第15話 エレナの回想
木になっても、うちはうちだった。
声も出せない。誰かに触れることもできない。それでも、意識だけはちゃんと残っていた。
何もできないからこそ、考える時間だけはたくさんあった。ただそこに立って、風に枝を揺らされながら、そんなうちの頭に浮かんでくるのは、やっぱりルークのことだった。
「……ルーク」
心の中で名前を呼ぶ。
ルークと初めて出会ったのは、うちがまだ10歳のころだった。
王都の路地裏で、ガラの悪い冒険者3人に囲まれた。まだ子供だったのに、うちを助けてくれた。
怖くなかったわけじゃないはずだ。それでもルークは、うちを守るために前へ出てくれた。
あの日から、うちはルークのことを忘れられなかった。
数年後。
16歳になったうちは、剣士として冒険者になった。
そして、ギルドでルークと再会した。
「……あれ?」
見覚えのある顔だった。
背が伸びている。体も大きくなっている。昔よりずっと頼もしくなっていた。
でも、すぐに分かった。
「ルーク……?」
ルークが振り返る。
「お前、確か路地裏で……」
その瞬間、胸がいっぱいになった。覚えていてくれた。たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
お互いに冒険者登録をしたばかりだった。
うちは剣士。
ルークはタンク。
まだ誰ともパーティーを組んでいない。
「よかったら、一緒に組まないか?」
「……うちと?」
「嫌か?」
「嫌なわけない!」
ほとんど食い気味に答えてしまった。
こうして、うちとルークの冒険が始まった。
当然、ダンジョンにも一緒に潜った。
最初から何でもできたわけじゃない。失敗もたくさんした。魔物に囲まれて逃げるしかなくなったこともあったし、うちが無茶をしてルークに怒られたこともある。
「エレナ! 勝手に突っ込むな!」
「分かってるって!」
「分かってないだろ!」
「うるさいなあ!」
喧嘩もした。
でも、本気でルークのことを嫌いになったことなんて1度もなかった。
むしろ、怒っているルークを見ていると、どこか嬉しかった。
うちのことを心配してくれている。うちが傷つくのが嫌だから怒ってくれている。
そう思うだけで、胸が温かくなった。
「ったく……。怪我したらどうするんだよ」
「ルークが治してくれるじゃん」
「俺はヒーラーじゃねえよ。ポーションのおかげだ」
そんな会話をしている時間が好きだった。
一緒に戦う。
一緒にご飯を食べる。
くだらないことで笑う。
そんな毎日が楽しかった。
一緒にいる時間が増えるほど、ルークを好きという気持ちはどんどん大きくなっていった。
うちが強くなれば、ルークも強くなった。
ルークが強くなれば、もっと強くなろうと思った。
ルークの隣に立っても恥ずかしくないくらい強くなりたかった。
ルークの背中を守れるくらい強くなりたかった。ルークに守ってもらうだけじゃ嫌だった。うちだってルークを守りたかった。
だって、好きな人だから。
ルークが傷つけば苦しい。
ルークが笑えば嬉しい。
ルークが無茶をすれば腹が立つ。
ルークが誰かと楽しそうに話しているだけで、少しだけ嫉妬する。
そんな自分が嫌になることもあった。でも、好きなんだから仕方ない。
ルークのことを考えるだけで、胸がいっぱいになる。自然と笑みがこぼれてしまう。
例えば、あの日の料理。
2人で冒険するとき、料理は基本的にうちの担当だった。
でも、その日は違った。
「今日は俺が作る」
「えっ、ルークが?」
「たまにはいいだろ」
「料理できる?」
「楽勝だろ」
「本当に?」
「任せろって」
そう言うから、任せることにした。
その日に倒したオークの肉を切る。
鍋に入れて炒める。それから水を入れて、コトコト煮込む。
「何作ってるの?」
「オーク肉の塩スープ」
「シンプルだね」
「料理は結局、シンプルなのが一番うまいって父さんが言ってたんだよ」
「へえ。じゃあ、楽しみにしてる」
「絶対うまいからな」
しばらくして、ルークが鍋をかき混ぜた。
それから塩を入れる。
「よし、完成」
「じゃあ、食べよう」
2人でスープを口に入れた。
「「……しょっぱ!」」
顔を見合わせる。
次の瞬間、2人で大笑いした。
「ルーク! 塩入れすぎ!」
「おかしいな。こんなはずじゃ……」
こんなどうでもいい出来事でも、うちにとっては大切な思い出だ。
ああいう何でもない時間が好きだった。豪華な食事じゃなくてもいい。ただルークの隣にいられれば、それだけで幸せだった。
もっと一緒にいたかった。
もっとくだらない話をしたかった。
もっと一緒に冒険したかった。
またルークの作った、あのしょっぱいスープを飲みたかった。
何度も心の中で名前を呼ぶ。
「……ルーク」
もうルークとは会えない。
ルークの体が元に戻ったら、みんなで別荘で酒を飲もう。そう約束していた。そのために、うちはお酒も買っておいた。ルークが元気になったら、みんなで楽しく飲むつもりだった。
「……ルーク」
みんな、自分がエルフの森の木になることを受け入れた。ルークを助けるために。それしか方法がなかったから。
でも、今になって思う。
これで本当に良かったのだろうか。
うちらが木になったことで、ルークはきっと苦しんでいる。自分だけが助かった。自分だけが元の体に戻った。そのことを、ルークはきっと自分のせいだと思っている。
「ごめん、ルーク」
ずっとルークの隣にいたかった。
ルークと一緒に笑っていたかった。
ルークに好きだって言いたかった。
もっと一緒にいたかった。
「……ルーク」
あのとき、路地裏でうちを助けてくれてありがとう。
うちをパーティーに誘ってくれてありがとう。
一緒に冒険してくれてありがとう。
一緒に笑ってくれてありがとう。
うちの隣にいてくれてありがとう。
「大好き。幸せになって……」
心の中で何度も繰り返す。
ルーク。
大好き。
ずっと大好き。
これから先も、ずっと。




