第16話 フィリーの回想
木になっても、ぼくの意識ははっきりと残っていた。
体を動かすことはできない。声を出すこともできない。それでも、考えることだけはできた。
風が吹くたびに葉が揺れる。小さな音が森の中に広がっていく。その音を聞きながら、ぼくはずっと同じことを考えていた。
ルークは今頃、どうしているだろう。
ちゃんと眠れているだろうか。
ご飯は食べているだろうか。
寂しがっていないだろうか。
あのルークのことだから、きっと自分を責めている。
ぼくたちがいなくなったことを、自分のせいだと思っている。
「……ルーク」
あの日、エルフの泉でぼくは木になることを選んだ。
ルークの体を元に戻すためなら、それ以外の選択肢なんてなかった。
ぼくは、ルークに元の体へ戻ってほしかった。
両手も、右足も。
感覚を失った左足も。
全部取り戻してほしかった。
本当ならぼくの手でそれを叶えるつもりだった。
ぼくは賢者だ。
魔法の研究なら誰にも負けない。
世界の謎を解き明かすことばかりを考えて生きてきた。
子供のころから、ずっとそうだった。
分からないことがあれば調べる。
知らない魔法があれば研究する。
失敗すれば原因を探して、もう1度試す。
ぼくにとって大切なのは、答えだった。
だから、人付き合いなんて必要ないと思っていた。
他人と話している時間があるなら、本を読んだ方がいい。
誰かと遊ぶ時間があるなら、魔法の研究をした方がいい。
そんなふうに考えていた。
友達なんていらない。
仲間だって必要ない。
だって効率が悪いから。
そんなことを本気で思っていた。
でも、そんなぼくの考えを簡単に壊した人がいた。
ルークだ。
ルークは、とにかくまっすぐだった。
困っている人がいれば助ける。
仲間が傷つくくらいなら、自分が盾になる。自分が傷ついていても、他人の心配ばかりする。
正直、最初は馬鹿だと思った。どうしてそこまでするのか分からなかった。
「フィリー、大丈夫か?」
魔物との戦いが終わったあと、血だらけになったルークがそう聞いてきたことがある。
ぼくよりルークの方がずっとひどい怪我をしていた。
「それはこっちのセリフだよ。ルークの方がひどい怪我じゃないか」
「俺は平気だって。頑丈だからな。ワハハハハ」
「血を流しながら笑わないでよ。怖いから」
「そうか?」
「そう」
「まあとにかく、フィリーが無事ならそれでいいんだ」
冷えきっていたぼくの心を溶かしてくれたのは、ルークだった。
だから魔王戦のあと、ルークがあんな体になったとき、ぼくは自分が許せなかった。
賢者なのに。魔法について誰よりも知っているはずなのに。
何もできなかった。ルークの失われた手足を見たとき、ぼくはすぐに考え始めた。
義手を作ろう。
義足も作ろう。
魔法と魔道具を組み合わせれば、きっとできる。
ルークがもう1度、自分の足で歩けるようにしてあげよう。
ぼくは本気でそう思っていた。
何日も研究した。魔力の流れを何度も計算した。設計図も作った。
「これなら……」
でも、うまくいかなかった。
魔王の呪いが強すぎたからだ。ルークの体に残った呪いは、ただ傷を治せば消えるようなものではなかった。
欠損した部分から魔力を流そうとしても、うまく流れない。魔道具を接続しても、魔力の流れが安定しない。
試作品は何度も壊れた。
「……どうして」
机の上に散らばった部品を見ながら、ぼくは何度も悩んだ。考えても考えても、答えは出なかった。
ぼくは賢者なのにルークを助けられない。
それが悔しかった。
だからこそ、エルフの泉でルークの体が元に戻ったと知ったとき、ぼくは嬉しかった。
ぼくの力ではなかった。でも、それでいい。ルークが元の健康な体を取り戻せるなら、何だってよかった。
それとこれは、エルフの泉から戻った時にルークに言おうと思っていたこと。
ぼくは魔王との戦いのあと、魔王の体を回収していた。
ぼくは、魔王の力を調べたかった。魔王がどうしてあれほど強かったのか。なぜ、あれほど強い瘴気を放っていたのか。そして、なぜ倒してもなお、あれほど強い魔力を残していたのか。
魔王の体は今、ぼくがいた研究所に置いてある。
そして、驚くべき事実が分かった。
魔王は、自分以外の魔族を取り込んでいた。自分の体に取り込み、力を奪い、自分の力へ変えていた。
つまり、魔族を取り込めば取り込むほど強くなる。それが魔王の持つ、固有のスキルだったのだと思う。
もし魔王を僕たちが倒せなかったら、と思うと恐ろしい。
時間がたつほど、魔王は強くなっていた。数年後には、ぼくたちの力をもってしても倒せなくなっていたかもしれない。
だから、ぼくたちが魔王を倒せたことには大きな意味があった。
世界のためにも。
人間のためにも。
エルフのためにも。
世界中のみんな、ルークに感謝すべき。
ルークがいたから魔王を倒せた。
エレナ、セシリア、ぼく、それぞれ違う場所で生きていた人間が、ルークの周りに集まった。
もしルークに出会っていなかったら、ぼくは今でも1人で研究を続けていたと思う。
誰かを心配することもなかった。
誰かのために怒ることもなかった。
誰かと一緒に笑うこともなかった。
そんなぼくに、ルークは仲間というものを教えてくれた。恋を教えてくれた。
だから、今度はぼくがルークを救う番だった。
その結果が、エルフの森の木になることだったとしても。
ぼくは後悔していない。
「ルーク……」
どうか泣かないで。ぼくたちは、自分たちの意志でこの姿になったんだから。
無理やり選ばされたわけでもない。ぼくたち自身が、ルークを助けることを選んだ。
だから、安心して生きてほしい。
ぼくたちのために苦しむ必要なんてない。
自分だけ助かったなんて思わなくていい。
むしろ、ぼくたちが望んだことを無駄にしないでほしい。
ルークには笑っていてほしいんだ。
風が吹いた。葉が揺れる。
ぼくはその音を聞きながら、静かに目を閉じた。
ぼくを変えてくれてありがとう、ルーク。




