまう。
でもルークは違う。いつも自分より、ぼくたちのことを考えてくれている。
「ルークが少しでも生きやすくなるようにするから」
ぼくはルークの顔を見つめた。
「ぼく、何でもやるから」
「そうか。でももう十分だ。だからお前はその頭脳を生かして」
「十分じゃない」
「フィリー……」
「全然足りない」
ぼくはルークの胸元へ顔を押しつけた。あたたかい。
ぼくはルークの服をぎゅっと握った。
手が震える。涙が出てくる。
「ぼく、ルークが好きだから」
口に出した瞬間、胸がどきどきした。
ずっと言いたかった。ずっと伝えたかった。
でも怖かった。
もしルークに嫌われたら。もし迷惑だと思われたら。
そんなことを考えると、なかなか言えなかった。だってぼくは、ルークのきれいな顔に傷をつくった、原因そのものなんだから……。
それでも言いたかった。
「もっとぼくを頼って」
「頼ってるよ」
「もっと」
「もっと?」
「もっとぼくだけを頼ってほしい」
自分でも、わがままだと思った。
ルークにはエレナもいる。セシリアもいる。
3人ともルークのことが大好きだ。
ぼくだって、それを知っている。知っているからこそ嫌だった。
ぼくは顔を上げた。目の前にルークの顔がある。
「エレナばっかりルークの隣にいるの、嫌」
「え?」
「セシリアも嫌」
言ってしまった。
胸の奥に溜めていたものが、一気に出てくる。
エレナがルークを見る目。セシリアがルークを見る目。
2人がルークを大切にしていることも分かっている。
でも、それとこれとは別だった。
ルークの隣にいるのは、ぼくがいい。
ルークに一番頼られるのも、ぼくがいい。
ルークが一番最初に名前を呼ぶのも、ぼくがいい。
そんなことを考えている自分が、少し怖かった。
「ぼくは、エレナやセシリアみたいに胸は大きくないけど……。そのぶん、色々と頑張れると思う」
「何の話をしてんだ。とりあえず今日のところは寝ろ。正直、俺も眠い」
「うん、ごめん」
ぼくは涙をぬぐった。
「ねえルーク、ぼくのこと好き?」
「ん、ああ。好き好き。そりゃそうだろ」
ぼくは小さく笑った。
分かってる。今のルークが、ぼくを好きなのかどうかなんて分からない。
でも、だから諦めるなんてできない。むしろ、これからだ。
「頑張るから。ルークに好きになってもらうように」
「…………」
ルークには、たぶん聞こえなかったんだと思う。聞かせる勇気が出なくて、声が小さくなっていた。
ぼくは少し恥ずかしくなって、視線をそらした。
胸の奥が熱い。
ルークのためなら何でもしたい。
胸が苦しくなるくらい、ぼくはルークのことが好きだった。
……でも。だから。わがままになってしまう。
ルークの隣にいるのはぼくがいい。
エレナでも、セシリアでもなく。ぼくだけを見てほしい。ぼくだけを頼ってほしい。
ぼくだけを好きになってほしい。
そんな欲張りな気持ちが、どんどん大きくなっていく。
「……ルーク、大好き」
●セシリア視点
最後、私はルークの寝ているベッドへと入った。
ルークの隣に横になる。すぐそばにルークがいる。
それだけで安心するはずだった。なのに、胸の奥が苦しい。
私はしばらく何も言えなかった。
暗い部屋の中で、ルークの顔を見つめる。
傷がある。顔だけじゃない。体中が傷だらけだ。本当なら私が受けていた傷もたくさんある。
その姿を見るたびに、あの戦いが頭に浮かんでくる。
魔王との最初で最後の戦い。
ヒールを施す人間は、絶対に死んではいけない。
それは当たり前のことだった。私が死ねば、仲間全員が死ぬ。だから私は、自分の命を一番に考えなければならなかった。
ルークにも何度も言われていた。
自分を一番に考えろ。無茶をするな。仲間を助けるために死ぬな。
何度も。何度も言われていた。
「私……間違えました」
「何を?」
「魔王との戦いです」
私は布団を強く握りしめた。あのときのことを思い出すだけで、胸が締めつけられる。
もっとルークを優先すべきだった。
「私は、みんなの状態異常を治すことばかり考えていました」
それは私の役目だった。
みんなが常に戦える状態を維持する。魔王の部下たちは私たち全員に麻痺や毒、睡眠、混乱などの状態異常を仕掛けてきた。
それに対応するだけで精いっぱいだった。
だからこそ、ルークの傷を癒すことが後回しになった。
「それがセシリアの仕事だったろ」
「でも、そのせいでルークは……」
言葉が続かなかった。
目の奥が熱くなる。涙が頬を伝った。
「私のせいで、ルークは寝たきりになったと言っても間違いではありません」
「そんなわけあるか」
「あります」
「セシリア。お前のヒールが無ければ俺は死んでる」
私は首を横に振った。
ルークは優しい。優しすぎる。
私たちを責めない。
自分がこんな体になってしまったのに、私たちに怒ることすらしない。
だから余計につらい。
「私がもっと素早く治療できていれば……」
「お前以上の神官はいない。だから聖女なんだろ。あれが限界だった」
「でもやっぱり、私のせいです」
「違う」
「私のせいです……!」
声が大きくなってしまった。
私は慌てて口を閉じた。ルークを困らせたいわけじゃない。責めてほしいわけでもない。ただ、自分を許せなかった。
私はルークの顔を見つめた。
そして、ふと思った。
もし。
もし、このまま一生ルークが動けなかったら。
もし、これから先も誰かの助けが必要な体のままだったら。
そのとき、ルークは誰を頼るだろうか……、と。
私だろうか。
私がいなければ何もできない。
そんな体になったら……。
ずっと私を頼ってくれる。
ずっと私のそばにいてくれる。
そんな考えが、ほんの一瞬だけ頭をよぎった。
ダメダメ。
いま、私はいったい何を考えてたの……?
ルークが苦しんでいるというのに。ルークの体が元に戻らないことを、私は心のどこかで望んだのではないか。
私を必要としてほしい。
ずっとずっと、この先も。そんな黒い気持ちが胸の奥から顔を出した。
「……私、最低です」
「……?」
「何でもありません」
笑おうとした。でも、うまく笑えなかった。
こんなことをルークに知られたら、嫌われてしまう。それは嫌だった。
私はそっとルークの胸元へ顔を寄せた。
温かい。ちゃんと生きている。そのことを確かめるように、私は目を閉じた。
「ルーク、愛しています」
小さく、聞こえないくらいの声量で口に出した。
本当に愛しています、心から。
ルークがどんな姿になっても関係ない。
手がなくても。足がなくても。傷が残っていても。
私にとって、ルークはルーク。
だからそばにいたい。ずっと。誰よりも近くに。
「ルーク……」
もう一度、心の中で名前を呼ぶ。
愛しています。
苦しいほど。狂ってしまいそうなほど。
だから、どうか。これからも私のそばにいてください。
私はそんな願いを胸の奥に抱えたまま、ルークの隣で目を閉じた。




