第14話 業
エルフの族長に、俺はすべてを話した。エルフ族の始祖アールヴのことも、オリビアたちが木になってしまったことも、何もかも隠さず話した。
話していて、自分でも信じられないような話だった。だが現実だった。なぜなら俺の体は元に戻っていて、みんないなくなったのだから。
そしてオリビアの両親は俺を責めなかった。
責めてほしかった。お前のせいだと怒鳴ってくれたほうが、まだ楽だったかもしれない。
俺のせいで、娘のオリビアまでいなくなったのだ。俺だけが元の体になって戻ってきた。それがたまらなく苦しかった。
「……申し訳ありません」
俺がそう言うと、族長は首を横に振った。
「ルークが謝ることではない」
「でも……」
「オリビアが選んだこと」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸がまた痛くなった。オリビアの母親は、ただずっと泣いていた。
この二人には、俺が子供のころからお世話になった。オリビアの父親には格闘の指導をしてもらったし、オリビアの母親にはエルフ料理をたくさん振舞ってもらった。
謝って済む話ではない。
それでも俺は頭を下げる以外思いつかなかった。
エルフの森を歩いている途中、通信魔法が入った。アイシェだった。
「ルーク様、聞こえますか?」
「ああ」
「進捗状況を伺おうと思いまして。今、どちらに――」
「転移を頼む」
アイシェは俺の声から何かを感じ取ったようだった。
「わ……、分かりましたわ。すぐに準備いたします」
別荘で、俺はアイシェに起きたことを全部話した。話している途中、ずっと頭がぼーっとしていた。自分の身に起きたことなのに、他人事みたいだった。
「……そんな」
アイシェは顔を青くした。
「俺のせいで……」
アイシェは何も言わず俺を抱きしめた。
「違います」
「……」
「ルーク様のせいではありません」
「でも……」
「違います。絶対に違います」
アイシェの声が震えていた。
「どうか自分を責めないでください」
「……」
気づけば夜になっていた。時間が経つのは早かった。
その夜、俺はアイシェと一緒にベッドへ入った。けれど、眠れなかった。目を閉じても、泉の光景が頭から離れない。
木になった4人。水面に座っていたダークエルフ・アールヴ。そして、あいつが言った言葉。
『みんな、自分のことより君の方が大事だったみたい』
「……くそっ」
眠れない。喉が渇いた。隣ではアイシェが眠っている。
起こさないように、俺はゆっくりと体を起こした。そして部屋を出た。
冷蔵庫から水を取り出して飲む。
「……ふぅ」
窓の外を見ると、きれいな満月が出ていた。
静かな夜だった。あまりにも静かで、逆に頭の中の声がよく聞こえた。またアールヴの声だ。
『君の命か、木になるか。みんな、エルフの森の一部になるほうを選んだ』
ふと、酒が飲みたくなった。
そういえば、俺の体が元に戻ったときにみんなで飲もうと、エレナが酒を買ってきてくれていた。俺は棚から酒瓶を取り出した。
誰もいない部屋で、1人で酒を飲む。瓶に口をつけ、そのまま飲んだ。
今朝までなかった手で、酒瓶を持っている。
「何が勇者だ……。何がタンクだ……」
酒が喉を通り過ぎて胃に入る。
「誰も守れなかったじゃねえか」
酒瓶を握る手に力が入る。
「エレナも……、フィリーも……、セシリアも……、オリビアも……」
みんな俺を守ろうとしてくれた。俺のために犠牲になった。
「俺だけが助かった……」
酒が苦い。
「俺だけが元の体に戻った……」
声が震える。
俺は瓶を傾け続けた。全部飲み干してやろうと思った。けれど、あと少しというところで気持ち悪くなり、吐き出してしまった。
「……くそっ」
腹の底から怒りが込み上げる。俺は酒瓶を壁へ投げつけた。
ガシャーンッ!
瓶が割れ、酒が床へ広がった。
まだ酒は3本残っていた。俺はそのうちの1本を手に取った。頭の中がぐちゃぐちゃだった。
どうして俺だけ、呑気に助かってんだ。
開けていない酒瓶を振り上げる。そして、自分の頭へ叩きつけた。
「ゴンッ!」
鈍い音が部屋に響いた。酒瓶は思ったよりずっと固かった。
もう1度。
「ゴンッ!」
さらにもう1度。
「ゴンッ!」
俺の頭の方が先に限界を迎えた。頭から血が流れた。
それを見ていると、急におかしくなってきた。
「……はは」
自分でも、何がおかしいのか分からない。
「アハハハ……アハハハハハッ……!」
笑いが止まらなくなった。
「ゴンッ! ゴンッ! パリーン!」
瓶が割れた。残るはあと2本……。
突然、部屋の電気がついた。
「ルーク様っ!」
アイシェが走ってきた。
「何をしているのです!」
「アハハハ……、アイシェか。アイシェ、お前も俺を殴れ!」
アイシェが俺の手から酒瓶を取り上げる。アイシェは酒瓶をテーブルの上に置いた。
そして俺を抱きしめた。
「ルーク様ぁ……!」
アイシェが俺の名前を何度も呼んでいる。泣いている。
その声を聞いているうちに、俺の目から涙がこぼれ落ちた。
「俺のせいで……。みんなが……」
「違います!」
涙が止まらない。
「ルーク様のせいではありません! 絶対に!」
「でも……、俺だけ助かって……」
「それでも、ルーク様のせいではありません!」
アイシェは俺を強く抱きしめた。
「泣いてください。全部、私にぶつけてください!」
「……うぁっ」
「大丈夫です。私はここにいます」
「ああああああああああっ……!」
俺はアイシェの胸の中で、子供みたいに泣き続けた。
この日の夜は、人生で一番長い夜だった。どれだけ泣いたのか分からない。どれだけ時間が経ったのかも分からない。ただ、胸の奥にある痛みだけは消えてくれなかった。
「アイシェ……」
「はい」
「頼む……」
「なんでしょう?」
「……殺してくれ」
「パンッ!」
頬を叩かれた。
「ルーク様! お気を確かに持ってください!」
「……」
「みなさんは、亡くなってしまったわけではないのでしょう!」
「……」
「私の知っているルーク様は、仲間を見捨てるようなお人ではありません!」
「……」
「そうでございましょう?」
そうだ。あいつらは死んだわけじゃない。エルフの泉の木になっただけだ。
あの木からは、確かにあいつらの魔力を感じた。
なら、まだ終わっていない。
アールヴは言っていた。生体時計を操れる、と。だったら、木になったみんなを元に戻すことだってできるはずだ。
でも……、どうやって、もう1度あの洞窟へ行く?
エルフの森に戻っても、洞窟の入り口は塞がっていた。エルフの泉へ行く方法がない。
仮にエルフの泉に行けたとしても、どうやってアールヴにみんなを木から人に戻させる?
そのときだった。ふと、胸元のペンダントが目に入った。
「……?」
俺はペンダントを手に取った。
父の形見。最初は透明な青だった。それが少し前には薄暗い黒になっていた。
そして今は……、真っ黒だ。
ただ黒いだけじゃない。ペンダントの奥から、何か嫌な気配を感じる。
魔王の気配。
このペンダント……、魔王の呪いを吸ってたのか。
俺の体からは、もう魔王の呪いが消えている。アールヴが俺の生体時計を戻したからだ。魔王の呪いを受ける前の体に戻った。だからこそ気づけた。俺の体に残っていた呪いを吸い続けていたのだろう。
俺はペンダントを強く握った。
あいつらは、俺のために木になった。自分の命より、俺を助けることを選んだ。
だったら……。
「俺は、あいつらのために……」




