プロローグ 魔王撃破。からの……。
魔王を倒した。
俺はタンク、いわゆる盾役をやってるルーク。パーティーではいつも先頭に立っていた。俺の役目は、ただ1つ。仲間を守ることだ。
俺のスキル<身代わりの盾>は、仲間が受けるすべてのダメージを自分へ移す。
剣士が斬られても。
魔法使いが攻撃を受けても。
ヒーラーが傷ついても。
そのすべてを俺が引き受ける。だから、いつも俺が1番前にいた。そして今、その代償を払った。
両手がない。右足もない。
かろうじて残っている左足には、もう感覚がなかった。指先どころか、足そのものが自分の体じゃなくなったみたいだ。
たぶん骨は何本も折れている。内臓だって無事じゃない。
口の中に鉄みたいな味が広がる。ゴホッ、と咳き込むと、血がこぼれた。
それなのに、不思議と痛くない。痛みを感じる余裕すら、もう体に残っていないのかもしれない。
そういえば、左目も見えない。右目だけでぼんやりと前を見る。何もかもがにじんでいる。
もしかしたら、顔だってぐちゃぐちゃになっているのかもしれない。
まあ、いいか。今さら自分の顔なんて気にしても仕方がない。
体がふわふわする。地面に寝ているはずなのに、体がどんどん軽くなっていくような感覚がある。
これが死ぬってことなのか。
俺は死ぬ。
それでいい。魔王は倒したし、世界には平和が戻るんだぜ。
俺1人の命で世界が救われたのなら、それで十分だ。むしろ十分すぎるくらいだ。
もしかしたら、俺たち4人の像が立つかもしれない。世界を救った英雄たち。そんな感じで歴史に名前が残ったりするのだろうか。
悪くない。全然いい。俺の人生は充実していた。
なのに。うるさい。
さっきから、ずっと誰かが泣き叫んでいる。おいおい。最期くらいは、静かに天国へいかせてくれよ。
そう思っていた俺の耳に、聞き慣れた声が届いた。
「死なないで!」
剣士、いや剣聖のエレナだった。魔王を倒した張本人だ。
エレナのスキルは<神速剣>。目で追うことすら難しい速さで剣を振る。
最後に魔王へ叩き込んだ一撃もすごかった。あの一撃がなければ、魔王は倒せなかった。
エレナがいなければ、俺たちは勝てなかった。
「わたしたちを置いてっちゃダメなの!」
今度はフィリーの声。魔法使いのフィリー。ちまたでは賢者と呼ばれている。頭が良くて、戦略にも長けている。魔王を倒す方法を見つけたのもフィリーだった。俺たちが勝つための道を作ってくれた。
フィリーのスキルは<全属性魔法>。火も水も風も土も、普通なら1つしか使えないような魔法を全部使える。
やっぱりフィリーがいなければ、魔王は倒せなかった。
「お願いだから、目を開けてください」
最後はセシリア。ヒーラーのセシリア。聖女と呼ばれている神官だ。
スキルは<完全治癒>。どんな大きな傷でも治してしまう。戦いの途中、何度も俺たちの命を救ってくれた。神官なのに危険な旅についてきてくれた。
セシリアがいなければ、俺たちはとっくに死んでいた。
誰1人欠けても、魔王は倒せなかった。だから、みんなありがとう。
俺がいなくなった世界で、自由に生きてほしい。好きなことをして、笑って、楽しく暮らしてほしい。それが俺の幸福だからな。
そう思ったのが、俺の最期だった。
突然、視界が白くなった。光に包まれていた。
ああ。天国って、こんな感じなのか。そんなことを考えていると、誰かが泣きながら俺に抱きついてきた。
痛い。
聞いたことのある声がする。泣き声。何度も俺の名前を呼んでいる。
ぼやけていた視界が、少しずつはっきりしていく。
見えた。
エレナ。
フィリー。
セシリア。
仲間の3人が俺に抱き着いていた。どうやら俺は、ベッドの上にいるらしい。白い天井が見える。知らない部屋だった。
マジか。絶対に死んだと思ったのに。俺は生きている。死んでいなかった。
だが俺には、仲間を抱き寄せる腕がない。両腕とも肩から下を全て失っている。右足もない。太ももから下がなくなっている。唯一残った左足には感覚がない。体から生えている唯一の左足なのに、生えている感覚すらない。自分が置物になった気分だった。
しかも左目も見えない。
さすがのセシリアでも治せなかったか。魔王の呪いだからな、仕方ない。
俺の顔へ、剣聖エレナが震える手を伸ばす。
指先が頬に触れた。冷たい。相変わらずの冷え性だ。その冷たさが、なぜか少しだけ安心する。
「よかった、よかったよぉ……っ! ルーク!」
エレナは泣いていた。
魔物が何十匹出てきても、剣を握って前へ出る。魔王を前にしても逃げなかった。そんなエレナが、今はただの女の子みたいな顔をしている。
「うちが、魔王の攻撃、受け過ぎたから。ごめんルーク! 痛い思いさせてごめん。でもよかったぁあああああ!」
目から涙が次々にこぼれ落ち、俺の頬を濡らしていく。
熱い。その涙が、胸の奥までしみてくる。あんなに強かった剣士が、俺の前で子供みたいに泣いている。
「生きてる、本当に生きてるんだね」
フィリーは眼鏡を外していた。その声が震えている。外した眼鏡を握ったまま、袖で何度も目をこする。それでも涙は止まらない。
細い肩が小刻みに震えている。
「ぼくが、あいつの攻撃を防げればよかったのに。ごめんなさい、ルーク」
フィリーが小さな声でつぶやく。自分を責めているのが分かった。違う。そうじゃない。
俺は首を動かそうとする。でも、ほとんど動かない。
セシリアは俺の胸に顔をうずめて、声を上げて泣いている。
聖女と呼ばれるその手が、俺の服を強く握りしめていた。絶対に離さないと言っているみたいだった。
「いつか必ず、治しますから」
セシリアの<完全治癒>でも、失った手足は戻せない。そのことが悔しいのか、セシリアは自分の手をベッドへ強く打ちつけている。
「私の全人生をかけて、ルーク、あなたを元の体にしてみせます」
泣きすぎて息がうまくできなくなっている。セシリアは震える声で、何度も同じ言葉を繰り返していた。
俺の体に、3人の体温が伝わってくる。
そして俺は、もう盾としての役割を果たせないと悟った。冒険者は当然ながら引退。残りの人生は寝たきり生活って感じか。世界を救ったんだから、補助金的なのはさすがに国から出るだろう。家政婦さんでも雇って、のんびり暮らすかな。
「ごほっ、ごほっ……!」
「ルーク!!!」
三人が同時に俺の名前を呼んだ。
「俺はひとりで何とかやってくから、お前らはそれぞれ自由に生きろ。てことで、パーティー解散」
俺がそんなことを口にしたわけだが。
「ルークの面倒はうちが見るから、安心してね」
剣聖エレナが言った。
「いやいや、ぼくが24時間体制でルークを看病するよ」
賢者フィリーが言った。
「何を言ってるんですか。ここは聖女である私の出番です」
聖女セシリアが言った。
なぜか、メンバー三人での取っ組み合いが始まった。
どうしてそうなんだよ……。
こうして、俺の人生第二幕、ベッドの上での寝たきり生活が幕を開けた。




