第1話 寝れねえ
どうやら俺は教会の一室にいるらしい。白い壁に囲まれた部屋で、窓から差し込む光がやけにまぶしい。
「でさ、俺、どれくらい寝てたんだ?」
「1週間です」
セシリアが答えた。
「1週間……?」
「はい。ずっと眠ったままでした。何度呼んでも、目を開けてくれなくて……」
どうやら3人は、この1週間ずっと俺のそばにいてくれたらしい。食事を食べるときも、眠るときも、ほとんど俺の近くから離れなかったという。
俺の腹が鳴った。
ぐうううう。
部屋中に響くほど大きな音だった。
「…………」
3人が俺を見る。
「すぐ用意するね!」
エレナが立ち上がった。
「待って! 私がやるから!」
フィリーも負けじと動く。
「2人とも、ルークに何を食べさせるかは私が決めます!」
「なんでセシリアが決めるのよ!」
「体調管理を担当しているのは私です!」
気づけば3人で俺の前に料理を並べていた。
そして食事が始まった。
「はい、ルーク。口を開けて」
エレナがスプーンを差し出す。
「あ、待って! ルーク、こっちの方がおいしいよ!」
フィリーが反対側から別の料理を差し出す。
「ルーク、こちらの方が栄養があります。先にこちらを」
セシリアまで参加してくる。
3人が我先にと俺の口へ食事を運ぼうとする。口に入れたばかりなのにすぐ次の料理がやってくる。
結局俺は、冒険者だったころ以上の食事をとることとなった。運動できないのに、絶対太るぞ。
そして夜。
「寝るのは一人で大丈夫から」
そう言った俺に、3人はそろって首を横に振った。
「へ?」
どうやら話し合いは既に終わっているらしい。3人は交代で俺のベッドに入ることになった。2時間ずつだ。
結論からいうと、3人とも、おれの隣でずっと泣いていた。なぜ泣いているのかきいても謝るだけだった。まあなあ。俺がこんなことになったからだろうけど。
マジで俺は気にしてないんだが。だってしょうがねえし。魔王との戦いだぞ。無傷で終えられるはずがない。それは最初から分かっていたし、なんなら死ぬのも覚悟していた。生きてるだけもうけもん状態なわけで。
とにかく3人とも、俺にしがみついて泣いていた。
冒険中、俺は女子たちとは離れて寝ていた。
だから、こうして女性をとなりにして眠ることに慣れなかった。おかげで寝不足だ。
朝になって鏡を見た時、俺の右目はバキバキだった。
●エレナ視点
最初はうちだった。
「おやすみ、ルーク」
「おやすみ」
ルークの隣に横になる。ベッドが少し沈んで、すぐそばにルークの体温を感じた。
それだけで胸が苦しくなった。
私はしばらく何も言えなかった。ただ、ルークの顔を見ていた。
目を閉じている。ちゃんと息をしている。
生きてる。
それを確認するだけで、涙が出そうになった。
「エレナ?」
「……何でもない」
声が震えた。慌てて顔を背ける。
泣いちゃダメ。
今はルークの隣にいるんだから、笑わないと。安心させてあげないと。なのに、目の奥が熱くなっていく。
「泣いてるのか?」
「泣いてない」
「そうか」
ルークはそれ以上聞かなかった。
私が嫌がることを無理に聞こうとはしない。
いつも私が話したくなるまで待ってくれた。そんなルークだから、私は好きになった。
だからこそ、今の姿を見るたびに胸が痛くなる。
「……ごめん」
「だから謝るなって」
「だって……」
そこで言葉が止まった。
ごめん。
何度言っても足りない。あの戦いを思い出す。
魔王の攻撃。目の前を埋め尽くすような力。
私は剣聖として剣を握っていた。
国でたった1人しか名乗ることを許されない。すべての剣士が目指す場所。
子供の頃から憧れていた。その名前を背負って、私は戦場に立っていた。
なのに。
私は何度も魔王の攻撃を受けた。避けられなかった。
もっと速く動けたはずだった。もっと強く剣を振れたはずだった。でも、私は怖かった。魔王に殺されるのを怖がった。
ルークを守るために、私が前に出て剣で攻撃を弾ければよかった。
私が全部、さばけていれば……。
何度考えても、頭の中に同じ答えが返ってくる。
「私が弱かったから……」
口から勝手に言葉がこぼれた。
「私がもっと強ければ、ルークはこんなことにならなかった」
「エレナ」
ルークの声が聞こえる。優しい声だった。その優しさが、今はつらい。
「何が剣聖よ……」
涙が頬を伝った。止めようとしても止まらない。
国でたった1人しか名乗れない。すべての剣士から尊敬される存在……。そんなもの、何の意味があるの?
剣聖と呼ばれても意味がない。一番大切な人を守れなかった。
それだけで、私にとっては全部が無意味だった。
「そんなこと言うな」
ルークを守るためなら何でもできると思っていた。
なのに、守れなかった。それどころか、ルークの手足を奪った。
ルークの残った左足にふれる。
「ルークじゃなくて、うちがこうなるべきだった」
「俺はタンクだぞ。お前は剣士で剣聖だ。どっちもいい仕事をした。それでいいじゃないか。もう寝ろ」
涙がまた落ちた。
うちがもっと強ければよかった。うちがもっとちゃんとしていればよかった。うちがルークを守れていたら……。
「本当に気にしてないんだよ、俺は」
ルークはそう言ってくれる。
私は顔を伏せた。気にしていない。そんなわけない。
ルークだってまだ痛いはず。苦しいはず。
だって、手も足もないんだから。これから先、できないことだってたくさんある。
それなのにルークは、私たちを責めない。
自分がこんな体になったことさえ、私たちのせいにはしない。
だから余計に自分が許せなかった。
私は決めた。
もう剣聖なんてどうでもいい。
そんな名前はいらない。そんなものより大切なものがある。
ルークのそばにいたい。これからずっと。何があっても離れない。
私はルークのお嫁さんになる。そして、ずっとルークの隣にいる。
今度こそ。今度こそ絶対に守る。
「……ルーク」
「ん?」
「うち、ずっとそばにいるから」
「……サンキューな。おやすみ」
その返事を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。
私は小さく笑った。
私はルークの寝顔を見つめた。こんなに近くにいる。手を伸ばせば届く距離にいる。
それだけで幸せだった。
ルークのそばにいる。
ずっと。
絶対に。
「……大好き」
小さな声でつぶやいた。ルークには聞こえていない。
私は涙をぬぐって、ルークの隣で目を閉じた。
もう二度と、この人を失いたくない。その思いだけを胸に抱えたまま。




