第13話 エルフの泉
「この洞窟から、エルフの泉に繋がっていると言われておる」
洞窟の前で、オリビアが足を止めた。目の前には、巨大な岩のすき間にぽっかりと開いた暗い穴がある。中から冷たい風が吹いてきて、俺の顔をなでていった。
「本当にこの先にあるのか?」
俺が聞くと、オリビアはうなずいた。
「そうじゃ。エルフ族に昔から伝わっている場所じゃ」
オリビアは後ろにいるエレナ、フィリー、セシリアを見る。
「みな、気を引き締めろ」
エレナが剣の柄に手を置く。
「何が出てきても、ルークはうちが守るから」
「それ、ぼくも言おうと思ってた」
そう言って、魔法使いフィリーが杖を握る。
「何かあったら、すぐに言ってくださいねルーク。もちろん、みなさんも」
ヒーラーのセシリアも笑顔で答えた。
「必ず、全員無事で帰る。行って帰るまでが冒険だからな」
車いすに乗った俺はみんなの顔を見て言った。
俺たちは洞窟へ入った。中は暗かった。数歩進んだだけで辺りは薄暗くなる。足元には湿った土があり、ぽた、ぽた、と水滴が落ちる音が洞窟の中に響いていた。
「予定通り、各自、定期的に魔力の痕跡を残すようにのぉ」
オリビアが言った。オリビアが指を動かすと、淡い魔力が洞窟の壁へ残った。
戻るときに自分たちが通った道を確認できるようにだ。これで道に迷うことはない。
「それともしものときは、転移魔法で別荘まで戻れるから」
フィリーがいう。
フィリーが別荘に描いていたあれは、転移魔法のための魔法陣だったのか、と俺は思った。
「5人まとめて転移させるにはかなりの魔力が必要になるから、アイシェに魔晶石を用意してもらったし」
魔晶石。魔力が入っている特別な石だ。アイシェは国王である父親に頼み、別荘へ大量の魔晶石を運び込んだらしい。
「あとはアイシェに起動してもらうだけで、いつでも別荘に戻れる」
「遭難する心配はないってことだな。さすがフィリーだ。抜かりねえ」
「まあね」
耳元から声が聞こえた。
「ルーク様、こちらアイシェですわ」
「お、アイシェか」
魔法通信だ。
「もし危険な状況になったら、すぐに通信魔法でわたくしへお知らせくださいませ」
「分かった。感謝するぜ、アイシェ」
少し間があった。
「……あぁああっ。ルーク様から褒められるなんて、わたくし、とても嬉しいですわ」
アイシェの声が弾んでいる。
「では、どうかお気をつけて。みなさんで、必ず無事に帰って――」
通信が切れた。
「アイシェ……?」
「……」
返事がない。
「ここは特殊な空間だから」
突然、知らない声が聞こえた。
「……え?」
景色が変わった。さっきまで岩に囲まれた洞窟だったはずなのに、俺は木々に囲まれた場所に立っていた。
目の前には、美しい泉がある。水面は揺れていない。風の音すら聞こえない。
「ここは……?」
俺は自分の体を見る。俺は目を見開いた。
……右足がある。両手もある。手を動かす。指も動く。左足にも力が入る。自分の力で立てる。
俺は車いすから立ち上がった。
「何が、どうなって……」
みんながいない。エレナも、フィリーも、セシリアも、オリビアもいない。
「いるよ」
突然、声がした。
「ほら、そこに」
その人物は、いつの間にか泉の水面中央に座っていた。
体は小さく、髪は異常なほど長い。肌は黒く、耳は長い。ダークエルフだ。
「みんな、木になったんだよ」
俺は周囲を見る。
木がたくさん生えている。でもただの木じゃない。木から、知っている魔力を感じる。
「アイシェ以外は、みんな木になった」
ダークエルフは淡々と言った。
俺の心臓はバクバクなり出した。俺は木へ近づいた。
「エレナ! フィリー! セシリア! オリビア!」
返事はない。木なのだから当たり前だが、俺は動転していた。
「……なんなんだ、お前」
「わたしはエルフ族の始祖、アールヴ」
「……アールヴ」
こいつから感じる気配は異常だった。魔王と同じような不気味な空気。いや、それ以上かもしれない。俺の体が本能的に警告している。こいつはヤバい。
「鋭いね。魔王・アスモデウスは友人だった」
こいつ、俺の心の中を読んでる?
「そう、わたしには心の声が聞こえる。だから君が、不自由な体のままでよかった事も知ってる」
体が震え出す。魔王戦でも震えなかったのに。
「そんなに警戒しなくてもいい。君に危害を加えるつもりはない」
「俺の仲間を返せ」
「それはできないよ」
「ふざけるな!」
アールヴは笑った。
「だって、みんなが望んだことだから。自分のことより君のほうが大事だったみたい」
「何を言ってやがる……」
俺は拳を握った。
「君の命か、木になるか。みんな、エルフの森の一部になるほうを選んだ」
分かっている。俺はこいつに勝てない……。
でも、だから何だ。俺は泉へ向かって走った。
こいつを倒す。倒さなければならない。頭で考えるより先に動いていた。
泉の中へ足を踏み入れる。冷たい。俺は泉の中央まで進んだ。
「うおおおおおっ!」
アールヴへ向かって拳を振り上げる。
「あいつらを、返せぇぇぇぇっ!」
拳を振り下ろす。
「……!?」
次の瞬間、俺は元の場所に立っていた。しかも体は濡れていない。
「わたしは時間を操れる」
アールヴが言った。
「といっても、世界の時間を操れるわけじゃない。君の中を流れる生体時計を操った」
「生体時計……?」
「難しい話はしないよ。簡単に言えば、君はわたしに触れることすらできない」
「……」
意味が分からなかった。でも、こいつが何かとんでもないことをしているのだけは分かる。
どうすればいい……。どうすれば、みんなを助けられる……?
「残念ながら、君はどうすることもできない」
アールヴが静かに言った。
これは、本当に現実なのか?
「現実だよ」
俺の心の中を読み取った上での即答だった。
「君たちがアスモデウスを倒したように。君が手足を失って、不自由な体になったように。元の体に戻ったことも。仲間を失ったことも現実さ。ただの現実に過ぎない」
「……」
頭がおかしくなりそうだった。夢であってほしいと願った。そして夢の中のようでも、現実のようでもあった。
「どうすれば……」
声が震える。
「どうすれば、俺の仲間を元に戻してくれるんだ!」
「わたしは彼女たちの思いを無駄にしたくない」
「ふざけんなっ! てめぇの都合だろうが!」
俺は叫んだ。
「だったら俺の命を持っていけ!」
アールヴは少しだけ目を細めた。
「美しいね。本心だ」
「俺を代わりに使えよぉぉっ!」
アールヴはずっと泉の上に座っている。
「そろそろ、帰ってもらおうかな」
「待て……」
「楽しかったよ。ルーク」
「待ってくれ!」
「いつも<身代わりの盾>で仲間を守ってきたんだ。たまには、守られる方も経験してみるといいんじゃないかな?」
アールヴの方へと走りながら叫ぶ。何を叫んだのかも覚えていない。ただただ叫んだ。
「君は今後、その業を抱えながら生きるといい。愛は、苦しみと背中合わせだからね」
「おいっ! お――!」
次の瞬間。俺は洞窟の入り口に立っていた。
「……」
泉もアールヴも消えた。
俺は車いすに座っていた。自分の体を見る。両腕がある。右足がある。左足も問題なく動く。
でも、俺1人しかいない。
「エレナ……?」
返事はない。
「フィリー……?」
静寂が返ってくる。
「セシリア……?」
誰もいない。
「オリビア……」
恐らく、現実で流れた時間は10分も経っていない。
声が震える。
「なあ……」
誰も答えない。胸が締め付けられる。息が苦しい。
心臓が激しく鳴っている。
「嘘だろ……」
俺はその場に立ち尽くした。
「なあ……嘘だって言ってくれよ!」
返事はない。
「俺だけ……?」
喉の奥が震えた。
「俺だけ戻ってきたのか……?」
何度問いかけても、答えてくれる人はいなかった。
洞窟の中に入る。
「…………」
洞窟は、数歩進んだところでもう行き止まりだった。
「あああああああああああああああああああああ!!」




